国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の船外活動を行うなどさまざまなミッションを遂行してきた野口聡一宇宙飛行士が、宇宙における法律についてご紹介します(写真:tetsu/PIXTA)

1996年宇宙飛行士候補に選出され、国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の船外活動を行うなどさまざまなミッションを遂行してきた野口聡一宇宙飛行士。宇宙滞在期間は344日を超えており、2020年にはクルードラゴン宇宙船に搭乗し「3種類の宇宙帰還を果たした世界初の宇宙飛行士」として、ギネス世界記録に認定されました。

そんな野口宇宙飛行士が、「子どもも大人も知っておきたい、驚くべき宇宙の世界」について紹介したのが著書『宇宙飛行士だから知っている すばらしき宇宙の図鑑』です。

宇宙についてさまざまな角度から解説した本書から、宇宙における法律について綴ったパートを一部抜粋・加筆してお届けします。

国連加盟国の半数以上が批准する「宇宙5条約」

世界初の人工衛星が打ち上げられた翌年の1958年、国連に「宇宙空間平和利用委員会」が設置され、ロケットや衛星を平和裏に利用する世界協力が始まりました。この委員会の協議で決まったのは「宇宙5条約」と呼ばれる5つの国際条約です。

宇宙5条約のうち、「宇宙の憲法」ともいわれる1番目の「宇宙条約」では、すべての国が宇宙空間での探査、天体への着陸を自由に行えることを定め、同時に宇宙空間や天体を国が占拠できないこと、また宇宙空間や天体上に大量破壊兵器を設置してはならないことも決めました。

宇宙条約は2014年時点で国連加盟国の半数以上の103カ国が批准し、国際的な宇宙活動の原則となっています。ですから、宇宙では特定の国の法律ではなく国際条約が基本的なルールとなっているといえるでしょう。

宇宙5条約には、宇宙飛行士が万が一の事故にあった場合に相互に助け合う「宇宙救助返還協定」や衛星やロケットで引き起こされる事故の場合の補償について定めた宇宙損害責任条約、打ち上げられた衛星などに番号をつけて登録する宇宙物体登録条約、月探査や活動に関する月協定が含まれています。批准国は後に作られた条約ほど少なくなり、また軍事衛星のように機密を含む衛星は必ずしも宇宙物体登録条約に添って登録されていないなど、ルールの適用状況は国によって異なる部分があります。

宇宙条約が決められた当時、宇宙活動の主体は国であり、民間が参入するといったことはあまり考えられていませんでした。そのため、条約の内容は宇宙活動に参加する国々の細かい事情に合わせたものではありません。

国家機関と民間が協力しあい、宇宙ステーションを作ったり、ロケット打ち上げのように飛行コースに多くの国が関係する活動を自分たちで実施できる国もあれば、他の国に頼んで人工衛星を打ち上げてもらう宇宙の新興国もあったりと、各国の宇宙活動の内容には大きな差があります。

また宇宙条約で、すべての宇宙活動は、NASAやJAXAのような宇宙機関であっても、あるいは民間企業が行うものであっても、最終的には国が責任を持つよう求めています。そこで、宇宙活動の状況に合わせた新たなルールや国ごとの国内宇宙法が必要になってきました。

ISSは公海上の多国籍船団

私が通算で335日滞在した国際宇宙ステーション(ISS)は、日、米、欧州、ロシア、カナダの世界5極が協力して存在する、世界に例を見ない国際協力のたまものです。ISSを構築し機能するために「国際宇宙ステーション協定」という相互協力の枠組みが設けられています。

この協定は厳密には条約や法律ではありませんが、宇宙条約に添ったISSのためのルール。さまざまな国の船が行き交う公海上で複数の国の船が船団を組んだ「多国籍船団」といった考え方を取り入れて決められています。

ISS参加国は自分たちの提供した構成要素(日本の場合は実験モジュール「きぼう」など)を宇宙物体として登録し、そこで活動する自国の宇宙飛行士を管理することになっています。ですから、アメリカのモジュール「ハーモニー」と日本の「きぼう」を行き来すると、日米をまたいで移動しているともいえます。

物品を移動させれば法律上は輸出入ということになりますが、日本の補給船「こうのとり」から宇宙食を他国のモジュールに持っていっても関税はかかりませんし、そのたびに手続きの書類を書いたりはしないですね。

また、宇宙の活動は常に危険を伴い、どれほど慎重に計画し訓練を行っても、事故や活動が失敗する可能性があります。そうした場合に備えて、お互いに過失による損害の賠償請求を放棄する「クロス・ウェーバー」という原則が設けられています。

宇宙ビジネスを後押しする法整備

私はスペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンと3種類のISSに宇宙飛行士を運ぶ宇宙船に搭乗していますが、このうちクルードラゴンはスペースXという民間企業が開発したものです。

アメリカは宇宙の民間活動に関する国内の法律をいち早く1980年代に整備していて、スペースXのような企業が現れ宇宙ビジネスが盛り上がったのも法律があってこそといえます。


日本でも同様の民間活動を進めるための法律が必要だという議論がおき、2008年に衛星打ち上げの許認可や、打ち上げが失敗して地上に損害を与えた場合の補償などを定める「宇宙基本法」が成立しました。研究開発を中心としていたそれまでの宇宙活動から、産業振興を含む宇宙ビジネスも視野に入れた法律となったのです。

またこの宇宙基本法には、「工程表」という文書が付属していて、日本が予定している衛星やロケットの開発などが一覧表化されています。

宇宙ビジネスに乗り出す事業者は、独自の衛星やロケットといった事業を始める際のルールがわかりやすくなったわけですし、工程表を見て「新しい人工衛星のデータを使ってこんなサービスを提供しよう」などといった計画を立てることもできるようになったのです。

(野口 聡一 : 宇宙飛行士)