NVIDIAがデータセンター向けに販売しているGPU。サーバー機器の中に入れて、NVIDIAが提供するソフトウェアと組み合わせて利用することで、AI向けの演算を高速に処理することが可能になる(筆者撮影)

世間に衝撃を与えた、NVIDIAの2023年5〜7月期決算。売り上げは前年同期比101%増、つまり倍。前四半期(2023年2〜4月期)と比較しても88%増と大幅な上昇を果たした。

そうしたNVIDIAの好調な決算を牽引したのが、データセンター向けの半導体事業だ。その売り上げは103億ドルと、前年同期比で171%、前四半期比で141%という2倍を超える成長率を実現している。この売り上げはNVIDIA全体の売り上げである135億ドルのうち約76%を占めており、NVIDIAの決算が好調な理由がデータセンター向け半導体事業にあることがよくわかる。

「AIのNVIDIA」強みはソフトウェアにある

NVIDIAは1993年にシリコンバレーで設立されたファブレス(工場を持たず外部のファウンダリー=受託半導体製造メーカーに委託して製造するビジネスモデルのこと)の半導体メーカー。もともとはPCの表示を行うグラフィックスチップを販売する半導体メーカーとしてスタートし、1995年のWindows 95登場以降のPCブームとともに成長を遂げてきた。

当初、PCの演算装置としてはIntelやAMDなどが提供するCPU(中央演算装置)だけが注目されていたのだが、NVIDIAはグラフィックスチップをGPU(Graphics Processing Unit)という言葉を創造して、CPUに並ぶ演算装置だという意識を確立することに成功して、特にPCをゲーム機として活用するゲームユーザーの支持を得て高成長を続けてきた。

そのNVIDIAが大きな転機を迎えた時期は、2010年代の半ばにGoogle、Facebook、MicrosoftなどがAIに注目をしだした時期と重なっている。従来はそうしたITのトレンドはIT企業だけのブームに終わっていたが、2010年代のAIはそれまでITに関係がなかった大企業なども積極的に導入に取り組むようになり、ある種のAIブームが到来した。

そうしたAIのソフトウェアを開発する過程では、学習(英語ではLearning)という作業が必須になっている。具体的には生まれたてのAIに、ネコの写真を見せて、これはネコだよと、幼児教育を行うようなものだと考えるといい。

その学習には超巨大なデータを高速に処理する必要がある膨大な演算能力が必要になるのだが、AIの開発者がこのとき選択したのが、NVIDIAのGPUと、NVIDIAが開発して提供しているCUDA(クーダ)というソフトウェア開発キットだったのだ。そのGPUとCUDAの組み合わせにより、IntelやAMDが提供しているCPUを利用した場合に比べて数十倍、場合によっては数百倍の速度で学習を行えるようになったため、AI開発者がこぞってNVIDIA GPU+CUDAを買い求め、データセンターに入れて使うようになっていった。

その結果、それまでほとんど売り上げのなかったデータセンター向けGPU事業は急成長した。

競合メーカーの動きは?

NVIDIAの成功を見た競合メーカーもキャッチアップしようと躍起になっているが、今のところNVIDIAがAI学習向けの半導体市場では「90%以上」(NVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏)という状況を突き崩せていない。AMDやIntelも、データセンター向けGPUを出しているが、採用例は圧倒的に少ない。性能うんぬん以前に、CUDAをはじめとしたNVIDIAの開発環境の充実度合いが両社のそれに比べて圧倒的で、ソフトウェア面でAMDも、Intelもまったく追いつけていないからだ。

両社がソフトウェア面で足踏みしている間に、NVIDIAはますますソフトウェア開発環境を充実させており、今では産業別に開発キット、例えば自動車向けのCUDA、ロボット向けのCUDA、医療向けのCUDAという形で充実させており、そうしたソフトウェアの充実がスパイラルのような効果を生み出してさらに採用が進むという好循環にあり、競合メーカーが追い付くのは簡単ではない状況だ。

そして、今年の初めに発生した生成AIブームがさらにNVIDIAをもう一段階引き上げた。生成AIは、2010年代にブームになったAIの延長線上にある技術で、従来のAIにあるソフトウェアを構築しようとすると、GPUを利用した学習は不可欠。さらに生成AIではその学習に利用するデータ量が、従来のAIに比べてさらに巨大化しているため、ますますGPUへの需要が高まる。そうした好循環が発生している結果がデータセンター向け半導体事業の売り上げ倍増という結果となって表れている。

その結果こうしたAIブームが発生する前の2008年8月には3ドル前後だったNVIDIAの株価は、2010年代終わりには60ドル前後まで高騰し、2020年に入って100ドルを超え、直近では450ドルを超えている勢いで、この15年で株価は約150倍という勢いだ。

カリスマリーダーの「革ジャンCEO」

そうしたNVIDIAを創業以来率いているのが、共同創業者で、現在もNVIDIAのCEOを務めているジェンスン・フアン氏だ。台湾系移民のフアン氏は、子どもの頃に台湾からアメリカに移住し、コンピューターエンジニアとしてのキャリアをスタートし、30歳の1993年にNVIDIAを創業し、30年かけてNVIDIAを今の時価総額約1.2兆ドルの企業に育てあげたカリスマ経営者だ。

