バレーボール 益子直美インタビュー(後編)

 "美女バレーボーラー"として女子バレー人気を牽引し、現在はタレント・キャスターとして活動する益子直美。高校、実業団でエースアタッカーとして活躍し、全日本代表にも選出されたが、1992年、25歳の若さで現役を引退。輝かしいキャリアとは裏腹に、本人は「バレーボールが嫌いで早く引退したかった」と振り返る。

 インタビュー後編では、「益子直美カップ」の開催で得た手応えと、未来のスポーツ指導のあり方について語ってもらった。

「大会開催をとおしてパワハラ指導をなくしたい」と語る益子直美

怒るのをやめると、言葉が出てこない監督も

―― 「怒ってはいけない」というルールがある「益子直美カップ」。参加チームの監督はどんな様子ですか?

「第1回目のときは、試合中に怒っている監督さんをよく見かけました。私が『今怒っていましたか?』と声をかけにいくと、『怒ってねーし!』と逆ギレする方もいたんです(苦笑)。『怒っていない』と言いつつも、声を荒げている人や、ふんぞり返って座っている人も多くて。みなさん、自分が怒っていることにそもそも気がついていないんですよね。

『益子直美カップ』では怒ってしまった監督には『×』マークのついたマスクをつけていただくのですが、最近では、自分から『今日、俺は絶対に怒らない。×マスクをずっとつけているよ(笑)』と開始早々に言ってくる監督さんもいて、みなさんの向き合い方が変わってきている印象があります。もちろん、まだ指導方法に迷っている監督さんもいますが......」

―― 福岡以外に、藤沢(神奈川)でも開催していますよね。

「福岡で成功しているのを見ていただき、藤沢の小学生バレー連盟の方からやってほしいと言われたんです。既存の小学生バレーボール大会を『益子直美カップ』のルールに変える形でスタートしました。

 昨年11月に開催された第4回の藤沢大会では大きな収穫がありました。テレビの報道番組が取材に入っていたこともあって、過去の大会では毎回怒っていたベテランの監督さんが今回は怒るのをぐっと我慢していただいたみたいで。同大会では最後まで監督さんが怒る姿を見せませんでした」

―― 誰かに見られていることが、変わるきっかけになったんですね。

「そうみたいです。そして試合後に、『接戦でのタイムアウトのとき、なんて声をかけていいのかわからなかった』とおっしゃったんです。いつもなら、『声が出てないだろう!』『気合いが足りない!』と怒る声かけをしていたそうで。結局試合にも負けてしまって、『このあと子どもたちに話をしなければならないが、何を伝えればいいか教えてほしい』と相談されました」

―― その監督にはどんなアドバイスを?

「『この敗戦を経て、子どもたちにどうなってほしいですか?』と聞いたところ、『もっとうまくなりたい、次は勝ちたいと思ってもらえたらいいよね』と監督はおっしゃって。『それなら、どんな声かけがいいと思いますか?』と問いかけていくと、試合中、練習どおりにうまくできたこともあったのに、その点に目を向けていなかったことにご自身で気がつかれて。私からは『また頑張りたいと思えるような、ポジティブなフィードバックをしてあげたらどうですか』とお伝えしました。

 怒りを封印すると言葉が出てこないという監督さんもいますが、子どもたちが練習でチャレンジしているのだから、ぜひ大人も新しい挑戦をしてほしいなと思います。だから今回、ベテランの監督さんが自ら変わろうとチャレンジしてくださったことにとても感謝しています」

「怒る」と「アドバイス」の境界線

―― 「気合いを入れろ!」といった声かけは自分では怒っている意識もなく、つい言ってしまいそうですね。怒っているかどうかを判断する基準はありますか?

