ブランドにとってリスクを最小化し、ターゲット顧客に価値ある体験を提供するコンセプトストアが「小売実店舗の未来」の候補として力を増しており、ファッション企業はそれに乗って賭けに出ている。

そうしたブランドのひとつに、フランスのファッションブランド、ブラックパリ(Blvck Paris)がある。同ブランドは、ニューヨークの新しい多面的な小売スペース、ザ・デン(The Den)を通じて米国市場に物理的に参入した。ザ・デンのインテリアと商品は黒を基調とし、いかにもニューヨーカーらしいスタイルに対応しているが、これは不動産業者のヤロン・コーエン氏が立ち上げたシェアフロント(Sharefront)が手がけた初のストアコンセプトによるものだ。店内には、アパレルやアクセサリーブランドのショップインショップに加えて、グランドセントラルコーヒー(Ground Central Coffee)のショップ、エディションX(EditionX)のマガジンスタンド、ゲームラウンジのブラットビリヤード(Blatt Billiards)、バーやレコーディングスタジオなどがある。ブラックパリのほか、ハイエンドのメンズブランド、イニミーゴ(Inimigo)、ニューヨークを拠点とするデニム会社NTK NYC、ジュエリーに特化したオリーブ&チェーン(Olive & Chain)、コロンのブティックのロストトライブ(Lost Tribe)なども出店している。空間のあちこちに置かれたカルディール(Kardiel)の家具やブラットのビリヤード台は実際に購入することができる。

すべての店舗がひとつの共有のコンセプトを持つように



「将来的には、ほとんどすべての店舗がひとつの共有のコンセプトを持つようになるだろう」とコーエン氏は述べ、シェアスペースから利益を得ている他の企業を列挙した。そのなかには、キャピタルワン・カフェ(Capital One Café)、メイシーズとトイザらス(Toys R Us)、ダンキンドーナツ(Dunkin’ Donuts)、バスキンロビンス(Baskin-Robbins)、サブウェイ(Subway)などがある。「同じ顧客を持つ企業は、家賃を節約する(方法を見つける)と同時に、来店者数を増やしている。いま我々のような小売スペースは、小売を営む上でもっとも安価で利用しやすい方法なのだ」。

ザ・デンのテナントとのパートナーシップはさまざまだとコーエン氏は言う。委託販売で運営しているところもあれば、「サブスクリプションモデル」を活用して家賃を支払っているところもあり、また店舗の売上の一定割合を支払うテナントもある。リースは国際的なブランド、州外のブランド、eコマースのブランドが獲得しており、期間は最低6カ月間となっている。この契約の下で、シェアフロントが設備費やスタッフの配置を含む運営費を負担する。

シェアスペースこそが勝利の方程式



パンデミック時のeコマースブームの後、実店舗での小売が再び大きく活気を取り戻している。多くの消費者はいまも外に出かける自由を謳歌しており、ショッピングは楽しいアクティビティや社交の機会となっている。同時に、デジタル広告で新たな課題に見まわれているブランドは、ブランディングや認知度向上の役割としての店舗を新たにオープンしている。

だが、画面をスクロールしてカートに入れるという習慣が高まるなかで、店頭での買い物客を獲得するには、商取引以上の体験の必要性がさらに増している。新興ブランドがそれをうまくやるのは難しい場合が多い。マルチブランドのコンセプトストアがその機会を開こうと試みてきたが、そちらもまた困難に直面している。いま小売企業の新しい波が、ひとつの消費者カテゴリーに焦点を絞って複数のサービスを提供するシェアスペースこそが勝利の方程式であるということを証明しようとしている。

「多くの(小売)企業は、より多くの体験を創造すると言ってきたが、そのような店舗に行くと、単にインスタ映えする瞬間があるだけだ」とコーエン氏は言う。「若い世代にとって、ショッピングは商品よりも自己表現の手段になっている。若者は自分たちが単なる店ではなく何かもっと大きなものの一部であると思いたいのだ」。コーエン氏はラルフズ・コーヒー(Ralph’s Coffee)、キス(Kith)、エメ・レオン・ドレ(Aimé Leon Dore)をインスピレーション源と呼ぶ。こうしたブランドの顧客は、ブランドが築き上げたコミュニティをベースにした店舗にわざわざ足を運び、コーヒーやおやつを購入するからだ。

コーエン氏がもうひとつ参考にしたのは、ニューヨークのマディソンスクエアパーク(Madison Square Park)にあるトッド・スナイダー(Todd Snyder)の店舗だ。ジョー・コーヒー・カンパニー(Joe Coffee Company)のカフェのほか、理髪店、サードパーティのテーラー、そして下の階にはジムがあるのが特徴だ。「(スナイダー氏が)全体のキュレーターだった」とコーエン氏。「そして(含まれている)企業のそれぞれが、店舗への常連客を生み出している」。

