ドバイ不動産価格とイラン攻撃の相関…2026年上半期データが示す市場の実態とリスク【国際弁護士が解説】
多くの投資家が熱視線を注いできたドバイですが、2026年2月末、近隣国であるイランをアメリカとイスラエルが攻撃。想定外の事態に、世界各国はもちろん、投資家や富裕層を中心とする各国からの移住者も慌てふためきました。約半年の時間が経過した現在、ドバイの状況、特に不動産市場はどうなっているのでしょうか。世界をフィールドに活躍する弁護士・森和孝氏が、ドバイの最新事情を解説します。
市場機能は維持され、価格指数の下落もピーク比2.6%
2026年2月末に始まったイラン攻撃は、ドバイの不動産市場にとって、これまでにないストレステストとなりました。空港が一時停止し、投資家の判断にも慎重さが広がるなか、取引と価格はどう動いたのでしょうか。
結論からいえば、取引は減速したものの、市場機能は維持され、価格指数の下落もピーク比2.6%にとどまりました。ただし、これは「戦争の影響はなかった」という意味ではありません。月次データから、ドバイ不動産の強さと、今後注意すべきリスクを見ていきます。
開戦前のドバイ市場は「史上最高圏」だった
まず、戦争前の状況を確認しておきましょう。Dubai Land Department(DLD)の売買データによると、2026年1月は1万7,381件、取引額は3.18兆円。2月も1万7,001件、2.67兆円と、非常に高い水準でした。なお、円換算は1AED=44円で統一しています。
つまり、弱っていた市場に戦争が重なったわけではありません。強気の相場が続くなか、2月28日に地政学リスクが一気に現実化したのです。
UAEでも空港の一時停止などの混乱が起きました。それでも、上半期を通じて、不動産の売買、登記、引渡しが全面的に止まった日は確認されていません。これは価格の動きと同じくらい重要です。不動産投資で深刻なのは、値下がりだけではなく、売買や権利移転そのものができなくなることだからです。
3月に急減、しかし本当の底は停戦後の5月
月次データを見ると、戦争の影響は段階的に表れました。3月の売買は1万3,258件、1.89兆円。取引額は前月比29.2%減少しています。ただし、3月は例年、ラマダンの影響で取引が鈍りやすい時期でもあります。この減少を、すべて戦争の影響と考えるのは適切ではありません。
[図表1]2026年上半期の月次売買件数と取引額 注:円換算1AED=44円。出典:Dubai Land Department公式ポータル。『エミネンス・レポート2026上半期』※より編集部作成。
4月7日に停戦が成立すると、4月の取引額は2.13兆円まで戻りました。ところが、上半期の底はその後に訪れます。5月は1万481件、1.30兆円まで減少しました。
なぜ、ニュースが最も緊迫していた3月ではなく、停戦後の5月が底になったのでしょうか。理由は、不動産取引には時間差があるからです。開戦前に合意していた案件は、3月や4月に決済されます。一方、戦争を見て新たな購入を止めた影響は、内見、交渉、契約というプロセスを経て、数週間から数か月遅れて成約データに表れます。
[図表2]イラン攻撃と停戦をめぐる主な出来事 出典:『エミネンス・レポート2026上半期』※より。
6月は取引件数が31.3%回復…ただし「全面回復ではない」
6月19日に停戦に関する覚書に署名されると、6月の売買件数は1万3,760件となり、5月から31.3%増加しました。様子を見ていた買い手が、少しずつ市場へ戻ったと考えられます。
ただし、取引額は1.44兆円で、件数ほど大きくは伸びていません。回復の初動を主導したのは、スタジオや1ベッドルームを中心とする小型・中価格帯の物件でした。
「件数が戻ったから、高額物件を含めて全面回復した」と見るのは早計です。回復局面でも、投資家は価格や物件を慎重に選んでいました。
価格指数の下落は2.6%…数字の読み方には注意が必要
市場全体の価格動向を見るうえで参考になるのが、Property MonitorのDubai City Indexです。主要42エリアの成約価格をもとにした同指数は、3月の1,683AED/平方フィートから、6月には1,639AED/平方フィートへ低下しました。ピークからの下落率は2.6%です。
戦争や空港の一時停止まで経験したことを考えると、価格の調整は限定的だったといえます。少なくとも、主要指標では投げ売りによる全面的な価格崩壊は確認されませんでした。
