粗品

写真拡大

メインMCで圧倒的な存在感

 1985年の選抜高校野球の決勝戦で、PL学園の清原和博が宇部商を相手に2打席連続のホームランを放ったとき、実況を務めたアナウンサーは「甲子園は清原のためにあるのか!」という名フレーズを放った。

【写真】暴走する粗品に「フェアではない」と苦言…意外過ぎる“超大物芸人2人”とは? “鬼ヅメ”された瞬間の粗品の“素”の表情も

 これになぞらえて言うなら、私は今年のフジテレビの「FNS27時間テレビ」を見終わったとき、「『27時間テレビ』は粗品のためにあるのか!」と思った。そのぐらい大きな衝撃を受けた。

 もちろん、この大型特番は粗品1人の手によって作られているわけではない。普通の番組以上に多くのスタッフや出演者が携わっていて、彼らがそれぞれの持ち場できちんと仕事をしていたことが、番組の成功につながったのは間違いないだろう。その事実を軽く見積もっているわけではない。

粗品

 ただ、メインMCの霜降り明星・チョコレートプラネット・ハナコの3組の芸人の中でも、霜降り明星の粗品の存在感は圧倒的に大きかったし、彼がかかわる印象的な場面がいくつもあった。その意味で、今年の「FNS27時間テレビ」は粗品のための番組だったのだ。

 粗品には表の顔と裏の顔がある。表の顔の粗品は、コンビとして「M-1グランプリ」優勝、ピン芸人として「R-1グランプリ」優勝という見事な結果を残し、大喜利、トーク、司会業など数多くの分野で文句なしの実績を見せつけるスーパーエリート芸人である。

 ただ、単なるお笑い優等生にとどまっていないところが、粗品という芸人の奥深さである。彼は先輩を呼び捨てにしたり、YouTuberを批判したりする毒舌キャラとしても知られていて、数々の舌禍事件を起こしている。どんなに叩かれても臆することなく、悪役として挑発的な言動を続けている。

 さらに、彼には破滅的なギャンブラーの一面もある。ギャンブルで負けて億を超える多額の借金を抱えていることを公言していて、それをYouTubeなどではネタにしている。

 粗品の中には天使と悪魔が住んでいる。この二面性こそが彼の芸人としての最大の魅力だ。

 そもそも、彼が億を超える借金を重ねることが許されているのは、所属事務所をはじめとする貸主から芸人としての信頼を得ているからだ。有り余る才能でこれまでに多額の収入を得てきた粗品は、今後も十分に稼ぎ続けられるだろうと見込まれている。だからこそ、彼がギャンブルで大金を失い続けていても、貸主が見放すことがない。

番組終了後、すぐYouTube撮影

 また、粗品が悪役として振る舞うときには、それが人を楽しませるためのものになっている。彼は人々を笑わせたり、興奮させたり、驚かせたりするために、先輩に噛みついたり、ギャンブルに挑んだりしている。すべては笑いのためのネタである。

 彼は漫才やトークの達人であるだけではなく、悪口や借金を笑いのネタに変える達人でもある。彼には抜群のセルフプロデュース能力とバランス感覚があり、それを生かして今のキャラクターを確立した。

「FNS27時間テレビ」でも、そんな彼の両方の面が出ていた。メインMCの1人として、オープニングやエンディングでも進行役を務めていた。それ以外の場面でも、深夜枠の「粗品ゲーム」をはじめとして、安定感のある仕切りを見せていた。音楽企画の「ハモネプハイスクール」でも、音楽に造詣の深い粗品は的確な審査コメントを述べて、視聴者を驚かせていた。

 一方、悪役としても要所要所できっちり仕事をしていた。オープニングから大谷翔平の家を無断撮影した件でフジテレビの社長をイジってみせていたし、「さんまのお笑い向上委員会」ではアンチ宮迫博之のプラカードを掲げて登場し、自分を批判する先輩芸人を名指しで「みーんな老害」と切り捨てた。

「粗品ゲーム」では粗品的な悪口を回答者の芸人に言わせて、大いに盛り上げた。大喜利のお題として松本人志やスピードワゴンの小沢一敬の名前を出す一幕もあった。「FNS逃走中」では、復活直後に「自首」を選択するという掟破りの行動で共演者にもあきれられた。

 爽やかな若者向けの企画が多かった今年の「FNS27時間テレビ」の中に、適度なスパイスとしての毒を持ち込んだ。番組全体を通して、粗品の中の天使と悪魔がかつてないほど生き生きと躍動していた。

 粗品はメインMCの中でも唯一、番組終了後の打ち上げにも参加せず、すぐに自身のYouTubeチャンネルの撮影をしていた。この仕事への貪欲さは尋常なものではない。

 フジテレビの年に一度の超大型特番ですら、次世代のカリスマ芸人・粗品にとってはただの通過点でしかなかったのだろう。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部