地上42メートルでうら若き女性に宙づりにされるという得がたい体験をしてきた(写真:西オーストラリア州政府観光局)

想像していただきたい。あなたは今、地上42メートルのスタジアムの屋上にいる。いや、そこは単なる屋上ではなく、弧を描くようにせり出して作られた「空中通路」だ。その幅はわずか1メートルほど。そして、そこには本来あるべき「柵」がない。

そのときあなたは何を感じるだろうか。

これは西オーストラリア州の州都パースのオプタススタジアムで楽しめる「ヴァティゴー(VERTIGO)」というスタジアムツアーの1つだ。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」お世話係の筆者がその体験をレポートする。


ここに2本の脚と命綱だけで立つ。ちなみにツアー名のヴァティゴーは「めまい」という意味。料金は大人119豪ドル(約1万1500円)(写真:西オーストラリア州政府観光局)

筆者がそのヴァティゴーを訪れたのは、2023年10月初旬。

事前予約し、スマホからサイトの専用ページにアクセスして必要事項を入力していく。氏名や生年月日、身長体重などを正直に申告していると、突如現れたのが「緊急連絡先」を書く欄。つまり「何かあったとき」のための連絡先である。

なるほど、緊急連絡先の記入が必要な場所なのか……。

スタジアムに到着し、別室に移動。戦闘機のパイロットやレーサーが着るような上下一体型で長袖・長ズボンのつなぎがハンガーラックにかかっているので、自分にあったサイズのものを身につける。その上からはハーネス(安全帯)。帯状のもので肩や胴、太ももなどをギュッと締め付ける。

その後、向かったのはスタジアムの観客席のほぼ最上部。このオプタススタジアムは収容人数6万人と、かなりのサイズなので、ここからでもかなりの高度感だ。


3階席でスタジアムに関する説明を聞く。ちなみに画像右上に小さく見えている「屋根から弧を描いてせり出した部分」が今回のヴァティゴーのステージだ(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

いよいよ地上42メートル「空中通路」へ

階段を上り、ついに屋上に到着。まずは屋上を少し歩く。ここはまだ柵があるので、普通の散策気分だ。

そして、今回の体験の現場であるヴァティゴーの舞台へ。


何度も書くが左右に柵はない。ここを歩き、その先に立つのだ。冗談ではなく(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

ここで柵の横のレールから伸びるロープと、自分が装着しているハーネスがつなげられる……。これから先は「ハーネスが必要な場所」ということだ。本当に「いよいよ」である。

隣には、今回の取材チームの一員で、シンガポール在住のジャーナリストであるヤエン(Ya En)氏。完全にひきつっている筆者と違い、ヤエン氏はノリノリだ。


顔が引きつっている筆者と楽しそうなヤエン氏。この落差。いや、「落差」という言葉、縁起でもない(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

ここから少し移動すると、そこで柵から伸びたロープが一旦外され、今度は頭上のレールから伸びる別のロープに、ハーネスをつなげる。ふとそのロープを見た。素材は金属ではなく縄のようなものだ。まさか、と心がざわついた。

いよいよ柵で囲まれたゲートから出て、空中に向かって弧を描いている「舞台」へと足を踏み出す。まさに「清水の舞台」だ。

定員は6名。1人ずつ順番に進んでいくのだが、気がつくとさっきまでヤエン氏が前にいたはずなのに、私が先頭になっていた。あとからノコノコついていくほうが絶対気が楽だと思って、2番目の位置に陣取っていたはずなのに、それこそ「あとの祭り」だ。

通路は板ではなく下が透ける格子状

通路の幅は……、足元をじっと見る余裕がないので推定でしかないが、1メートルくらいだろうか。足元を見られないのは、床が板ではなく格子状になっていて、下の客席が透けて見えるからである。

数歩進んだところで、私にミッションが与えられた。なんとスタッフからの「そこで1人ずつ記念撮影をするからポーズを決めてね〜」である。そして、6名全員が揃ったところで、また記念撮影。


背景を見ると高度感がおわかりいただけると思う。もう一度書くが、地上約42メートル、ビル10〜13階分くらいの高さ(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

次なるミッションは、「通路の端っこに後ろ向きで立って、後方、つまり空中に向かってのけぞること」である。「そんなの無理」と思ったが、隣でひょうひょうとやってのけているヤエン氏の手前、ここで尻込みするわけにはいかない。

意を決してやってみると、これはそれほど怖くはなかった。視線が青空に向かっているからだろう。そう、遊園地のアトラクションのフリーフォールにせよ、タワーやビルの展望台にせよ、下さえ見なければ怖くない。あまり。


一番左が筆者。「イナバウアー」レベルで堂々とのけぞったつもりでいたが、写真を見るとそうでもなかった(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

次なるミッションは、「舞台の上で前のめりになること」である。これはこの後で行う「反対側、つまりグラウンドのほうを向きながら前のめりになる」という最恐ミッション前の予行演習的なものだ。

「最恐ミッション」に臨んでみた

そして最恐ミッションである「グラウンドのほうを向きながら前のめりになる」だ。

それは無理だと思った。なんといっても眼下に広がるのは42メートル下にある地面なのだから。だが、やってみると想像とはまったく異なっていた。鳥の視線でスタジアムを眺めているようで、爽快極まりないではないか。


左端が筆者。なんと堂々とした雄姿。スキージャンプの「飛型点」なら満点をもらえるはず(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

このころになると頭の中に巣くっていた恐怖心は完全消滅。逆に、楽しくて仕方がない。ふと思ったのが「オレってこれ、得意かも」だ。

最後は逆さ吊りされた状態で記念撮影。それが冒頭の写真だ。

ツアーが終わるころには、インストラクターのピート氏から「あなたが今まで一番の名優です」とほめられるほど楽しめるようになっていた。

一生に一度の体験に立ち会いたい

ちなみにピート氏がこの仕事を始めた理由は、「それまで地上のツアーガイドをしていたけど、お客さんが人生に一度するっていう経験に立ち会いたくて」。そう、確かにこれは「一生に一度」の経験だ。

ピート氏に「屋根の上まで登ってきたけど、そこで怖くなってキャンセルしてしまう人はいないんですか」と質問すると、「尻込みする人はそれなりにいますよ」とのこと。「でも、まわりのみんなから励まされて、思い切ってやってみる。それでやってよかったって、満足する人がほとんどですね」。

屋上から降りて、ハーネスを外してつなぎを脱いだら、ツアーは終了だ。最後にピート氏がひとこと。「今日はとてもいいツアーでした。犠牲者が1人も出なかったので」。日本ならかなりの確率で行政指導が入りそうなブラックジョークだが、筆者は好きである。

青空の下の空中通路。そこにはお化け屋敷のような「暗闇」はない。絶叫マシンのような「スピード」もない。だがそれらを凌駕するほどのスリルがあった。そのスリルの向こうには快感があった。


ヤエン氏とツーショット。バカにされたくない一心でなんとかがんばったが、やってみたら本当に快感!(写真:西オーストラリア州政府観光局提供)

「ヴァティゴー」(Vertigo)公式ページはこちら
https://theozone.com.au/experiences/vertigo/

(柳沢 有紀夫 : 海外書き人クラブ主宰 オーストラリア在住国際比較文化ジャーナリスト)