リサイクル素材で作られたオリンピックのシンボルマークが設置され、ライトアップされたエッフェル塔。7年ごとの“お色直し”は今回で20回目だが、オリンピック開催には間に合わず(写真:Rumiko HAYAKAWA)

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 パリ五輪の開幕は間もなくだが、「期間中、宿は満室続きで市内は観光客であふれる」という予想とは裏腹に、今のところ、五輪特需は期待したほどではないようだ。

【写真】なんだか人影もまばらで…思ったより賑わいのない「パリ」の様子

 パリ市内の主要なターミナル駅「サン=ラザール駅」近くのあるホテルでは、6月の稼働率は例年と比べて20%から25%減だった。7月に入っても状況は変わらず、オリンピック期間中の稼働率は、通常時なら80%のところが60%に留まっている。五輪需要を見込み、当初は通常の2〜3倍の宿泊料金を設定していたが、値下げに転じているという。

 見本市などを訪れるビジネス客が減るヴァカンスのこの時期、通常、パリのホテルではオフシーズン価格が設定されている。しかし今年はオリンピックがあるため、高い宿泊料金を設定しても観光客は泊まるだろうとホテル側は考えた。満室とはならなくても売り上げは落ちないだろう……とソロバンをはじいていたようだが、結果、予約は思ったように入っていない。焦ったのか、値上げは平時の20%アップ程度に抑えつつあるようだ。

リサイクル素材で作られたオリンピックのシンボルマークが設置され、ライトアップされたエッフェル塔。7年ごとの“お色直し”は今回で20回目だが、オリンピック開催には間に合わず(写真:Rumiko HAYAKAWA)

我が家も“五輪特需”を狙ったが…

 1年前の地方紙「ル・パリジャン(Le Parisien)」に、こんな見出しが躍っていたのを思い出す。

〈今年の夏は1泊90ユーロ(約1万4,000円)、来年の夏は1,363ユーロ(約21万4,000円)!〉

 同紙の調査では、パリ五輪の影響でホテルの価格が高騰し、平均でも6倍以上になるとしていた。この時は「高すぎる!!」という反応も多かったが、宿泊費が高騰するという情報を受け、Airbnbなど民泊業界は活気づいた。一時、パリの短期貸しの物件数は70%も増えたという。多くの人がオリンピック景気に便乗しようとしていた。

 実際、我が家もそうしようとしたひとりだ。パリの中心街、オペラ界隈のはずれに「ステュディオ」と呼ばれるワンルームの部屋を所有しており、これをオリンピック期間中に短期貸しに出すことを考えていたのだ。ちょうど、借りてくれていた人が「コロナ禍が明け、もう少し広いアパルトマンに住み替えたい」と、引っ越していったタイミングだった。早速、AirbnbやLodgis(フランスの不動産エージェント)といったサービスに登録し、借り手を募集した。

奮わぬ客足に、結局…

 しかし借りたいというオファーはあったものの、こちらが見込んでいた、オリンピック期間中だけの短期利用の申し込みは皆無だった。料金は、高騰しつつあった周辺のアパルトマンの相場に合わせて決めていた。

「まだオリンピックには日数があります。いまは客足は鈍いが、おそらく間際になれば埋まるはず」

 とエージェントは言っていたが、すでに五輪需要が思ったほどでない状況への困惑が読み取れた。パリの宿泊費の高騰、物価高によるインフレ、治安への懸念……。観光客がパリを避けているのだろうか、と思った。こうした状況に、アパルトマンの短期貸しでひと儲けしようとするフランス人がこぞって参入し、短期貸しの供給が増えすぎてしまっていたようだ。

 結局、我が家は“オリンピック特需”を諦め、長期貸しにシフトするしかなかった。

「日本人向け物件」の事情は

 五輪中にパリを訪れる「日本人向け物件」も、事情は同じだった。当初、日本人向け情報誌に掲載されていたアパルトマンの料金の高さと数の多さは、目を疑うほどだった。たとえば、パリ市内にある家族向けの民泊物件では、1泊1,000ユーロ(約17万3,000円)を超える料金が設定されていた。通常時の3〜4倍だろうか。フランスの最高級ホテル「パラスホテル」並みの強気の料金設定だ。

 円安の波に翻弄される日本からの観光客は、民泊を利用して宿泊費を抑えようと考えていただろうが、この金額に天を仰ぐしかなかったのではないか。もっとも、開催が迫った今も多くの物件が掲載されたままで、値下げ傾向になっているのはホテルと同じようだ。

 流行の店が集まるマレ地区のブティックで働く友人は「7月に入って観光客の数がぐっと減った」と印象を語る。交通費の値上げ、交通規制、治安への不安など、オリンピックに興味がなければ、観光先にパリを避けたくなる要素はたしかに多い。

 オリンピック期間中にパリを訪れる観光客は1,500万人ともいわれていたが、蓋を開ければ、その9割がフランス人だそうだ。5月末の「ル・パリジャン」誌には、五輪のチケットを保有しているフランス人の45%は、宿泊施設を予約していないという調査結果が出ていた。家に帰ればいいのだろう。宿の予約が不調な理由も見えてくる。

 かすかな希望があるとすれば、オリンピック期間中の国際線の到着数が、前年の11.4%増、というニュースぐらいだ。観光面での期待は徐々にしぼんでいくなか、パリ五輪はいよいよ開催される。

奥永恭子(パリ在住ライター)

デイリー新潮編集部