妻の「うそだべ?」で発覚、強盗被害を装い警察官170人動かした“自作自演” 消防職員の杜撰すぎる計画
「その通報、本当に必要ですか?」
救急や消防への“不要不急”の通報を控えるよう呼びかける掲示を街中で目にすることがある。限られた人員を、本当に救助を必要とする現場に集中させるためだ。
そんな中、自らも消防職員として働いていた男性が、虚偽の「強盗被害」をでっち上げ、結果として約170人の警察官を動員させた事件の裁判が5月14日、山形地裁で開かれた。
被告人の供述から浮かび上がったのは、借金に追い詰められた末の身勝手な犯行と、それでも対応せざるを得なかった警察や地域社会の混乱だった。(裁判ライター・普通)
●「強盗にあった」「二人組から逃げてきた」
法廷に現れた被告人は50代半ば。黒いスーツに、マスクで表情はわからないが、やや自信なさげな雰囲気だった。
起訴状などによると、被告人は山形県内の施設で工事作業をしていた人物らに対し、「強盗にあった」「二人組から逃げてきた」などと虚偽の情報を告げた。
その人物らに通報させたことで、約170人の警察関係者を徒労の業務に就かせたとしてされる。
偽計業務妨害罪に問われた被告人は起訴事実を認めた。
●借金は500万円…「強盗被害」を思いついた理由
検察側の冒頭陳述などによると、被告人は会社員を経て消防職員となり、妻子と暮らしていた。
しかし、長年ギャンブルにのめり込み、消費者金融から借金を繰り返していた。約15年前には300万円ほどの借金を家族が肩代わりしたこともあったという。
一度は借り入れが不可になり、ギャンブル熱も落ち着いていたものの、再度借り入れが可能とわかるとのめりこんだ。借金は膨らみ、事件当時には約500万円に達していた。
事件の約1カ月前には、職場にカード会社から約80万円の差し押さえ通知が届いた。過去の経緯から妻には相談できず、職場には「支払える」と答えてしまったという。
追い詰められた被告人は、自殺を考えた。包丁で自らを傷つけようとしたが、未遂に終わった。
そこで思いついたのが、「強盗に遭って80万円を奪われた」という筋書きだった。
妻に“盗まれた金の穴埋め”を頼むため、自らの靴ひもで身体を縛り、被害者を装ったという。
警察には「タンス預金の80万円を奪われた」と説明した。
しかし、取り調べを終えて帰宅すると、妻が不審に思い、問い詰めた。被告人は虚偽であることを認め、妻が警察に連絡したことで事件は発覚した。
●妻「絶対ウソだと思った」
弁護側は、被告人が事件後、ギャンブル依存改善のために通院し、自助グループへの参加も予定していることを証拠として提出した。
情状証人として出廷した妻は、被告人について「家事は進んでしてくれる」「やることはちゃんとやる」と語る一方、「自分に甘いところが多い」「お金絡みでは嘘をつきがち」とも証言した。
警察官から「80万円を奪われた」と聞いた際には、「うちにそんな金ないし、絶対ウソだ」と思ったという。
過去の借金問題では、被告人の親が返済を肩代わりした。その際、妻は「次に同じことがあったら離婚する」と伝えていた。それでも今回、事前に相談してくれていたら払う意思はあったという。
「そりゃ頭にきますが、それ以上に助けてもらってきているので…」
怒りとも呆れともいえない、さまざまな感情がにじみ出た口調だったが、今後も関係を続けていくとした。
●「強盗に襲われた」ように自宅を荒らした
弁護人からの被告人質問では、事件当日の行動も詳細に語られた。
その日は、督促されていた借金の支払期限だった。朝は通常通り出勤し、「入金に行く」として1時間の時間休を取得した。
当初は、生命保険金などで借金を清算できるよう、闇バイトの強盗に襲われたように見せかけて自殺しようと考えていたという。
自宅玄関で、職場から持ち出した包丁を腹に当てたものの、決行できなかった。
時間だけが迫る中、妻と鉢合わせすることを恐れて、あてもなく家を出た。その際、「強盗に入られた」ように見せるため、押し入れやドアを開け、部屋を荒らした。
その後、消防用の長い靴紐で首を吊ることも考えたが断念。最終的に、今回の強盗の虚偽事件につながった。
弁護人:誰に、どうしてほしかったんですか。
被告人:妻に80万円を用立てしてほしかった。
弁護人:どう説明するつもりだったんですか。
被告人:強盗に遭って、貯めていた80万円を盗まれたから、(妻に)立て替えてほしいと…。
被告人は、「第一発見者には妻にだけ連絡してほしかった。警察に通報してもらうつもりはなかった」と供述した。
しかし、現場では数人がかりで保護され、気がついたら警察へ通報されていた。
帰宅後、妻から「嘘だべ?」と聞かれ、「んだ(そうだ)」と認めたという。
警察に虚偽を打ち明けた際には、「やっぱりそうか」と言われたといい、計画の杜撰さもうかがわせた。
それでも、地域の警察官が通学路の見守りまで動員され、所属する消防署も記者会見を開く事態となった。
想像以上に大きな騒動になり、そして公務員としての信用を失墜させたことに謝罪の言葉を口にした。今後、自己破産の手続きに進みつつ、依存症としての自覚を持って治療に励むという。
●検察官「警察に通報されると思わなかった?」
検察官は「警察に通報してもらうつもりはなかった」という供述を厳しく追及した。
検察官:消防職員として、事件性のある現場ではどう対応するんですか。
被告人:警察に臨場依頼します。
検察官:あなたのストーリーでは、強盗事件で、犯人は捕まってないんですよね。
被告人:はい。
検察官:それを聞いたら、警察に言うだろうと想像できませんか。
被告人:切羽詰まってる中で、変な確信があった。通報されるとは思いませんでした。
検察側はさらに、過去にも借金問題で自暴自棄になり、家族の薬を服用して搬送されたことがあると指摘。
被告人は「ギャンブルをやめれば大丈夫だと思い込み、問題を直視してこなかった」とこれまでの心情を吐露した。
●170人を振り回した代償
検察側は、自ら身体を縛り、強盗にあったとする犯行態様には一定の“巧妙さ”があり、悪質であると指摘した。
170人もの警察関係者に徒労の業務を負わせただけでなく、地域へ不安を抱かせた点なども悪質であるとして、拘禁刑1年を求刑した。
一方、弁護側は、被告人が借金を家族に打ち明けられず追い詰められていたこと、自殺まで考えていたことを強調。犯行の主目的は業務妨害ではなく、短時間で虚偽が発覚したことや、解雇見込みという社会的制裁も受けているとして、執行猶予付き判決を求めた。
自分の抱える問題だけに目を向け、周囲への影響を想像できなかった被告人。今回浮き彫りになったのは、それだけではない。警察も消防も、地域社会も、多くの人によって“見えないところ”で支えられているということだ。
