保護された子どもたちに向精神薬の服用が広がっている(記者撮影)

「児童養護施設で薬を飲んでいた6年間、中でも中学校時代の3年間はとにかく体がだるくて、登校しても教室ではずっと寝ているような状態でした」

現在、高校2年生の女性(16歳)はそう振り返る。女性は7年前の春、父親から虐待を受け、児童相談所での一時保護を経て、神奈川県内にある児童養護施設に入所した。当時はまだ小学4年生で、突然親元から離された寂しさのために泣き暮らす毎日だった。

「ほかの子に影響を与えるといけないから」

「この子、薬を飲んだほうがいいんじゃない」「ほかの子に影響を与えるといけないから、いったん薬を飲ませよう」。施設の職員たちがそう打ち合わせ、ある総合病院の精神科に連れていかれたことが、向精神薬の服用のきっかけだった。

『週刊東洋経済』は9月21日号(9月17日発売)で、「子どもの命を守る」を特集。虐待されている児童などを入所させ養護する児童養護施設で、向精神薬の服用が広がっている実態をレポートしている。


診察した医師は彼女をADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断。処方された向精神薬「コンサータ」の服用が始まった。しばらくして「ストラテラ」も追加された。朝6時半に起床すると毎日、職員にコンサータを飲まされた。「薬とコップの水を置くだけで自主性に任せてくれる人も中にはいたが、ほとんどの職員は無理やり起こして薬を飲ませれば任務完了、みたいな対応だった」。薬を飲み忘れて登校しようとしたら、自転車で追いかけられ飲まされたこともあったという。

下校して夕食前に服用するのがストラテラだった。「コンサータを朝飲んだ後はだるくて二度寝していたし、ストラテラを飲んだ後は幻覚と幻聴、そして被害妄想に悩まされた」と女性は話す。被害妄想で学校の友人との関係が悪化したと施設職員に相談すると、また精神科に連れていかれ、別の薬(「エビリファイ」)が処方されるようになった。その後も幻聴やいらつきが止まらないと訴えると、さらに追加で複数の漢方薬が出された。

「薬を飲み続けた結果、精神的にすごく疲れて、いつも情緒不安定だった」。女性は昨年、児童養護施設を退所し、父親とは別の男性と再婚した母親の元へ戻った。現在、通信制高校に週2回登校し、アルバイトも始めている。自宅に戻ってからは薬をやめた。「断薬後はプラス思考になり、1人の時間を楽しめるようになった」と笑顔で話す。

児童養護施設は保護者のいない児童や虐待されている児童を入所させ養護する施設で、児童相談所の決定で入所が決まる。原則1歳から18歳までが対象で、全国605施設に約2万5000人が入所している。

厚生労働省の調査によれば、児童養護施設に入所している子どものうち約6割は虐待を受けた経験がある。また入所しているうち、障害のある子どもの割合は3割近くまで増加している。うち、先の女性のようなADHDと診断された子どもは、10年前と比べ約2.6倍に膨らんでいる。

「10年前は、ADHDと診断され向精神薬を服用していた子どもはせいぜい1〜2人だった。服薬が増えたのは6〜7年前から。精神科の医師と連携を図るようになってからだろう」。都内で児童養護施設を運営する施設長は実情を語る。現在、同施設の入所者約50人のうち約半数にADHDなどの発達障害や知的障害がある。また3割弱が向精神薬を服用しているという。「以前は児童の衝動的な暴力にも職員が対症療法で対応するしかなかった。医師との連携で選択肢が増え、ケアの質が高まった」と話す。

東北文教大学の吉田耕平講師の論文「体罰から向精神薬へ」(2019年)によれば、同氏が調査した児童養護施設では、2017年時点で入所している子どもの34.3%がコンサータやストラテラなどの向精神薬を服用しており、診断名はADHDがほとんどだったという。先の都内の児童養護施設と、置かれた状況はかなり近い。

向精神薬の服用率はこの10年で急増

2007年に厚労省が行った全国調査では、児童養護施設に入所している子どもの向精神薬の服用率は3.4%なので、この10年で急増していることになる。嘱託医として精神科医が介入するようになり、児童養護施設の職員の間でADHDに関する認識が広がったことが一因とみられている。

「高校生や中学生の男子が、施設のほかの児童を傷つけたり物を壊すといった問題行動を起こした場合、女性職員だと正直制止できない。施設は多くの児童の生活の場であり、平穏な生活を守るためにも専門医による一定の医療的ケアは欠かせない」。別の都内の児童養護施設の元職員はそう話す。

医療経済研究機構が2014年に発表した研究によれば、2002年〜2004年と2008年〜2010年を比較すると、13〜18歳ではADHD治療薬の処方割合は2.5倍増となった。また向精神薬の併用処方が高頻度で認められた。担当した奥村泰之氏(現・東京都医学総合研究所主席研究員)によると、精神疾患による未成年の受診者の増加、子どもの精神疾患に対応できる医師や医療施設の増加、新薬承認の影響が要因だとされる。

子ども本人の意に反しての強要

もちろん、医療につながることで薬物療法により情緒や生活の安定が図られるメリットは大きい。しかし他方で子どもたちの問題行動を抑制するための手段として安易に用いられるのだとしたら、人権侵害につながりかねない。とりわけ施設においては、その力関係から子ども本人の意に反しての強要が起こりやすいためだ。

「施設職員の多くが、ものすごい大声で子どもを怒鳴り散らすなど気性が荒く、下手をすれば虐待ではないかと思うような扱いも少なくなかった」。先の元職員は語る。「夜中に子どもが廊下で泣いているので、どうしたのと頭をなでたら、先輩職員から『寝る時間なのにいつまでも寝ないから追い出したんだ。余計なことはしないでいい』と自分が怒鳴られたこともあった」(同)。

「私語厳禁で、食事中にほかの子と目が合っただけで怒鳴られた。まるで刑務所のようだった」。児童相談所の一時保護所に入った経験のある女性(25歳)は当時の状況を語る。一時保護所は冒頭の16歳の女性も利用した、虐待などを理由に児童相談所に保護された子どもが最初に身を寄せる施設だ。

「携帯電話や財布、私服はすべて没収された。学校は無断欠席扱いにされ、脱走したら警察に通報すると誓約書まで書かされた。職員はとにかく高圧的、支配的だった」。女性は結局、虐待された家庭へと戻る道を選んだ。こうした環境下で、施設職員が求める向精神薬の服用を断る選択肢が子どもたちにあるだろうか。

子どもの権利条約の制定に伴い、体罰の禁止や児童虐待の防止への社会的関心は高まった。だが、施設における子どもの問題行動への対処が、単に向精神薬など薬物療法に切り替わっただけなのだとしたら、問題の本質は何ら変わっていない。

本記事の全文は週刊東洋経済プラスで公開している。

『週刊東洋経済』9月21日号(9月17日発売)の特集は「子どもの命を守る」です。