「まんてん.」の黒田孝弘社長。社内の棚に並んでいるのは、メヒカリの魚醤やカレーなどこれまで開発した商品の数々(筆者撮影)

作付けしたものを確実に収穫できる農業と違い、漁業は狙っていた獲物以外の魚も網にかかる。FAO(国際連合食糧農業機関)が2020年に出した報告書によると、世界で漁獲された魚の約30%〜35%は市場価値のない「未利用魚」とされ、廃棄されているという。

2日間で1万人以上が集まる「深海魚まつり」

これを日本に換算すると、漁獲量は年間約300万トン。廃棄されるのは約100万トンと膨大な量となる。しかし、市場に出回ったとしても、買い手がつかず、低価格で売らざるを得なくなる。運送用の発泡スチロールの箱や氷にかかる費用のほうが大きくなり、結果的に漁業者や水産業者が損をすることとなる。廃棄したほうが損失を抑えることができるのである。

「未利用魚」とは、読んで字のごとく、使われない魚だ。つまり、サイズが不揃いなものや、一般的に知られていないもの、骨やトゲが多くて調理に手間がかかるものなどの総称。「低利用魚」とも呼ばれる。

未利用魚には深海魚も数多く含まれていて、それらは単に食べられるというレベルをはるかに超えたおいしさがある。ちなみに高級魚の金目鯛やノドグロ、冬の味覚のアンコウやクエはすべて深海魚。これらと同じ海域に生息していて食べることができる魚も未利用魚として捨てられているのである。


今年10月28日・29日に開催された「がまごおり深海魚まつり」の様子。深海魚を使ったグルメやグッズの販売ブースが並ぶ(筆者撮影)

そんな中、深海魚の魅力を知ってもらおうと、去る10月28日(土)・29日(日)、愛知県蒲郡市で第4回「がまごおり深海魚まつり」が開催され、2日間で1万1000人もの人が訪れた。

三河湾に面した蒲郡市の漁港には、県内に4隻しかない深海魚を獲る沖合底曳網漁船すべてが所属しており、蒲郡で水揚げされた深海魚は県内の9割以上にものぼる。いわば蒲郡市は「深海魚のまち」なのである。


白ムツやニギス、メヒカリなど深海魚を使ったフライや唐揚げ、はんぺん(筆者撮影)

まつりでは、深海魚の展示数日本一の「竹島水族館」の小林龍二館長をはじめ、深海魚に携わる人々によるトークライブやクイズ大会などのステージイベントのほか、メヒカリやニギス、ムツなどの深海魚を使ったグルメの販売ブースも。

筆者は白ムツとニギスのフライを盛り合わせた「蒲郡産深海魚おまかせセット」(500円)を購入して食べたが、いずれもクセがなく、とても上品な味わい。バンズに挟んでフィッシュバーガーとして売り出したら間違いなく売れるだろう。

未利用魚のメヒカリを小中学校の給食に

深海魚グルメの販売ブースで長蛇の列ができていたのが、「メヒカリ唐揚げ」と「深海てんぷら」。豊橋市でそれらの製造を手がけている「まんてん.」の黒田孝弘社長と前出の小林龍二館長が「がまごおり深海魚まつり」の発起人だという。

黒田さんは高校卒業後、業務用食材卸問屋で14年間働いた後、モノづくりがしたいという思いから、32歳のときに独立して有限会社まんてん.を設立。当初はスーパー向けに青森県産のイカを使ったイカリングフライやゲソの唐揚げを卸していた。


メヒカリ普及のために黒田さんが制作したポスター。その名の通り、目が青白く光っているのがメヒカリの特徴だ(写真:まんてん.)

「起業して3年が経ったある日、蒲郡の水産仲卸業者が『このままでは値が付かないから価値のある魚にしてほしい』と見たことのない魚を持ってきたんです。それが蒲郡市で水揚げされる深海200〜400mに生息するメヒカリでした」と、黒田さん。

メヒカリの正式名はアオメエソ。エソは練り物の原料になるが、体長15cmほどしかないメヒカリは加工に手間がかかるため、当時は使い道がなかったのだ。メヒカリについて調べてみると、カルシウムはシシャモの約2倍、鉄分にいたってはマグロやカツオの約3倍もあり、栄養価が高いことがわかった。

「頭と内臓を取って唐揚げにして食べてみると、とてもおいしかったんです。深海魚ゆえにすぐに鮮度が落ちてしまうため、蒲郡でも漁港のある三谷や西浦、形原などのエリアでは昔から食べられていたのだと思います」(黒田さん)


メヒカリの唐揚げ。骨ごと食べることができるので栄養価も高い(写真:まんてん.)

