イーハンは、開発中の空飛ぶクルマが中国の航空安全当局に課された飛行上の制約について開示していない疑いを指摘された(写真はイーハンのウェブサイトより)

「空飛ぶクルマ」の開発を手がける中国の億航智能(イーハン)に、架空の受注などの粉飾疑惑が再び持ち上がった。アメリカの投資調査会社のヒンデンブルグ・リサーチが11月7日、イーハンに関するレポートを発表。その中で、イーハンが「1300台を超える」としている受注契約の大半が疑わしいと指摘した。

ヒンデンブルグは、標的に定めた銘柄の調査レポートを発表すると同時に空売りをかける「ショートセラー(空売り屋)」として知られる。同社はレポートの発表に先立ち、イーハン株の空売りポジションを持っていることを公表。アメリカのナスダックに上場するイーハンのADS(アメリカ預託株式)は、11月7日の取引で(前日の終値から)一時18%近く急落した。

なお、イーハンはヒンデンブルグの指摘に対し、「レポートにはわが社の業務運営と財務状況への事実誤認や曲解が含まれている」と反論し、疑惑を全面否定している。

予約受注の9割超に疑義

空飛ぶクルマとは、一般的には電動モーターでプロペラを駆動して飛行する垂直離着陸機のことだ。近未来の急成長分野として、世界の投資家の注目を集めている。イーハンは中国の開発企業のなかで(実用化に向けた)先頭を走っており、2019年12月にナスダックに上場を果たした。

しかしヒンデンブルグのレポートによれば、イーハンの予約受注の9割以上は、すでにキャンセルされた取引や、新規設立されたばかりで営業実態が確認できない顧客との取引だ。それらのほとんどは海外企業からの受注だという。

中国の国内企業との取引に関しても、同様の疑惑がある。イーハンは9月末、広東省深圳市の博領控股集団という企業から空飛ぶクルマを100台受注し、すでに5台を納入したと発表していた。しかし、この企業はイーハンの発表以前は無名であり、ネット上で検索しても見るべき情報がほとんど出てこない。

財新記者は、博領控股集団の企業登記情報に基づいて同社の代表番号に電話をかけたが、まったく通じなかった。ヒンデンブルグのレポートによれば、博領控股集団の登記上の住所は民間住宅の一角にあり、現地に企業名などの表札は見当たらなかったという。

空飛ぶクルマの実用化において最大の難関と言えるのが、航空安全当局が機体の安全性にお墨付きを与える「耐空証明」の取得だ。イーハンは10月13日、同社が開発中の「EH216-S」が、中国民用航空局から耐空証明の前段階にあたる「型式証明」を取得したと発表。それを受けてイーハンの株価は一時急騰した。


イーハンが空飛ぶクルマの納入契約を結んだ博領控股集団は、営業実態のないペーパーカンパニーの可能性を指摘される。写真は両社の提携調印式典(イーハンのウェブサイトより)

だがヒンデンブルグのレポートによれば、イーハンは型式証明の取得に際して(航空安全当局から)課せられた複数の制限事項の情報を開示していない。ヒンデンブルグの聞き取り調査に応じた中国航空業界の2人の専門家は、イーハンの空飛ぶクルマの用途は(人口密集地から離れた)郊外での空中遊覧に限られ、イーハンが宣伝する「都市部の空中交通」に使うことはできないと指摘した。

夜間も水面上空も飛べない

中国民用航空局は、EH216-Sの型式証明に関するデータを公表している。財新記者が確認すると、そこには数々の飛行制限が明記されていた。例えば、飛行が許される時間帯は昼間に限られ、雨、雪、雷、結氷、砂嵐、濃霧などの予報が出ている気象条件では飛行を取りやめなければならない。

そのほかにも、飛行範囲を人口の少ない地域の上空に限ることや、遠隔制御チームの視界内で飛行させること、(河川や湖沼などの)水面上空の飛行を禁止することなど、厳しい制約がついている。


本記事は「財新」の提供記事です

イーハンが、ヒンデンブルグのようなショートセラーの標的にされるのは、これが2回目だ。2021年2月に、アメリカのウルフパック・リサーチがイーハンに関するレポートを発表。同社の大口取引先との契約が、売上高を水増しするための粉飾だったとの疑惑を指摘していた。

(訳注:ウルフパックのレポートに関しては『中国「空飛ぶクルマ」の開発企業に粉飾疑惑浮上』を参照)

(財新記者:方祖望)
※原文の配信は11月8日

(財新 Biz&Tech)