所属するドイツ、ブンデスリーガのVfBシュツットガルト、そして日本代表でも高い評価を勝ち取っている岡崎慎司。今となっては信じられないことだが、2005年の清水エスパルス入団時の評価は低く、将来を嘱望された選手ではなかった。その彼がここまで躍進を遂げた理由のひとつに、綿密に計画されたトレーニングで「走り方」を改善していた事実があることはあまり知られていない。

「岡崎はもともと運動能力が高くありません。加えて相手のボールを奪って攻撃に転じようと考える選手ですので、接触プレイは避けられない。だから速さだけでなく転ばないバランスのとれた走り方を目指してトレーニングしてきました」

 そう語るのは杉本龍勇(すぎもと・たつお)氏。岡崎がエスパルスでプレイしていた時のフィジカルトレーナーであり、現在も個人契約を結び、コーチングを続けている人物だ。

 岡崎への個人的な指導が始まったのは2006年の冬から。このオフ、杉本氏はチーム全員に対し、「もっと速く走りたいと思う選手、もっと自分のイメージ通りに動きたいと思う選手は自分に声をかけて欲しい。そのためのプログラムを一緒に考え、オフの間から取り組んでいこう」と伝えている。それに真っ先に反応したのが、自他共に認める“鈍足”の岡崎だった。

「彼は足をベタッと着き、しかも重心移動の遅い走りをしていました。足の遅い人はカカトから足をついて、つま先まで抜けるのにすごく時間がかかるのが特徴です。岡崎はまさにその典型でした」

 問題は「がに股」な歩き方、そして体を直立させると肩だけ前に出てしまう「猿肩」の姿勢だった。重心が不安定で体のバランスが取れていないため、筋肉の動きが走りのエネルギーに直結できていない。その力の伝達をスムーズに行なうため、杉本氏は立ち姿勢からスタートし、歩き方、そして走り方へと段階的に矯正していくことになる。

「いい姿勢というのは直立した姿勢から、さらに少し上に伸びた状態を言います。ちょうど身体検査で身長を計るときのような姿勢です。そうすることで、みぞおち部分から恥骨にかけて背骨が上方向に伸び、関節の自由度が高まる。それを腹筋、背筋で前後に支えれば体をねじる動きがスムーズになり、力が発揮しやすくなります。同時に上から押さえられていた股関節が解放され、可動域も広がるのです」

 変化が生まれたのは2007年のシーズン後半。ウォーミングアップでジョギングをする岡崎を見ていた杉本氏は、その動きが変わったことを実感した。同じ1歩の足の運びでも前へ進む力が大きくなっていたのだ。ピュン、ピュンと一歩ごとにリズミカルに前に進んでいく。それは例えジョギングであっても無駄なく地面に力を伝え、同時に素早い重心移動ができてきたことを意味していた。

「今まではディフェンスの裏を取っても追いつかれることが多かったが、そのままゴール前まで抜け出せるようになった」とは、当時の岡崎のコメントだ。トレーニングの量や負荷を上げるのではなく、体の使い方を覚えることで、今のプレイスタイルの礎(いしずえ)を築いたのである。そこから現在に至る活躍は周知の通りだ。

 杉本氏はかつてバルセロナ五輪(1992年)の陸上100mに出場したことのあるスプリンター。日本人としては筋肉の発達した恵まれた体を持っていたが、それに頼るだけでなく早くから体のメカニズムに逆らわない走り方に目を向けていた。

 転機となったのは現役当時に留学したドイツでの経験だ。そこで師事したコーチのもとにはサッカー、バレー、バスケットボールなどあらゆるスポーツ選手が教えを請いにやってきた。ここで“走る”という本質の部分はどの競技においても同じであり、陸上の100mであっても、球技であってもベースに大きな違いはないことに気づいたという。