ChatGPTを利用して英語学習を向上させるのはシンボル・グラウンディングを活用するのが有効だ(写真:PIXTA)

英語は「文章全体を丸暗記し、個々の単語を全体の中で位置づける」という「丸暗記法」を用いないと上達しない。これを進めるのに、ChatGPTは大変役に立つ。

また、文章の説得力を高めるには、例や比喩を用いるのが有効だが、ここでもChatGPTは偉力を発揮する。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第108回。    

分解法だから、英語が上達しない

私はかねて、日本人の英語力が低いのは、勉強法に問題があるからだと考えていた。多くの日本人の勉強法は、辞書をひいて英単語の意味を調べ、文法を用いて文章の意味を理解していくというものだ。この方法を私は「分解法」と呼んでいる。

分解法では、いつになっても英語は上達しない。なぜなら、日本語と英語は全く異なる体系の言語であるため、英語の単語と日本語の単語が、一対一には対応しないからだ。

例えば、makeという英単語は「作る」だと覚えても、実際にはそれと大分違う意味に用いられることがある。逆に、「作る」の意味の英単語は、make以外にも沢山ある。

英語とドイツ語のように似た構造の言語間であれば、分解法も機能するだろう。しかし、日本語と英語は、このような機械的な方法では、うまくいかないのだ。しかも、孤立した単語の意味を個別に覚えようとしても、なかなか覚えられない。

では、どうしたらいいか? 英語の文章全体の意味を捉え、その中で、個々の単語の意味を理解するのである。つまり、単語という個々の部品を組み合わせて全体を理解するのではなく、まず全体を理解してから、個々の部品の意味を知るのだ。 

そして、記憶するにも、個々の単語ごとに記憶しようとするのでなく、文章全体を丸暗記する。この方法を私は「丸暗記法」と呼んでいる。英語の勉強を分解法から丸暗記法に切り替えれば、英語力は間違いなく上達する。

ChatGPTを用いると、丸暗記法を容易に実行できる。まず、全文を訳してもらう、あるいは要約してもらう。それによって全体の意味をとらえる。その後に英文を読む。そうすれば、分からない単語の意味は、文脈からわかる。ChatGPTが登場して、英語の丸暗記がさらに有効性を高めたのだ。

ChatGPTが教材を教えてくれる

丸暗記するテキストとしては何がよいか?まず考えられるのは教科書だが、これは面白くないかもしれない。文学作品などのほうがよいだろう。

問題は、どうやってテキストを手にいれるかだ。インターネットの普及によって、英語の テキストを入手することは、著しく容易になった。しかし、必ずしも望むテキストがすぐに手に入るわけではない。

例えば、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の名場面を覚えたいとしよう。インターネットを検索しても、英文のテキストがどこで手に入るかは、 簡単には分からない。

「ロミオとジュリエット  セリフ  英語」と検索すれば何とか辿りつけるかもしれないが、確実ではない。また、テキストを得られたとしても、目的の箇所(たとえば、「バルコニーの場」)がどこにあるかを見いだすのは、容易ではない。

この問題をChatGPTが解決してくれる。 英文のテキストだけでなく、日本語訳がほしい場合もあるだろう。また、朗読を聞きたい場合もある。これらは、 テキストを手に入れれば、ChatGT が簡単にやってくれる。 ただし、もとのサイトで これらが得られればもっと簡単だ。「こうした条件を満たすサイトを教えてください」と聞くこともできる。

こうして、丸暗記法を行うための教材を得るのが、著しく簡単になった。私は、丸暗記法の教材のありかを示すウェブのリンク集を作っていたのだが、ChatGPTの出現で、このリンク集は不要になってしまった。

丸暗記法の教材を得るもう1つの方法は、丸暗記する文章を自分で作ることだ。自分で日本語の文章を書き、それをChatGPTに英訳してもらえばよい。なお、この方法は英語を書く訓練にもなる。

シンボル・グラウンディングとは何か

実は、人間は、幼児の時からの様々な体験を通じて、丸暗記法に近い方法で言語を習得しているのである。

例えば、「熱い」という言葉は、実際に高温を感じた経験に基づいて理解される。つまり、「熱い」という言葉や概念が、実世界の対象や状況に「接地」している。あるいは、「月」という言葉の意味は、「あれがお月様だよ」と教えられた時に月を見上げた経験によって理解している。

数学的な抽象概念もそうだ。例えば無限という概念の意味は、長い海岸線を歩き続けたというような体験と関連付けて理解している。

人間が上のような過程を通じて言語を習得していく過程は、「シンボル・グラウンディング」と呼ばれる。日本語で「地に足がつく」というが、それと同じだ。

「シンボル・グラウンディング問題」とは、AIが言語、記号、などの意味をどのように理解するかに関連する問題である。AIは身体を持たないため、人間が行っているように「接地」させることで理解することができない。AIの理解は、言葉や記号の間の関係を理解することによって行なわれる。

これは、数学や自然科学の法則などの理解という問題の本質に関連しており、AI(人工知能)に関する基本問題として、以前から議論されてきたものだ。ChatGPTが登場して、様々な幻覚現象(ハルシネーション)の原因の1つとしてAIのシンボル・グラウンディングがあることから、再び大きな注目を集めるようになった。

本稿で考えているのは、AIのシンボル・グラウンディング問題ではなく、この概念を利用して、勉強を進めることだ。

以上で述べたのは、外国語の勉強における応用だが、文章の説得力を上げるためにも、この概念を応用できる。それは、説明をわかりやすくするために、例や比喩を用いることだ。つまり、抽象的な概念を、形のあるものに「グラウンディングさせる」のである。

イエス・キリストは、信仰の重要性を人々に理解させるために、しばしば比喩を用いた。例えば、信仰心が育つことを、麦の生育に喩えている説教がいくつもある。イエスの強い説得力は、このような比喩に支えられているところが大きい。

なお、いまの私の説明は、例示が強力かという例を示したものである 。「例を示すと説得力が高まる」と一般的にいうよりは、「キリストの説教」という具体例を示すことによって、私の主張の説得力は増強されたはずだ。

考えてみると、「シンボル・グラウンディング」という言葉自体がそうだ、「抽象的な概念を身近なものと関連付けて理解する」というような説明ではなく、「グラウンディング」と言えば、直ちにその意味がわかる。商品名でも、日常的な感覚にグラウンディングしているとよくわかる。

例や比喩を ChatGPTに教えてもらう

ただし問題は、適切な例や比喩がなかなか思い浮かばないことだ。

そこで ChatGPTの助けを借りる。「このようなことを表現したいのだが、この例として何か適切なものがないか?」「比喩として適切なものがないか?」などと聞くのである。

ChatGPTは、このような問いに対して、いくつもの候補をあげてくれる。その中には、要求に合うものがあるだろう。それを利用することによって、あなたの文章の説得力は増強される。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)