じゃんけんと幸せになれる確率には共通点があります(写真:ありがとう!/PIXTA)

新しくスタートした1年、最善の選択をして幸せな年にしたいですよね。「じゃんけん」であいこになる法則から、最善の選択をする方法が見えてくるというのは、理論物理学者で美瑛町の天文台長・佐治晴夫氏です。1970年代にNASA(アメリカ航空宇宙局)が打ち上げた宇宙探査機ボイジャーに、バッハの音楽を載せることを提案したことでも知られています。物理や数学、宇宙や詩など多様な書籍を多く執筆してきた佐治氏が、87年間の人生で得た知見をもって、“答えのない問い”に答えます。

美しい言葉でつづる宇宙と生命の不思議を、佐治氏の著書『この星で生きる理由―過去は新しく、未来はなつかしく―』より一部抜粋、編集してお届けします。

私は数学や物理学を学んだ後、NASAの客員研究員を務めるなど、長年宇宙研究に携わってきました。宇宙と聞くと、どんなことをイメージしますか? 自分とは遠く離れた世界のことだと思う方もいるでしょう。

人間と宇宙には深いつながりがあります。宇宙を知ることは、自分について知る旅――長い研究人生を通して、私はそう感じています。

この十数年は宇宙研究を通じてえたさまざまなことを平和教育に役立てたいという思いから、これまで五百校を超える小中学校で出張授業を行ってきました。八十歳を超えた今も、日本中を飛び回っています。ふだん私が授業や講演などで話していることを、読者のみなさんにもお伝えしていきたいと思います。

「あなた」は、あなた以外のものから作られている

ここでは、“自分”について少し話しましょう。みなさんは、ご自身についてどんなことを知っていますか? 私たちの体を構成しているすべての物質は、星が光り輝く過程で作られました。その星が超新星爆発というかたちで終焉を迎え、宇宙空間にばらまかれた。その星のヒトカケラから地球ができ、人間が誕生しました。私たちはその星のヒトカケラ、つまり自然の分身です。

自分は、自然の分身――そう言われても、ピンとこない方もいますよね。では、水を例に考えてみましょう。水は何でできているかというと、「水」からではなく酸素と水素から成り立っています。それと同じように、人間の体も星のカケラ、もっと詳しくいうと数十兆個の細胞が集まってできているのです。つまりあなたは、「あなた」からではなく、あなた以外のものから作られている。それが、あなたの体の正体です。

けれど、「体=あなた」ではありませんよね。今の時代、自分探しという言葉もありますが、あなたはあなたではないものからできている。だから、いくら自分のなかに「自分」を探しても、見つからない、というわけです。

では、あなたはどこに存在するのでしょう。それは、人生、生きるということを考えることにもつながります。私は、「生きる」ということはあなた自身の物語をつくることだと思っています。生まれながらにして全員が、作者なわけです。

物語をつくるには、自分ひとりでは成立しませんよね。自分と自然とのかかわり、自分と相手とのかかわり、それはすてきなかかわりだけでなく、醜かったり悲しかったり、困ったかかわりもあるでしょう。そのすべてのものとのかかわりによって、あなたの物語、人生がつくられる。つまり、人はひとりで自己を確立できない。相手があって初めて、「あなた」という存在が確立されるのです。

これは感情論ではなく、物質の相互依存として宇宙が構成されていることの結果であって、科学的なものの見方です。みなさん、新しい1年、そしてこれからの人生、ぜひ美しい物語をつくっていってくださいね。

“じゃんけん”の法則から見る「幸せの確率」

「雨垂れ石を穿つ」という“ことわざ”があります。これは、中国の古典『漢書』に出てくる言葉で、雨垂れでも、同じ場所に長い間落ち続ければ、硬い石に穴をあけてしまうことから、何事も辛抱強く努力を重ねていけば、必ず報われる、ということのたとえです。

実は、じゃんけんの世界にも、この“ことわざ”に通じることがあります。あなたと相手がじゃんけんをして勝ち負けではなく、「あいこ」になる場合について考えてみます。

まず、両者ともに、グー(G)、チョキ(C)、パー(P)を、でたらめに出すとします。すべての組み合わせは、GG、GC、GP、CG、CC、CP、 PG、PC、PPの9通りです。そのなかで「あいこ」になるのは、GG、CC、P Pの3通りですから、「あいこ」になる確率は3/9=1/3です。

次に、相手には目隠しをしてもらって、あなたがGCPを同じ順序で出し続けた場合、でたらめに出してくる相手のすべてのパターン、GCP、GPC、CPG、CGP、PGC、PCGの6通り(※1)のなかで、あなたと1回でも「あいこ」になるのは、「あいこ」にならないCPG、PGCを除いたGCP、GPC、CGP、PCGの4通りです。