「私が『益子直美カップ』で監督が怒っているかどうかを判断するときは、子どもたちの表情を見るようにしています。言われても気にしていない子もいれば、しゅんと落ち込む子もいます。もちろん、監督も見ていると思いますが、見慣れてしまって子どもたちの変化に気がつかないことがあるのかなと。ちょっと引いた視点で見るのが大事だと思います」

―― 声かけ時の具体的な注意点はありますか?

「バレーボールは、コートとベンチが近く、すぐに声をかけられる競技です。例えば、『今のボールは前だろ!』と言われて前に行くと、次は後ろにボールが来て『なんで前にいる、後ろに下がれ!』と言われる。こういうことを繰り返していると、子どもたちは常に監督の顔を見ながらプレーしてしまって、自分で考えることをやめてしまいます。ベンチから見る風景とコートの中で見る風景は違うので、なんでもすぐに指示を出すのではなく、ある程度は子どもたちに任せてみることが大切なのかと」

―― 教えるのではなく、考えさせることが大事なんですね。

「『まだ子どもだから、大人が全部教えなければいけない』という考えを持っている方もいますが、子どもたちって実はすごく考えているんですよね。『益子直美カップ』で子どもたちにアンケートを取ると、『監督が怒らないからといって甘えず、自分たちで声かけを意識しました』と書いてあったりする。子どもたち自身に課題を与えたわけではないのに、自分たちで考えてチャレンジしているんです。ぜひ、指導者の方には、子どもたち自身が工夫して考えるような場面をつくってほしいですね」

―― 子どもたちのモチベーションを高めるには、どんな声がけがいいと思いますか?

「1人ひとりの受け止め方が違うので、大事なのは日頃の観察とコミュニケーションだと思います。例えば、私のセミナーに参加してくれた方の高校2年生の息子さんは、『ドンマイ』と言われるのが嫌いと言っていました。確かに、この言葉には『ミスしても大丈夫、私は気にしないから』といった少し否定のニュアンスを含んでいるようにも受け取れます。多くの人は気にならないかもしれないけれど、彼にとってはやる気がそがれる言葉なんですね。楽しく、全力でプレーするためにどんな言葉をかけてほしいかをお互いに知るには、やっぱり日頃からの話し合いが必要です」

 「益子直美カップ」第10回大会までに、パワハラをなくしたい

―― 今後、『益子直美カップ』はどう展開していくお考えですか?

「こういう取り組みはズルズルと引き延ばして続けるものではないと思うので、早く過去のものにしたい。だから、第10回大会までというゴールを最初に決めました。『監督が怒って指導する時代があったんだよ』『昔は練習中に水も飲めなかったんだよ』『まさかー!』というように、みんなで笑って話ができるような時代が早くきてほしいですね」

―― そうすると、あと4回ですね。

「今年はコロナ禍で中止になりましたが、1年延びたのでその時間を有効に使っていきたいと思います。あと、私が還暦を迎えるまでにはなんとか、という気持ちがあるので、ピッチを上げていかないと。全国のバレーボール大会で『益子直美カップ』のルールを取り入れる大会を増やしていきたいですし、同じような考え方の大会を他競技にも広げていきたいと思っています。すでにご相談もいくつかいただいているんです。

『益子直美カップ』が終了する目安の4年後には、スポーツでパワハラを受ける子どもがいなくなっていて、ニュースにもならない、そんな社会になっていてほしいなと思います。まずは、少しずつですが現場から変えていきたいです」

【Profile】
益子直美(ますこ・なおみ)
1966年東京都生まれ。中学時代にバレーボールを始め、強豪・共栄学園に進学。1984年の春高バレーでは2年生エースとしてチームを準優勝に導いた。高校3年時にバレーボール女子日本代表に選出され、高校卒業後はイトーヨーカドーへ入社。チームを日本一に導く活躍を見せたが、1992年、25歳の若さで現役を引退。以降は、タレント・キャスターとしての活動と並行して、小学生バレーボール大会「益子直美カップ」を主宰するなど、「怒らない指導」の普及に尽力している。