9人体制の法人警護で暴力団員と対峙…緊迫の応接室〜実録・ボディーガード体験談
ボディーガードを依頼するクライアントというと、政財界の大物を連想する人が多いでしょう。実際に、法人役員の警護は需要の多い案件の一つです。
今回は、ある会社役員の警護での出来事を、現役ボディーガードのK氏に伺いました。(関係者の情報保護への配慮から、内容に一部アレンジを加えています)
1日あたり「9人体制」の大規模な警護
近年は相続トラブルなど、個人からの警護依頼が急増しています。とはいえ、法人からのご依頼は、いまだ過半数を占めます。今回はその中から、私が十数年前に扱った、典型的な法人のご依頼の事例をお話しします。
ある都市に、公営競技(公営ギャンブル)の施設を造る計画がありました。大規模な計画なので、地元でさまざまな企業と強力なコネクションを持つA社が中心となり、進行していました。そのA社が、今回のクライアントです。
当時はこういった事業を進める場合、暴力団が黙っていることはありません。彼らとしては大きな利権が期待できるので、当然でしょう。そんな背景があり、いくつかの組織(暴力団)がA社に接触してきたのです。
かみ砕いて説明すると…まず、Xという組織が「断りなく商売を始める気か!」と脅してくる。Yという別組織も、「ワシらも絡ませろや」とプレッシャーをかけてくる。さらに、Zという組織が「お困りのようだから、XとYに話をつけてあげましょう」と近づいてくる――といった具合です。ちなみにX、Y、Zは裏でつながっています。3者で山分けを狙っているのです。
当時は、暴力団対策法の施行から既に10年以上が経過しており、企業から暴力団への利益供与は社会問題として認識されていました。そのため当然、警察にも相談しています。しかし、この時点では犯罪の要件を満たす被害は受けておらず、警察が動きにくい段階でした。そんな理由から、われわれに依頼が来たのです。
その現場は、1日あたりのボディーガードが9人体制という、国内ではかなり大規模なものでしたが、メインはA社の会長、社長、専務それぞれの警護です。また、それぞれの自宅にも24時間体制で警護を配置していました。私の担当は会長でしたが、完全に人手不足だったので、各所の穴埋めにも入っていました。
刑事3人が待機…緊迫のアポイント
では、一日の流れをお話ししましょう。
毎朝7時45分に、会長の自宅に専用車が迎えに来ます。役員は全員、運転手付きの社用車での移動でした。自宅玄関前で待機すると、8時ちょうどに会長が姿を見せます。車で20分ほどの会社に向かい、出社後は警護用の待機室で、秘書からその日のスケジュールが伝えられます。その後は会長の行き先全てに同行し、午後7〜8時ごろに自宅までお送りして終了――というのが大まかな流れです。
警護開始から数日は何も起こりませんでしたが、10日目くらいに、「◯◯エンタープライズ(仮名)」という会社から面会の申し入れがありました。先述した「Z」という組織のフロント企業です。本来、会う必要はありませんが、会長の指示により申し入れを受けることになりました。実は警察からも、アポを受けるように要請があったのです。ここで相手がボロを出せば、解決がスムーズですから。
3人の刑事がモニター付きの別室で待機し、万が一の際は現行犯逮捕する手はずです。ただし、実際の話し合いは役員ではなく、企画室長と営業部長が行いました。ちなみに、私も社員という体で同席しています。
「なぜ会長が応対しないのか」と疑問かもしれませんが、こういう場合、トップが顔を出すことはめったにありません。危険なだけでなく、決裁権を持つ人間が同席すると、無理な決断をその場で迫られることもあります。つまり、「後日回答します」という逃げが使えなくなるのです。
午後1時、約束の時間ちょうどにスーツ姿の2人が来社しました。お出迎えと応接室への案内は、私がしました。2人とも40歳前後、風体は「いかにも暴力団員」という感じではありません。しかし、一般のサラリーマンとは明らかに気配が違います。
応接室にお通しすると、中で待っていた企画室長と営業部長が名刺を渡しました。しかし相手は名乗るだけで、自分の名刺は出しませんでした。その後は、席に着くなり本題です。
