大谷選手のMVPで話題となった犬(Los Angeles Angelsの公式Instagramより)

2023年11月16日、全米野球記者協会(BBWAA)が選出するシーズン最優秀選手(MVP)に、アメリカンリーグからは大谷翔平選手(29)が選ばれました。

ネットでは「大谷の犬」と話題

大谷選手は現地専門局MLBネットワークの番組に出演して、インタビューに答えていましたが、そこで話題をさらったのが、大谷選手の隣にいた愛らしい犬で、ネットでは「犬が気になります」「犬が可愛い」「あの犬を飼いたい」などの投稿が相次ぎました。

大谷選手の隣にいた犬は、オランダ原産のコーイケルホンディエという犬種です。希少犬種で、日本ではまだ繁殖しているブリーダーは多くはありませんが、知名度が上がったことで、メディアやSNSでは人気犬種になるのではと予想されています。

しかしながら、「好きな芸能人が飼っている犬だから欲しい」「CMで見た犬がとても可愛いので飼いたい」など、知名度が上がり人気犬種になったがゆえに、不幸な道を辿る犬たちもいることをご存じでしょうか。

キムタクが飼っている犬

代表的な例が、オーストラリアン・ラブラドゥードルという犬です。

オーストラリアで生まれた犬種で、ラブラドールとプードルを主体に、ほかの4犬種を交配して作出されました。動物アレルギーを持つ人の介助犬になることを目的に、アレルギーが出にくい、毛が抜けにくい、ニオイが少ない、人懐っこいという特徴を持つミックス犬です。

歌手・俳優の木村拓哉さんの犬アカ(犬用アカウント)と称されるSNSに登場したことで一気に知名度が上がり、2022年には人気すぎてこの犬が手に入らない事態となりました。価格も高騰し、1匹100万円以上になることもありました。

しかし、2019年9月27日のCNNニュースによると、この犬を生み出したオーストラリアのブリーダー、ウォーリー・コンロン氏は、「パンドラの箱を開け、フランケンシュタインの怪物を解き放ってしまった」と、オーストラリア放送協会のポッドキャストで後悔の念を表明しています。

繁殖したラブラドゥードルの多くは精神に異常をきたしているか、遺伝上の問題(股関節形成不全や眼病)を抱えていて、健康な子犬が誕生する例はごくわずか。動物アレルギーを持つ人の介助犬になれたのは、3匹生まれたうちの1匹だけでした。

健康なラブラドゥードルを迎えるには、コンロン氏の真意を引き継いだ健全なブリーダーから譲り受ける必要があります。しかし、日本におけるラブラドゥードルの繁殖も、人気が出たことにより煩雑になっているのは言うまでもありません。

実際、ラブラドールとプードルが患いやすいとされる遺伝病のリスクを抱えた両親犬を、利益優先で繁殖させているブリーダーが多く、それを引き継いでしまった子犬が多数生まれているのです。決して、「有名人が飼っているから私も飼いたい」と安易に迎える犬ではないのです。

大谷選手のそばにいた犬、コーイケルホンディエは16世紀ごろ、オランダのカモ猟やアヒル猟で活躍していた犬種です。ふさふさした尻尾を振っておとりにして鳥をおびき寄せるという、ユニークな狩猟犬で、名前は「カモ猟の犬」という意のオランダ語から付けられています。

しかし、20世紀に入り戦争が始まると、他の犬種と同様に減少の一途に。戦後に見つかったのは、わずか25匹でした。

愛好家たちの努力により、1942年から犬籍簿が作られ、コーイケルホンディエの繁殖が再開されました。1971年にオランダで国犬として犬種登録され、その後、海外への輸出が行われるようになります。日本に初めて輸入されたのは、1999年とされています。

原産国のオランダにある協会では、各国にいるこの犬種のデータ(血統や遺伝病の有無など)をしっかり入手・管理し、遺伝病が発生しないよう近親交配を避けた繁殖を徹底しています。

原産国オランダ以外の国では今でも数が少なく、繁殖者も少ないため、血統が限られています。絶滅の危機を逃れたこの犬種の「歴史」や「血統」、そして「子犬の健康」を守るため、利益目的の安易な繁殖を防御しなければならないのです。