メヒカリの唐揚げを地元の食文化として遺したいと思い、まずは小中学校の給食の献立として提案した。給食センターで働く栄養士はメヒカリについて知らなかったため、採用されるまでに時間がかかったが、逆においしくて栄養価も高いという評判が広まるのも早かった。

採用した栄養士から口コミで広がり、現在は愛知県内の小中学校の給食で提供されるメヒカリの唐揚げとフライの約8割を担っているほか、関東から関西までの小中学校にも提供している。

2017年にはオイルサーディンをヒントに「メヒカリ油漬け」を、さらに翌2018年には地元の三谷水産高校とともにメヒカリのアラを使った魚醤「深輝」を開発。SDGsにもつながると注目を集めている。

水族館は深海魚をメインにリニューアル

一方、2010年、「竹島水族館」は来館者数が過去最低の12万5000人にまで落ち込み、廃館の危機を迎えていた。しかし、当時一飼育員だった館長の小林龍二さんのアイデアで深海魚の展示をメインにしてリニューアルを図ったところ、翌年の来館者数は20万人まで跳ね上がった。


「竹島水族館」の小林龍二館長(右)。「がまごおり深海魚まつり」では実行委員長を、「まんてん.」の黒田孝弘社長(左)は事務局長を務めた(筆者撮影)

そこに着目したのが蒲郡市観光協会だった。「深海魚のまち」を宣言し、市内の飲食店や宿泊施設、海産物の土産物店、水産加工業者などとともに「まちじゅう食べる水族館プロジェクト」を企画した。

これは蒲郡市内の漁港で水揚げされる魚介類を知ってもらおうと、参加店の店頭に手書きの「お魚紹介カード」を設置し、まちじゅうを水族館にするという取り組みだ。同時にスタンプラリーも開催され、大盛況だったという。

黒田さんは蒲郡市観光協会や蒲郡商工会議所などが開催するイベントを手伝う中で小林さんと出会い、5年前には東京・日比谷公園で開催された「ジャパンフィッシャーマンズフェスティバル」で竹島水族館が監修した「深海てんぷら」を販売した。

「そのときに蒲郡でもこんなイベントをやってみたいと小林館長と盛り上がって、翌年の2019年に初めて『がまごおり深海魚まつり』を開催しました。会場が竹島水族館の駐車場だったにもかかわらず2日間で1万人も集まり、手応えを感じました」(黒田さん)

今年の「がまごおり深海魚まつり」では、地元の三谷水産高校と黒田さんが共同で開発を進めている深海魚の缶詰の人気投票も行われた。試作したトマトの魚肉ボールとアヒージョ、角煮、バター醤油の4種類の中でいちばん人気だったのは、彩りの良いアヒージョ。これからさらに改良をくわえて、来年1月に発売する。


三谷水産高校による深海魚缶詰の投票コーナーとヤミーフィッシュプロジェクトを紹介するブース(筆者撮影)

サブスクで未利用魚が毎月届くサービスも

また、11月からは未利用魚が毎月届くサブスクリプションサービス、「ヤミーフィッシュプロジェクト」もスタートした。ヤミーフィッシュとは、おいしいの“yummy”と深海の“闇”を掛け合わせた“おいしい深海魚”を表す造語で、水揚げされた直後に頭や内臓、骨、うろこを取り除いて瞬間冷凍した未利用魚を届けるというもの。2人前×4食分がセットになって、月4000円。

今年1月、黒田さんは福島県いわき市で地域資源を生かした商品のブランディングやプロデュースを手がけるいわきユナイトの植松謙社長らとともに「メヒカリ普及協会」を設立した。メヒカリは福島県いわき市や静岡県沼津市でも獲れることから、互いに協力してメヒカリの普及に向けたイベントの企画・開催や、情報発信をしていくという。

「メヒカリの普及活動と同時進行で取り組んでいかねばならないのが、第二のメヒカリ、つまり、未利用魚の中から新たな商品を開発することだと思っています。温暖化などでメヒカリがいつ獲れなくなるかわかりませんから。全国の深海魚が獲れる町と連携して、深海魚サミットを開催するのが今の目標です」(黒田さん)

食べられる未利用魚がもっと増えていけば、町おこしのみならず、低迷している漁業の活性化や新たな和食文化の醸成にもつながっていく。ひいては食料問題を解決する糸口にもなる。まさに良いことずくめなのである。今後も未利用魚の活用法を追いかけていきたい。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)