「今、XとY、両方の組と渡りをつけている。うまくまとまりそうだが、ここから先はおたく(A社)の協力が必要だ」。簡単にいうと、このような内容です。はっきりとは言いませんが、「協力」とは金のことでしょう。XとYのメンツを保つには、金が必要である…こういう筋書きです。
しかし企画室長は、「仲介をお願いしたことはないし、お願いする気もありません。今後の対応は警察に任せているので、ご心配いただかなくて大丈夫です」と返しました。すると相手は、「警察では渡世の義理までは強要できない。蛇の道は蛇に任せなさい。面倒になりかねませんよ」というようなことを、静かに言いました。
「御社の協力は必要ない」…眼光鋭い相手の反応は
しかし、企画室長は態度を変えません。「ご心配ありがとうございます。ただし、御社の協力は必要ありません」と告げました。相手の態度が急変するかもしれない緊張の瞬間です。しかし、相手は眼光こそ鋭かったものの、言葉を荒らげることはありませんでした。おそらく私が同席した時点で、いろいろと悟っていたように思います。名刺を出さなかったのも意図してのことでしょう。肩書を名乗ると、それだけで脅迫になる恐れがありますから。
彼らは最後まで、私が誰かは尋ねてきませんでしたが、警察と勘違いしていたように思います。もしかしたら、別室に刑事がいたことも察していたかもしれません。それに、応対した企画室長が、実に毅然(きぜん)としていました。一般の人が極道を前にして、あの堂々とした態度は無理です。相手もプロなので、何かを感じてもおかしくないでしょう。
実は、警護が同席するメリットの一つがこれです。心のゆとりは、毅然とした態度につながります。多くの人は、落ち着かない心持ちで席に着き、相手のペースに引き込まれてしまいます。シビアな話し合いの場で不安を見せたら、勝ち目はありません。
そしてこの日以降、彼らが現れることはありませんでした。「この会社からは1円も引き出せない」と判断したのだと思います。早い段階でそれが分かったので、彼らのダメージも少なかったのでしょう。仮に、仕込みから長い月日が経過していた場合、「1円も取れませんでした」では、引くに引けなかったはずです。やはり「早期対応」が鍵です。人は時間と金を注ぎ込むと、それを回収するまで止まりません。最悪の場合、死人が出ます。
この日で危険は去りましたが、警護は半年間続きました。なぜなら、「脅迫が終わってからが危険の始まり」というケースもあるからです。裁判でもそうですが、脅迫やトラブルの真っただ中はある意味、安全なのです。
脅しの目的は単純です。「要求をのめ! さもないと、どうなっても知らんぞ!」というゴリ押しです。逆にいえば、「要求さえのめば、何もしませんよ」とも受け取れます。つまり脅迫中は、相手にとって“交渉の最中”でもあるのです。そんなときに暴力を振るっても得がありません。ただし、脅迫がやんだ後や、その理由によっては、前にも増して警戒が必要になります。今回のケースだと、相手が「メンツをつぶされた」と感じている可能性があります。対象が暴力団の場合、時には顔を立てる配慮も必要です。
ちなみに法人の警護では9割以上が、大きな問題が起きずに終わります。むしろ個人のご依頼の方が、トラブルが多い印象です。これには、3つの理由があると見ています。
一つ目は、「企業への脅しは金銭目的が多い」点です。金銭が狙いの場合、成功率が低ければ諦めます。逆に、ストーカーのように、憎しみが原動力の場合、損得抜きで襲撃する者も珍しくありません。後先を考えない相手は危険です。
2つ目は「警護体制の強固さ」です。単純に個人よりも法人の方が、警備予算が多いのです。予算が上がれば、おのずと安全度も上がります。そして3つ目は、「初動の早さ」です。法人の場合、予算が組みやすいので、「ちょっと危険かも?」という早めの段階で依頼ができます。
個人の場合は、深刻な状況になってからのご依頼が多いので、解決に時間がかかります。しかし多くのトラブルは、早期対応で被害を軽減できるのです。

