『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は10月4日からTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら)ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

大統領の横暴によって分断された近未来のアメリカ合衆国では、激しい内戦(シビル・ウォー)が続いていた。

ワシントンD.C.の陥落が目前に迫る中、著名な戦場カメラマンのリー・スミスらジャーナリストたちは、大統領の独占インタビューを行おうと計画する。だがニューヨークからワシントンD.C.へと向かう道筋で彼らが目撃したのは内戦の恐怖と狂気が渦巻く世界だった――。

A24が史上最高の製作費を投じた


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『ミッドサマー』『ムーンライト』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』などの作品で知られるA24といえば、エッジの利いた企画と、SNSを駆使した独創的なマーケティング、ファッショナブルでユニークなグッズ展開など、世界中の映画ファンからの絶大なる信頼を集めるインディペンデント系の映画会社だ。

10月4日から日本公開となる映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、A24史上最高の製作費となる5000万ドルを投じたディストピア戦争大作である。全米では4月に公開され、2週連続1位、世界興収で1億2253万ドルを突破する大ヒットを記録している。

1951年に批准されたアメリカ憲法修正第22条では、大統領の任期を2期までと定めているが、本作に登場する権威主義的な大統領は、憲法を改正して “就任3期目”に突入。

そんな大統領の横暴に反旗を翻した19の州が独立を求め離脱し、テキサス・カリフォルニアの同盟からなる西部勢力と、大統領による激しい武力衝突が各地で繰り広げられていた。だが西部勢力が優勢で、政府軍は敗色濃厚となっていた。


FBIの解散、米国民に対する空爆、憲法改正により大統領の任期を延長させるなど、横暴の限りを尽くす大統領に、アメリカ国家は分断されてしまう。西部勢力との戦いにも「われわれは歴史的勝利に近づいている」と強気の姿勢を崩さないが、現実は苦しい立場に追い込まれている。ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

そんな中、国際写真家集団「マグナム・フォト」に所属する著名な戦場カメラマンのリー・スミス(キルステン・ダンスト)と、記者のジョエル(ワグネル・モウラ)は、西部勢力がワシントンD.C.を制圧する前に、14カ月にわたって取材を受けてこなかった大統領への独占インタビューを敢行しようと計画する。

ワシントンD.C.までの距離は1389キロメートル。そこにリーの師匠であるベテラン記者のサミー(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)、そしてリーにあこがれる若手カメラマンのジェシー・カレン(ケイリー・スピーニー)も同行することとなり、西部勢力の軍事基地があるシャーロッツビルまで向かうこととなった。


若手カメラマンのジェシーを演じたケイリー・スピーニー。本作での共演をきっかけに、主演のキルステン・ダンストが友人のソフィア・コッポラにスピーニーを紹介。その結果、コッポラ監督の最新作『プリシラ』で主人公を演じることとなった。ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

だがその道筋で彼らが目撃したのは内戦の恐怖と狂気が支配する世界だった。誰が敵で、味方なのかもわからず、ただ目の前の敵を撃ち殺す。平穏な日常は失われ、荒廃した景色が広がっていた。

旅の途中で彼らは、民間人の遺体を処理する残虐な武装集団と遭遇する。そこにいた男(ジェシー・プレモンス)は、報道陣であろうが容赦なく銃を突きつけてきて、引き金を引くことに躊躇はない。

命の危険を感じたジョエルは「これは何かの間違いだ。俺たちは“同じアメリカ人”じゃないか」と説得を試みるが、男は「オーケー、お前が言うアメリカ人ってのは“どの種類のアメリカ人”なんだ?」と問いかける――。果たして彼らはこの分断が進む戦場を無事に生き抜いて、大統領への単独インタビューをスクープすることができるのだろうか?

「ありえるかもしれない未来」を描く

本作の監督・脚本を務めたのはイギリスの鬼才アレックス・ガーランド。小説家としてキャリアをスタートした彼は、小説「ザ・ビーチ」がレオナルド・ディカプリオ主演で映画化された。その後は脚本家に転向し、『28日後...』『わたしを離さないで』など数多くの作品を手掛けた。

そして2015年の『エクス・マキナ』で監督デビューを果たすと、『アナイアレイション−全滅領域−』『MEN 同じ顔の男たち』など独創的な世界観の作品を次々と発表してきた。

ガーランド監督が本作の脚本を書き始めたのは2020年。コロナ禍のまっただ中だった。それまでの日常が一変し、世界が混沌としていく中で「世界の分断が明確化されている」ように感じたというガーランド監督は、怒りと不安、恐怖が入り交じった状態の中で脚本を書き続け、「脚本を書く中で感じたフラストレーションは収まるどころか、次第に大きくなっていった」。そこから生まれたものは架空の物語ではあるが、“ありえるかもしれない未来”としてわれわれに警鐘を鳴らしている。

