「進研ゼミ」小学講座のタブレット教材。紙の教材ではなくタブレットを選択する会員は小学・中学講座とも7割超に上る(写真:ベネッセホールディングス)

「事業変革をスピードと質をもって実現できる」

ベネッセホールディングスは11月10日、経営陣による買収(MBO)を実施すると発表。そのオンライン説明会で小林仁社長は、MBOの意義を強調した。

ベネッセ創業家とスウェーデンの投資ファンドであるEQTグループが組み、来年2月上旬をメドに株式公開買い付け(TOB)を実施する。TOB価格は1株2600円。11月9日の終値に45%超のプレミアムをつけた。TOB総額は最大2079億円と、国内のMBOで過去最大規模となる。

TOB成立後、ベネッセは東証プライム市場から上場廃止となる。株式非公開化後の出資比率はEQT6割、創業家4割だが、議決権比率では同等となる。取締役には生え抜きの小林社長、創業家で現取締役の福武英明氏など最大7名が就く予定。EQTを含めた「トロイカ体制」で経営していく。

成長ビジョンを示した直後に提案書

ベネッセは2023年5月に「変革事業計画」を発表。進研ゼミや学校向け事業、塾・教室事業などからなる「コア教育」、入居介護事業の「コア介護」、大学・社会人向け教育や海外事業などの「新領域」の、3つのポートフォリオについて、成長のビジョンを示した。

ところが発表からわずか3日後に、創業家からMBOの提案書が届いた。「計画の実現に向けては、有力な外部パートナーと協業し、その知見を活用し、非公開化することが有益」。それが提案の骨子だ。

創業者の長男で2代目社長、会長を務めた福武總一郎氏、現取締役の英明氏は、2022年12月から半年超、EQTと議論を重ねた。EQTは約37兆円の運用資産を有するプライベート・エクイティファンドで欧州、アジア、北米の20カ国に拠点を持つ。教育・介護分野への投資実績やデジタルのノウハウが豊富なうえに、理念がベネッセと近かったという。

ベネッセの前身は通信教育などをなりわいとしていた福武書店。創業家には、「中間層をターゲットとする旧来型の通信教育の市場は縮小することなどから、これまでの延長線上ではない事業変革が不可避」との考えがあったという。

変革事業計画について小林社長は、「不十分だったという認識はない」と強調するが、業績は伸び悩んでいた。


小林仁社長は国内教育事業を担うベネッセコーポレーションの社長も兼務する(撮影:大澤 誠)

2022年に語学教室「ベルリッツ」を売却するなど構造改革を進めてきたものの、2023年3月期の連結営業利益は206億円にとどまる。コロナ禍の影響からは回復傾向にあるが、ピークだった2011年3月期の428億円から半減した。

とくに低迷が深刻だったのが、通信教育「進研ゼミ」だ。2014年に起きた個人情報流出事件で会員数が急減。小学・中学・高校の3講座合計の4月時点会員数は2023年で160万人と、2014年と比べ約4割減った。

マス層向けの従来型が時代の波に直面

進研ゼミで主力の小学講座・中学講座は、教科書に沿った内容を家庭で自律的に学ぶことをコンセプトにしたものだ。

小林社長は、進研ゼミ苦戦の要因として「子どもの学習意欲の低下」を挙げる。ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所の共同調査では、コロナ禍を経て「勉強する気持ちがわかない」と回答する子どもがコロナ禍前より増加している。

だが、首都圏の中学受験者数は、2023年入試で過去最多を更新するなど高水準が続く。創業家が危機感を持つように、マス層に向けた従来型の通信教育が時代のニーズに合わなくなってきている点が大きいだろう。

競争の激化もある。進研ゼミではタブレット教材を選択できるようにしたり、会員の答案に添削指導をする「赤ペン先生」業務をデジタル化したりといった対応を進めてきた。ただ、ジャストシステムが運営するタブレット学習「スマイルゼミ」や、リクルートが展開する映像授業「スタディサプリ」など有力な競合が台頭する中、優位性を示せなかった。

「いちばん影響を受けたのがベネッセとZ会」とみるのは、学研ホールディングスの宮原博昭社長だ。「われわれの塾・教室はさほど影響を受けていない。勉強への意欲低下や将来への不安に対し、子どもの性格を知っている講師が直接対応できる。それがリアルの教室・塾の強さ」。本決算の会見で宮原社長はそう述べた。

高校講座も変化の波に直面する。大学入学者の過半を総合型選抜(旧AO入試)、学校推薦型選抜の合格者が占める時代。こうした入試では、高校時代の活動内容や進学希望先の大学・学部で探究したいことが問われる。小林社長も「ニーズの多様化・多層化に対して、進研ゼミという1つの商品では応えきれていない」と認める。

国内教育のテコ入れをどう図る?

もちろんベネッセも、現状に手をこまぬいているわけではない。

ダイレクトメールの送付を減らし、体験型教材を送付するなど営業手法の見直しを進める。進研ゼミでは「ニンテンドースイッチ」とタイアップした教材など、学習意欲喚起のための取り組みを強化。2024年からは生成AI(人工知能)を活用した質問サービスや、日々やるべきことを管理するスマートウォッチを導入する予定だ。

難関校受験講座の「エベレス」、プログラミングやアートなどオンラインの習い事を展開する「チャレンジスクール」といった、多様化するニーズに応える商品も投入。さらに、首都圏の中学受験市場にも専門塾「進学館√+ (ルータス)」 を開設して参入した。従来のマス層と意欲の高い層とで二極化するニーズを両にらみしている状態だ。

足元では大学・社会人向け教育の成長が顕著で、コロナ禍でダメージを受けた介護施設の入居率も改善基調にある。ただ現状は、「介護・保育」「大学・社会人」事業より、「国内教育」が売上高、営業利益ともに勝っている。

「MBOの目的は進研ゼミの立て直しだけではない」。小林社長はそう述べたが、屋台骨である進研ゼミの復活の道筋を早期に示す必要があるだろう。

(常盤 有未 : 東洋経済 記者)