公的な場に現れるときには、常に革ジャンを着て登場するため、「革ジャンCEO」のニックネームを持つフアン氏は、今やハイテク業界のカリスマ経営者の一人だが、ファイナンスも含めて企業統治の能力があるだけでなく、技術の動静を見抜く能力があるのがフアン氏のCEOとしての強みだ。


Googleが8月末にサンフランシスコで開催したGoogle Cloud Next'23の基調講演にサプライズ登場した、NVIDIAのジェンスン・フアンCEO(右)とGoogle Cloudのトーマス・クリアンCEO。こうして公の場に登場するときはいつも革ジャンを着ているので「革ジャンCEO」のニックネームも(筆者撮影)

GPUにAI学習を超高速に行う仕組みを提供するCUDAを、当時スタンフォード大学の研究員だったエンジニアを引き抜いて完成させ、後のAIブームでNVIDIAが大躍進する基礎を作らせたのはその代表例と言える。

IT業界では、Intelの創業者グループの一人である故アンディ・グローブ氏が好んで使っていた「戦略的転換点」と呼ばれる、市場環境が変わってしまう時期がある。その戦略的転換点で、多くの企業は従来のやり方を選んでしまい変化を拒否して、緩慢な死を迎えるというのが、グローブ氏の指摘だ。

NVIDIAにも何度もそうした戦略的転換点があった。だが、凡百の経営者とは異なり、フアン氏は変わり続けるほうを選んできた。その代表例がCUDAの取り組みで、そこで変化を受け入れたことが、後にAI、生成AIならNVIDIA GPUという流れを作ることにつながった。そのように従来の成功に安住するのではなく、戦略転換点でそのつど最善の選択をして、会社を新しい方向に向けてきた。

不安要素は後継者問題と「供給不足」

そうした現状絶好調のNVIDIAだが、客観的に見て不安要素がゼロかと言えばそうではない。不安要因は大きくいって2つある。1つはカリスマ経営者であるフアンCEOの後継者問題であり、もう1つは生成AIによりNVIDIA GPUの需要は高まるばかりなのだが、その需要に応える供給が行えていないことだ。

30歳でNVIDIAを創業したフアン氏も今や60歳を迎えており、普通の会社員であれば定年を意識するような歳だ。ただ、フアン氏は30度を超えるような台湾でも、公式の場に出るときはトレードマークの革ジャンを欠かさず、かついつも涼しい顔をしているなど、健康面での不安はまったくないと考えられており今日明日に急にCEO交代が発生する事態になるとは思えない。

しかし、それでも明日はどうなるのかがわからないのが人生である以上、文字通り「余人をもって代えられない」カリスマ経営者フアン氏の後継者問題はNVIDIAにとっては不安要素と言わざるを得ない。仮にそうした不幸な事態が起こらなくても、カリスマ経営者から後継者のバトンタッチがうまくいかないのは、日米の企業でよく目にする事態だけに、NVIDIAにとっても「フアン氏の後」に備えた後継者の育成は大きな課題と言える。

もう1つの供給問題は、NVIDIAのビジネスモデルである「ファブレス半導体メーカー」という点に起因する課題だ。NVIDIAは半導体の製造を、世界最大のファウンダリー(受託半導体製造メーカー)であるTSMCに委託して製造を行っている。

このため、製造できる半導体の数は、NVIDIAとTSMCの間で結ばれた契約に縛られることになる。現在世界的に半導体が足りないような状況で、TSMCの製造キャパシティは限界に近い。NVIDIAの需要が増えたからTSMC側がそれに対応して製造数を急に増やすというのは難しい。

しかし、本年に入ってからの生成AIの急速なブームにより、ますます多くの企業がNVIDIAのGPUを必要とするような状況が発生している。6月の時点でフアン氏は「需要に応えられるだけの供給は可能だ」と説明していたが、実際に市場ではNVIDIAのGPUが入荷せず、年単位でバックオーダーになっている代理店もあるほど、供給はタイトになっているというのが業界全体の認識だ。

供給不足解消のカギはIntel?

しかし、ファウンダリー側では製造数を急に増やすことができず、それを行うには年単位の時間が必要になる。こうしたことを受けて、フアン氏は6月に「Intelからテストチップを受け取ったが、その結果は良好に見える」と述べ、今後はTSMCだけでなく、GPU事業では競合でもあるIntelが来年あたりから本格的に稼働させる受託製造サービスを活用する可能性を示唆している。

それにより、TSMCからよりよい条件を引き出し、あるいは本当にIntelで製造して供給量を増やすことが狙いだと思うが、おそらく両方を狙っているのだと考えられる。それにより将来的には供給数を増やすことが可能になる可能性があるが、短期的には今のような供給がタイトな状況が続くことも考えられ、その間に顧客はソフトウェア面では不利でもAMDやIntelなどのGPUを選択する可能性はある。

そうした若干の不安要素はあるが、NVIDIAの強みはソフトウェア環境の充実という点にあり、それを競合他社がひっくり返すのは容易ではない。今後も大企業の生成AIへの注目は続くと考えられていることから、市場が必要としている需要を満たせるような供給を実現することができれば、さらなる成長が期待できるという意味で「NVIDIAの時代」が続くことになりそうだ。

(笠原 一輝 : テクニカルライター)