劇中で戦場カメラマンとして登場するリー・スミスと、ジェシー・カレンという名前は、ガーランド監督が尊敬するふたりの戦場カメラマン、リー・ミラーと、ドン・マッカランにちなんで名付けられた。

ちなみに余談だが、このふたりを題材とした映画が今後予定されていて、ひとつはリー・ミラーを題材としたケイト・ウィンスレット主演の伝記映画『Lee(原題)』で、今年9月にアメリカやヨーロッパなどで劇場公開予定。

もう一本はドン・マッカランを題材とした伝記映画『Unreasonable Behaviour(原題)』で、女優のアンジェリーナ・ジョリーがメガホンをとることがアナウンスされている。

アメリカ国内では物議も醸した

くしくも11月のアメリカ大統領選にトランプ前大統領が共和党からの出馬を表明。かつて2021年1月6日にはトランプ支持者によるアメリカ連邦議会議事堂襲撃事件が起きたが、もし第2期トランプ政権が実現した場合、任期終了後もアメリカ憲法修正第22条を順守せずにその権力の座に居座るのではないかという懸念を抱く人たちもいる。

またウクライナや、パレスチナ自治区ガザ地区などで起きている戦争も、アメリカの動向が大きなカギを握っているが、いずれも終息の気配は見出せず。世界の分断はさらに進んでいる。そんなタイミングもあり、11月に大統領選挙を控えるアメリカ国内では、本作の内容が物議を醸した。


戦場カメラマンのリーは、内戦で崩れゆくアメリカの惨状を前にして、その強固な精神が少しずつ蝕まれていく。ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

とはいえ、本作はトランプ前大統領をはじめとした特定の誰かを想定して描いているわけではなく、むしろその描き方において、イデオロギー色は極力排除されている。

劇中では、テキサス州とカリフォルニア州が手を組んで大統領に反旗をひるがえすという設定となっているが、保守的な共和党支持者が多数を占めるテキサス州と、リベラルな民主党支持者が多数を占めるカリフォルニア州が手を組むというのは、なかなかありえない状況ではある。

だが海外メディアのインタビューで「この映画で大切なのは、政治的に相違のある州が手を組んで、ファシズム的な大統領に、意義を唱えたということだ。右とか左とか偏った思考は会話を拒絶してしまう。それが分断の問題だ」と語っていたガーランド監督。

これは決してアメリカだけに限られた特定の物語ではなく、世界各国どこででも起きる可能性があるような描き方になっている。

実際、アメリカ公開時に行われた出口調査では、チケットを買った人たちの中で保守派、リベラル派の割合は半々。レッドステート(共和党支持者が多い州)、ブルーステート(民主党支持者が多い州)ともに本作の興行が好調であった、とも報じられていた。

政治風刺漫画家である父を持ち、その友人のジャーナリストに囲まれて成長してきたというガーランド監督は、ジャーナリストを題材とした映画をつくりたいと思ってきたが、友人の映画製作者からは「やめとけ、ジャーナリストは嫌われてるぞ」と止められたという。

だが「人間にとって医者が必要であるのと同じように、政治を暴走させないためにもジャーナリストは必要だ」と語るガーランド監督。

腐敗した政治家によってジャーナリズムが矮小化されていることに対する憂慮もあったようで、「強い偏向報道を行う報道機関があった場合、その報道機関は一部の人にしか信頼されず、他の人からは不信感を抱かれるだろう。だがかつてのジャーナリストたちはそれを意図的に排除するようにしてきた。そしてこの映画はそうした古いタイプのジャーナリズムへの回帰である」とインタビューで語っている。

戦場に放り込まれたかのような臨場感

ガーランド監督は本作を、生々しい恐怖を抱かせる明確な反戦映画にしたかったという。その効果をもたらす要因のひとつとして、迫力ある音響デザインが挙げられる。

「可能な限り強烈な閃光と発射音が出る空砲をつかった」というガーランド監督。そのことがもたらす銃の音の大きさ、気圧の変化などによって、まるで自分がたたかれているかのような感覚につながり、少しひるんだり、少し遠ざかったりといった具合に、俳優の演技にもリアリティをもたらした。リー役のダンストは「特に建物の中にいるときはとてもうるさかった。ヘアメークのトレーラーはかなり離れているのに、ある爆発のシーンではトレーラー全体が揺れたんです」とその撮影のすざましさを証言している。

まるで戦場のまっただ中に放り込まれたような圧倒的な臨場感をもたらす本作。現実世界が不穏な空気に包まれている今だからこそ注目したい一本だ。

(壬生 智裕 : 映画ライター)