一般社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)のサイトに記載されたコーイケルホンディエの性格・特徴は、「陽気で機敏、自信に溢れ、十分な忍耐力やスタミナもある。気立てがよく、用心深いが、うるさくはない。この犬種は忠実で、おおらかで、友好的である」とされています。

筆者は以前、この犬種の飼い主から「猟犬とは思えないほど穏やかな性格だが、活発さと運動量は猟犬らしく、十分に必要となる。1回1時間以上、1日2回程度の散歩や運動が好ましく、飼い主にもそのタフさと時間的余裕が求められる」と聞いたことがありました。

人気上昇で悪徳ブリーダーが増加

人気が上昇すると、その犬種や猫種の需要が高まり、悪徳ブリーダーやにわかブリーダーが乱繁殖をしたり、新たにその犬種や猫種を入手して繁殖を始める、利益目的のブリーダーが増加します。

そのようなブリーダーは知識もないうえに、血統や遺伝病の有無などは気にも留めないため、近親交配や遺伝病のリスクを高め、必然的に不幸な子犬や子猫を増やすことになります。危惧する点は、そこにあります。

健全なブリーダーは近親交配を避けるために、事前に近交系数(個体がどの程度の近親交配の結果生産されたものであるかを示す数値)を割り出し、問題のない組み合わせでの交配を行っています。また、遺伝病についても親犬・親猫の遺伝性疾患検査(DNA検査など)を行い、問題のない親犬・親猫同士での交配を行うことで、その犬種や猫種に懸念される遺伝病をできる限り避ける努力をしています。

犬と猫の遺伝性疾患検査・親子鑑定・DNAプロファイル・混血種犬の犬種鑑定などのDNA検査関連サービスを行う「Orivet」は、250種類を超える遺伝子検査を実施している機関です。

前述したオーストラリアン・ラブラドゥードルの場合は、特有の遺伝性疾患として、29種類の検査項目があります。この犬種を生み出したコンロン氏が指摘したように、多くの遺伝病のリスクを背負った犬種なのです。

コーイケルホンディエの場合は、数が少ないため「Orivet」での遺伝性疾患検査が確立されていませんが、ある種の脳症や血液疾患、徐々に神経が麻痺して歩けなくなる病気にかかる可能性が指摘されています。しかも、ほとんどの遺伝性疾患の治療法は、まだ見つかっていません。

遺伝病を発症した犬や猫と一緒に生活することで、飼い主は精神的な苦痛と多大な経済的負担を抱えることになります。先進国を中心に、世界的にも繁殖前に必ず遺伝性疾患検査を行うことが「当たり前」になっている現実を、日本のブリーダーは知らなければなりません。

正しい知識を持ち、健全なブリーディングに努めることは、繁殖に携わるすべての人にとっての義務といえるでしょう。

ペットはアクセサリーではない

前述したコーイケルホンディエと同様、それぞれの犬種には使役目的として生み出された歴史があります。その使役により、容姿の特徴や性格、飼育方法、また指摘される特有の遺伝病も違います。

何の知識もないままに「好きな有名人が飼っているから」とアクセサリー感覚で飼ってしまうと、大抵の飼い主は「こんなはずじゃなかった」と後悔することになります。

大谷選手のインタビューで寄り添い、ハイタッチを見せたコーイケルホンディエを見て「飼いやすそう」「可愛い」「従順そう」と飼いたい衝動にかられた人が多くいるようですが、同じ犬種であっても性格や行動には個体差があります。飼育環境やしつけにも左右されますので、決して同じようにはいきません。

安易な購入は、安易な放棄につながるだけでなく、利益目的の悪徳ブリーダーやにわかブリーダーを増やすことにもなります。不幸な犬を増やす悪事にも加担していることに気づかなければなりません。

飼いたいと思ったら、まずはその犬種について詳しく調べることが大切です。さまざまな知識を得ながら、特有の遺伝病についてのリスクも念頭に入れ、終生飼育ができるのかどうかを自問自答する必要があります。

そのうえで飼う決断をしたのであれば、その犬種を心から愛し、歴史、血統、スタンダードを守り、子犬の健康を重視した健全なブリーダーから迎えることをおすすめします。それが、悪徳ブリーダーやにわかブリーダーを撲滅する早道になることでしょう。

(阪根 美果 : ペットジャーナリスト)