アメリカには「世界一静かな飛行機」とも呼ばれる機体が存在します。それはYO-3A「クワイエット・スター」。そのまんまな愛称が付けられたこの機体、何のために作られたのか、誕生の経緯と運用についてひも解きます。

アメリカ陸軍が要求、でも攻撃用にあらず。

 飛行機には「世界初」はもちろんのこと、「世界最大」や「世界最速」、はたまた「世界最重」「世界最多」「世界最長(全長、全幅、航続距離など)」「世界最高(高度、取得単価など)」など、あらゆる分野で世界一と呼ばれる機体があります。ただ、そのなかで一風変わった世界一といえそうなのが、「世界で最も静かな飛行機」でしょう。

 この称号をもつ機体が、ロッキードYO-3A「クワイエット・スター」です。なぜそう断言できるのか、そしてこのような性能を誰が欲し、どう使おうと考えて製作されたのか、見てみましょう。


アメリカ陸軍が運用していたときの迷彩塗装が施されたYO-3A「クワイエット・スター」(画像:NASA)。

 YO-3Aは生まれたのは1960年代のこと。当時、アメリカはベトナム戦争が膠着状態に陥っていました。前線では敵であるベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の補給路を断つことが重要な課題となっており、そのためには、夜間にジャングルで活動するベトコンの活動をいかに見つけ出し、阻止するかを考える必要がありました。

 そこで、アメリカ陸軍は1965(昭和40)年、航空機メーカーに向けて「高度1500フィート(約450m)で飛行した時、地上から音で気づかれない航空機」という仕様書を出します。軍が必要としていたのは一種のステルス機といえますが、レーダーに映らないステルスではなく音響的にステルスな航空機でした。

 これにロッキード社が応えます。グライダーにエンジンを取り付けた試作機、QT-2PCを製作し、ベトナムの前線で評価が行われました。このときのテストで、夜間ジャングル上空を低空で静かに飛行して監視することは、ベトコンの活動を炙り出すのに有効であることが確認されます。そこで、より本格的な夜間偵察機としてYO-3A「クワイエット・スター」が開発されました。

エンジン排気も最小限に抑制

 YO-3Aは、コックピットに2人が乗り込むエンジン1基搭載の小型単発機でした。コックピットの前席には暗視スコープが取り付けられた偵察員席が設けられ、後席に操縦士が搭乗するタンデム二座構成。機首に搭載するのはコンチネンタル社製「IO-360D」水平対向6気筒エンジンで、出力は210馬力でした。ちなみに、このエンジンは標準的な4人乗りの軽飛行機などで広く使われている傑作航空機用エンジンです。


1985年9月6日カリフォルニア州サリナス空港に駐機するYO-3A「クワイエット・スター」。尾翼にはNASAの文字が描かれている(細谷泰正撮影)。

 なお、小型ピストン機が出す騒音は、エンジン排気と、プロペラ先端から生まれる空気の乱れから出る異音がそのほとんどを占めていました。逆にいうと、これらの対策を施せば、騒音のかなりの部分を抑制できるといえます。そこでYO-3Aでは、エンジン出力は減速比3.33:1のベルト・ドライブで減速し、プロペラをゆっくり回すことで極力、異音が出ないようにしていました。

 また、YO-3Aは当初、地上でピッチ角の調整が可能な木製6枚ブレードのプロペラを装着していましたが、後に木製3枚ブレードからなる定速機能の付いた可変ピッチプロペラへと交換されています。

 エンジン排気は、防音対策と防炎対策のため排気管を胴体側面に延長して十分温度を下げた状態で尾部から排出する仕組みです。エンジン・カウリングも風切り音を抑えるため、エンジン冷却用の空気取り入れ口を最小限の大きさに抑えたものを採用。ただ、これについては上空を巡航する際に最適化するように形状を整えていたため、暖地のベトナムでは地上運転時にオーバーヒートしやすいことが判明しています。そのため、出発時は地上での運転時間が長くならないよう、航空管制と連携してエンジン始動が行われたそうです。

わずか1年半で軍から退役 でもNASAやFBIで再雇用へ

 YO-3Aは11機製作され、うち9機が1970(昭和45)年からベトナムで戦闘に用いられています。前線では暗視スコープを用いた索敵に最適な高度300mから360m程度で飛行し、攻撃目標を見つけると、位置を確認したのち、近くで待機していた武装ヘリが現場へと急行して攻撃するという方法で運用されました。


1985年7月6日、モフェットフィールド海軍航空基地で飛行展示を行うNASAのYO-3A(右下)。並んで飛んでいるのはUH-1汎用ヘリコプター(細谷泰正撮影)。

 ベトナムでは故障などで2機が事故により失われたものの、敵に撃墜された機体はありませんでした。ただ、1971(昭和46)年8月にはベトナムでの任務が終わり陸軍から全機が退役したため、その運用期間はかなり短かったといえるでしょう。その後、NASAで研究用に、FBIで密漁や密輸監視に使用されたほか、ルイジアナ州政府野生動物局でも使用されています。

 NASAでは暗視スコープを取り外し、代わりに音響センサーを取り付け、ヘリコプターやティルトローター機が飛行中に発生する音の分析を行う研究に用いられました。ちなみに、筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)もアメリカに在住していた1980年代半ばに、NASAのエイムズ研究所が併設されているモフェットフィールドで行われた航空ショーでNASAのYO-3Aの展示飛行を見たことがありますが、このときは飛行音測定のデモ展示として、UH-1汎用ヘリコプターと編隊で基地上空を飛んでいました。

 このように、特殊な用途に用いるために開発された機体のため、YO-3Aの生産数はわずか11機で終わったものの、そのうちの5機が全米各地の博物館で展示されています。それ以外にも個人所有の1機が格納庫で保管されており、飛行可能な状態にレストアされる日を待っています。

 YO-3Aは、速く飛ぶのではなく、ゆっくりと静かに滞空するための飛行機であるため、ひょっとしたら近い将来、その飛行する姿を航空ショーなどで再び披露する日が来るかもしれません。