リスクの少ない出店



ブラックパリのゼネラルマネージャー、リチャード・マーシャル氏によれば、ザ・デンで買い物をする多くは18歳から40歳までのニューヨーカーの男性客だという。昼間は金融関係の仕事をしているが、夜はミニマルで上質なアイテムで「クールに」装うことを好む。「いまニューヨークのソーホーハウス(Soho House)で私たちの商品を着ている人々がいると聞いている」とマーシャル氏は言う。

ブラックパリのザ・デンへの出店は、マーシャル氏いわく、ブランドの顧客基盤の半数を占めるのが米国を拠点とするeコマースの買い物客であるという事実を踏まえ、米国進出の野心的な計画への「かなりリスクの少ない」キックオフとなった。ザ・デンがオープンした2カ月後、ブラックパリはサンノゼにあるモールのウェストフィールド・バレーフェア(Westfield Valley Fair)に、小売サービスプラットフォームのリープ(Leap)を通じて単独店舗をオープンした。マーシャル氏によると、長期的な目標は資金を活用して「全米のすべてのショッピングモールに」出店することだ。創業7年の同社は現在、共同創業者でデザイナーのジュリアン・オハヨン氏が所有している。小売パートナーと組み、2021年にはアジアに10店舗をオープンした。

「ヨーロッパ人は米国人やアジア人のようには購入しない」とマーシャル氏は言う。「米国では、ショッピングモールや大通りに店舗を構える(ことで利益を得る)。米国人は夜や週末にショッピングを楽しんでいる」。

ザ・デンを通じて、ブラックパリは、いまのところ毎月3桁の売上成長を遂げている。ブラックパリのチームは、開店前の1年から1年3カ月のあいだ、コーエン氏と協働して立地や共同テナントとのブランドの整合性を確認し、マーチャンダイジングの方向性を提供、「顧客体験が希薄にならないようにした」とマーシャル氏は語る。他のテナントとも連絡を取り合い、ブラックパリが雇用する選択肢のあった店舗スタッフとのZoomには定期的に参加したという。「自分たちがこのチームの一員だと感じているし、それこそ我々が求めていたことだ」。

定期的にイベントを開催する地元密着型の小売空間



ザ・デンを自己資金で立ち上げ、10年間のリース契約を結んだコーエン氏も、全体的に売上と認知度が高まっていると報告している。コメディショウやアートギャラリーナイト、ブランドのポップアップなど、定期的に開催されるイベントが役立っているようだ。ザ・デンがマーサーストリートの一等地に位置していることに加えて、テナントのソーシャルアカウントが店舗へのトラフィックの促進に有効だった。シェアポイントは最近さらなるサポートを提供すべく、ソーシャルメディアマネージャーを雇用した。

コーエン氏によると、観光客の店内滞在時間は通常30分から1時間であるのに対し、地元の人々は下層階やコーヒーショップをワークスペースとして利用しながら最長5時間滞在するいう。今後は、ザ・デンをコワーキングスペースとして利用したり、ラウンジをイベント用に借りたりすることに興味のある企業向けに、店舗全体で割引を受けられるようなロイヤルティプログラムの開始も計画している。さらに、コンセプトストアのプランニングやブランドとの提携をサポートするため、ブランドと競合せずに互換性のあるビジネスをマッチングするソフトウェアを構築中だ。

コミュニティを活性化する場としての店舗



ザ・デンは、コミュニティを活性化する店舗というコーエン氏のビジョンの最初のイテレーションにすぎない。次は、今年後半にニューヨークのウェストヴィレッジにウェルネスのハブをオープンさせたいと同氏は考えている。コーエン氏が思い描いているのは、カフェ、栄養士、ジム用品の小売店、フェイシャルスパを備えた隠れ家的なピラティススタジオだ。ザ・デンはメンズとウィメンズの両方のオプションを提供しているため、ニューヨークにメンズとウィメンズ専用の店舗をオープンさせたいと同氏は考えている。そして、その成功に基づき、同じブランドで米国中の都市において同じ体験を再現したいとも思っている。ロサンゼルス、マイアミ、シカゴ、テキサスの一等地を狙っており、3年から5年後にはニューヨーク以外にも進出することを目標にしている。

バンクーバーを拠点とするターフ(Turf)も同様のコンセプトで、ウェルネス層をターゲットにフィットネスクラス、レストラン、ショッピングを提供している。このスペースはルルレモン(Lululemon)のOBのディアンとディレイニー・シュバイツァー夫妻が2017年にオープンした。創業者夫妻によると、夏にはアクティブなスイムウェアブランドのレフト オン フライデー(Left On Friday)が200平方フィート(18.6平方メートル)のポップアップショップをターフで開催し、4カ月足らずで20万ドル(約2905万円)を売り上げている。「我々のターゲット顧客は、毎日あのスペースに出入りしている」とディレイニー・シュバイツァー氏は12月にGlossyに語っている。

[原文:Luxury Briefing: Are community-based concept stores the future of fashion retail?]

JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)