[図表3]Dubai City Indexの推移―3月の高値から6月まで2.6%下落 出典:Property Monitor Dubai City Index―Sales。『エミネンス・レポート2026上半期』※より。
もっとも、「戦争の影響は2.6%しかなかった」と言い切ることもできません。City Indexは3か月の移動中央値を使い、短期の変動をならす設計です。成約案件の単純平均では、高額物件の取引減少なども影響し、第1四半期から第2四半期にかけて約10%の下振れが見られました。
指数ごとに算出方法が違うため、数字をそのまま横に並べることはできません。それでも、市場全体は比較的安定していた一方、一部の価格帯や物件には、より大きな調整が起きていたことがわかります。
なぜ「投げ売り」が広がらなかったのか
背景の一つに、現金・自己資金で購入する投資家が多いという、ドバイ特有の市場構造があります。2026年上半期の売買は8万5,998件でした。一方、DLDに登録された不動産担保ローンは1万8,972件です。両者は集計対象が完全には一致しないため、単純な住宅ローン比率ではありませんが、借入だけに依存する市場ではないことは読み取れます。
借入比率が高い市場では、金利上昇や収入減少が起きると、返済のための売却が連鎖しやすくなります。自己資金の比重が高ければ、短期的な混乱が起きても、売却を急がずに待つことができます。
加えて、RERA(不動産規制庁)によるエスクロー制度や電子登記など、2008年の金融危機後に整備された仕組みが、取引の遅延やシステムの麻痺を防ぎ、市場機能の維持を支えました。今回の相場の耐性は、楽観論ではなく、資金構造と制度の両方によって説明できます。
「ドバイなら何を買っても上がる」時代ではない
ここまでの数字だけを見ると、ドバイ不動産は非常に強い市場に見えるかもしれません。しかし、投資家が最も注意すべきなのは、市場全体の安定と、個別物件の安全は同じではないという点です。
過去12か月では、供給を増やしにくいパーム・ジュメイラの戸建て価格が37%上昇した一方、引渡しが集中するドバイ・フェスティバル・シティは10%下落しました。同じドバイでも、結果には大きな差があります。
[図表4]直近12か月の上昇エリアと下落エリア(同一スケール) 出典:Property Monitor Dubai Sales Index。『エミネンス・レポート2026上半期』※より。
この差を生むのは、供給の希少性、周辺の賃貸需要、今後の引渡し戸数、そして購入価格です。上半期の住宅平均グロス利回りは6.58%と、依然として高い水準でしたが、利回りもエリアや物件タイプによって異なります。表面上の平均値だけで判断してはいけません。
[図表5]エリア別グロス利回り―8〜9%台は庶民価格帯に集中 出典:Property Monitor Dubai Rental Yields(2026年6月)。『エミネンス・レポート2026上半期』※より。
ドバイという都市を選んだだけで、投資が完了するわけではありません。これからは、エリア、物件、購入条件をどこまで選別できるかが、結果を左右します。
今回のデータから投資家が学ぶべきこと
2026年上半期の売買総額は12.6兆円、8万5,998件でした。史上最高だった前年に次ぐ規模です。戦争を挟みながらも、市場は止まらず、価格指数も全面崩壊を免れました。ドバイ不動産市場が、以前よりも成熟し、外部ショックへの耐性を高めていることは確かでしょう。
しかし、今回の結果を「戦争が起きても大丈夫だった」と単純化するのは危険です。戦線の拡大、ホルムズ海峡の長期的な機能不全、金融・決済インフラへの影響が起きれば、前提は変わります。航空や観光、短期賃貸は、売買市場より早く影響を受ける可能性もあります。
投資家に必要なのは、ニュースに反応して慌てて売買することではありません。売却を急がなくてもよい資金で投資すること。保有を続けられる期間を考えておくこと。そして、どの条件が崩れたら判断を見直すのかを、事前に決めておくことです。
今回のデータが示したのは、「ドバイは無傷だった」ということではありません。厳しい環境でも市場機能を維持し、限定的な調整で耐えたという事実です。そして市場が耐えた後には、物件ごとの差が、これまで以上にはっきりと表れます。今後問われるのは「ドバイで何を選ぶか」だといえるでしょう。
※ 『エミネンス・レポート2026上半期』(https://eminenceluxe.com/eminence-report)
森 和孝
Eminence Luxe(ドバイ不動産仲介会社)Founder/CEO
One Asia Lawyers 国際弁護士(UAE法、シンガポール外国法、日本法)