つまり、「あいこ」になるのは6通りのうちの4通りで、それが起こる確率は、4/6=2/3となり、双方が、でたらめに出し合う場合よりも起こりやすくなります。あなたの立場から考えれば、でたらめに出すよりも、ただひたすら、着実に、グー、チョキ、パーを出し続けることで、でたらめな事象と「あいこ」になる確率が大きくなるということです。

ここで、「あいこ」を、「何か良きこと」との出会いだとすれば、何事も、地道にたゆまぬ努力を続けることが、良い成果に結びつくということになりますね。

この論法を進めていくと、文字量の都合で詳しい説明は省きますが、たとえば、初めての街で良いカフェを探す場合、探す店の数を決めておき、その37%(※2)をチェックし終えたところでひと区切りつけて、そこからさらにチェックを続け、これまでよりも良いと感じた最初の店が最善の選択であるという結論が出てきます。

つまり、探す店の数を10軒前後に設定した場合、その37%に相当する4軒目までをチェックした後に、これまでの4店よりも良いと感じた店に出会ったら、そこに決めなさい、というものです。

多人数から秘書やパートナーなどを選ぶときにも役立つ数学の知恵で、最適停止問題とか秘書問題などと呼ばれています。明らかな間違いよりも、おおむね正しい選択へとさりげなくいざなってくれる数学の力です。

“ゆらいでいる”ほうが、うまく生きられる

人が“美しい”と感じるものはそれぞれだと思いますが、小川のせせらぎの音や星のまたたきを前にすると無条件に心がひかれる、という人も多いのではないでしょうか。

人間の脳は、“変動するもの”に敏感に反応するという性質があります。たとえば、ホテルで寝ているとき、冷蔵庫から聞こえるジーッという音が最初は気になるけれど、時間が経つにつれ、気にならなくなる。けれど、その音がパタッと止まると、反対に気になるという経験はありませんか? 

人間の脳は、変化しない刺激には慣れてしまって感知できないのです。同じ香水をつけていると、そのニオイに気がつかなくなり、つけすぎてしまうというのも脳のメカニズムに起因しています。

ところで、万物の構成要素である原子は、とても小さな粒子ですが、それらは、さらに小さい粒子をキャッチボールすることによって、互いに姿を変えてゆらぎながら分子を作っています。

自然界には静止状態がなく、常にゆらぐことによって存在しています。人間の脳も例外ではなく、脳細胞のなかの分子がゆらぐことによって、形や音、ニオイなどを“変化するもの”として敏感に感知しています。

ゆらぎにまつわる、こんな興味深いエピソードもあります。世界で二足歩行のロボット研究がはじまった頃、正確に歩くようプログラミングしたところ、なかなか成功しませんでした。

そこで、関節のネジに適当な遊びをつけてガタガタとゆらぐようにしたら、二足歩行が可能になったのです。ロボットにも、ゆらぎが必要だったというわけです。

不確実性があるからこそ、生命体は存在できる

自然界に多くみられる“ゆらぎ”には、半分予測できて半分予測できないという性質があります。これを、“f分の1ゆらぎ”といいます。

たとえば、自然界の風は、扇風機と違って、吹かないと思ったら吹いたり、吹くなと思ったら吹かなかったり、また吹くなと思ったら吹くこともありますよね。

実は、冒頭でお話しした小川のせせらぎの音や星のまたたきも同じようなゆらぎ方をしていて、私たちの脳は、この“ゆらぎ”の刺激を受けると、脳自身のゆらぎと呼応して、心地よい、美しい、と感じるらしいことが最近の研究で分かってきました。


さて、半分予測できて半分予測できない、ということは生きていくうえでも大事なことです。明日のことがまったく予測できないと、怖くて生きていけないけれど、明日のことがすべてわかっていたら、やはり怖くて生きていけません。

今日はお金がないけれど、明日は給料日だからがんばろうと思えるし、明日の何時何分に大事故にあうなど、わかっていたら不安でしかたがありませんよね。

その不確定性があるがゆえに、すべてが存在できるし、生命体も存在できる。半分予測できて、半分予測できないというのは、生きていくために自然界からもらった大事な知恵なのです。

※1 GCPの3パターンをワンセットとし、毎回違うパターンを出すことを条件とする。

※2 厳密には、ネイピア数e(=2.71828……)の逆数で、0.3678……(≒37%)です。

(佐治 晴夫 : 理論物理学者、北海道・美宙(MISORA)天文台台長、鈴鹿短期大学 名誉学長)