電子書籍はどこに向かって行くのか

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夢のコンテンツと希望の端末が登場し、業界にも読者にもハッピーな時代がやってくる……。たしか、1年前にはそんなムードがまん延していた電子書籍。だが、そんな楽観的な予想は見事にはずれ、いまだ電子書籍は苦戦を強いられている。

なんだか、似たような状況が過去にあったなぁ、と思ったりする。最強のコミュニケーション・ツールとしてもてはやされたmixi。個人も組織もこれを使えば新しい世界が拡がる万能ツールとしてブームになったツイッター。いずれも数年たってみると、「なんだ、あんなに騒ぐことなかったじゃん」というふうに、「最強」でも「万能」でもないことがわかってしまった。

諸行無常といってしまえばそれまでだが、筆者のようにひとりで出版社をやっていると、電子書籍に関する動向には敏感にならざるをえない。大手の出版社や印刷会社、書店、電話会社などがどしどし参入し、続々と端末が発売されるなか、「やばい、時代の波に取り残されるのではないか」などと不安な気持ちになったこともあった。

ならば、「あなたの会社も参入してみればいい」という声も聞こえた。しかし、小さな出版社が安易に手を出せるようなものではないのが電子書籍なのである。まず、既刊本のテキストを電子書籍用のデータにするのは簡単なことだ。コンテンツを作成し、自社のウェブページなどを利用して、読者がダウンロードできるようにするのも可能である。が、ここで手詰まりになってしまう。その大きな理由は、課金だ。

ウェブでコンテンツを販売し、課金できるようにするには、さまざまなハードルがある。クレジット会社の認証、無料でダウンロードされないための仕組みづくり、販売するサイトを周知させるための営業……。事実上、資本力のない小さな出版社は、「電子書籍業界」には簡単に参入できないのである。


そんな中で、できるだけ早く時代の波に乗るためには、電子書籍を取次販売する既存の会社にお願いして、我が社のコンテンツを売ってもらおうという話になる。筆者も1年前にそう考えて、電子書籍を取次販売する会社に問い合わせた。電話をかけ、「弊社のコンテンツをそちらで販売していただきたいのですが」と言った。資料をお送りしますので、まずはそれを読んでください、というようなことを言われた。

担当者に連絡先を伝えた結果、数日後に書類が送られてきた。封を切って、あぜんとした。同封されていたのは、その会社の会社概要のみであった。「電子書籍の制作から配信・管理・ユーザーサポートまで、一切の業務を行うシステムを確立しています」と書いてあるが、そんなことはすでに知っているし、そんなものを読んだって取引や契約のきっかけにはならない。

まるで、どこかの飲み屋で「一見さん、お断り」といわれてしまったような気がした。そして、「この会社は、うちと取引する気がないんだなあ……」と悲しく思った。その会社以外にも、電子書籍を取次販売する会社はある。しかし、ファーストコンタクトした会社に門前払いをされてからは、「時代の波に乗る」こと自体がなんとなく馬鹿らしくなってしまい、「しばらくは見物客をきめこもう」という姿勢で現状にいたる。

見物しているうちに、電子書籍への対応を売りにしていた多機能端末「GALAPAGOS」(ガラパゴス)の販売をシャープが終了するというニュースを読んだ(毎日新聞、2011年9月16日付)。記事は、シャープが電子書籍用の端末から撤退する理由を、「電子書籍の利用に機能を絞ったことも災いし、ゲーム機や動画視聴など多彩なソフトが利用できるiPadなどに押され販売は約数万台と低迷」と解説している。

他方、コンテンツを売る側の大手・中堅出版社に勤める知人から話を聞いても、電子書籍が売れているという話は一切聞こえてこない。また、門前払いの苦い思い出に対する怨念(笑)も混じっているかもしれないが、個人的な感想を言えば、端末で「書籍」を読む気にはならないし、取り次ぎをとおしてコンテンツを売ろうという気にもならない。

最近は、電子書籍に行く末について、こんな妄想を抱くことがある。パソコンも含めた端末の基本は「横書き文化」なのに対し、日本語の基本は「縦書き文化」だ。なので、そもそも日本人にとっては、書籍を端末で読むこと自体に無理があるのではないか……。研究者やジャーナリストが、専門書やニュースをデータとして持ち運べるのには適している。しかし、読者が気持ちや感情を刺激されるのは、やはりリアルな書籍なのではないか……。

いまは、消極的に、電子書籍の日本での展開ぶりを見守ることにしよう。

(谷川 茂)