標高約600メートルの城の平ヴィンヤードでは、植えられて間もないブドウの幼木が支柱に沿って伸びていました。品種は、山梨県が開発した醸造用ブドウ「ソワノワール」。成熟期が早く、秋雨の前に健全なブドウを収穫できる可能性があるとして、シャトー・メルシャンが期待を寄せる新品種です。

国内のワイナリーは過去10年で200以上増え、2025年には519場(国税庁調べ)に達するなど、日本ワイン市場は拡大を続けています。一方で、多くの生産者を悩ませているのが気候変動です。

2026年7月6日に開催された「シャトー・メルシャン ネイチャー・ポジティブ フィールドツアー」では、勝沼ワイナリーでのプレゼンテーションに加え、城の平と天狗沢という2つの畑を見学。気候変動への適応と生物多様性の回復を目指す取り組みを紹介します。

○ワインの品質を左右する収穫時期の見極め

気候変動がワイン造りに与える影響と、その対応策が説明された

まず登壇したのは、メルシャンでシャトー・メルシャン事業本部長 兼 ゼネラル・マネージャーを務める小林弘憲氏です。

小林氏によると、以前は品種や区画ごとの収穫時期が約1カ月にわたって分散していましたが、2025年には短期間に集中したといいます。

収穫時期の見極めは、ワイン用ブドウ栽培における重要な工程です。理想は糖度が上がり、酸が保たれ、フェノール(色素やタンニン)が十分成熟したタイミングで収穫すること。しかし猛暑が続くと、糖度やフェノールの成熟を待つ間に酸が失われてしまいます。

小林氏によると、気候変動の影響もあり、過去約40年間で世界の主要なワイン産地では収穫時期が2〜3週間早まっているとのことです。

シャトー・メルシャンでは、短期・中期・長期の3段階で対策を進めています。

短期的にはサンプリング回数を増やして収穫タイミングを精査し、中期的には産地に適した品種への切り替えを進めます。そして長期的には、より冷涼な高標高地へ栽培エリアを拡大しています。

今回見学した城の平と天狗沢は、それぞれ中期・長期の取り組みを象徴する畑です。

○気候や土壌に合わせて品種を入れ替えてきた城の平ヴィンヤード

城の平ヴィンヤードでは、シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカー、勝野泰朗氏が説明を行いました。

城の平は1984年に開墾されたメルシャン初の自社管理畑です。当初はヨーロッパ系品種の試験圃場として約30品種を栽培していました。

その後はカベルネ・ソーヴィニヨンを中心に、メルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドを組み合わせたボルドーブレンド用の畑として活用され、最上位ワインにはラテン語で「起源」を意味する「オルトゥス」の名が付けられています。

標高約600メートルに位置する城の平ヴィンヤード

標高が高く昼夜の寒暖差に恵まれる城の平でも、温暖化の影響は避けられません。

そこで進められているのが品種の再構成です。

現在注目されているソワノワールは、山梨県が2022年に品種登録した醸造用ブドウで、メルローとピノ・ノワールを交配した品種です。

フランス語で「黒い絹」を意味するこの品種は、糖と酸のバランスや色づきに優れ、収穫時期も8月下旬と早いため、気候変動への対応品種として期待されています。

シャトー・メルシャンは2025年と2026年に植樹を進め、2026年7月時点で計680本を栽培。2027年に試験収穫を行い、早ければ2029年の商品化を予定しています。

支柱に沿って伸びるソワノワールの若木

実際に畑を見ると、2025年に植えられた木は順調に生育している一方、2026年に植えられた苗木はまだ支柱に沿って伸び始めたばかりでした。

勝野氏は、現在のブドウ栽培では土壌を大きく改良するのではなく、その土地の土壌や気候に合う品種と台木を選ぶことを重視していると説明します。

また、シャトー・メルシャンが目指すワインを「フィネス・アンド・エレガンス(繊細さと調和のとれた美しさ)」と表現。1998年からアドバイザーを務めたシャトー・マルゴーの元総支配人ポール・ポンタリエ氏の助言を受け、日本のブドウが持つ繊細さやみずみずしさに価値を見いだしたことが背景にあるといいます。

勝野氏は、「日本庭園のような調和のあるワイン」を目指していると語りました。

○標高の高さとスペイン品種が特徴の天狗沢ヴィンヤード

続いて訪れた天狗沢ヴィンヤードは、甲州市上小田原にあります。

標高800〜850メートルと、シャトー・メルシャンが山梨県内に所有する自社管理畑の中で最も標高が高く、長期的な気候変動対策として、高標高地での栽培適性を検証しています。

標高800〜850メートルに広がる天狗沢ヴィンヤード

ここではシラーやピノ・ノワール、ピノ・グリに加え、スペイン原産のテンプラニーリョとアルバリーニョも栽培されています。

両品種は高温環境でも成熟しやすく、比較的早く収穫できることが特徴です。

すでに「天狗沢テンプラニーリョ2024」と「天狗沢アルバリーニョ2025」として商品化されており、試飲ではアルバリーニョは白桃や洋梨、青リンゴ、百合を思わせる華やかな香りとしっかりした酸味が印象的でした。

一方のテンプラニーリョは、カシスやチェリー、甘いスパイスを思わせる複雑な香りが特徴の赤ワインに仕上がっていました。

「天狗沢テンプラニーリョ2024」(左)と「天狗沢アルバリーニョ2025」

○垣根仕立てのワイン畑が草原環境を育てる

城の平と天狗沢に共通するもう一つのテーマが、生物多様性です。

特に天狗沢では、畑の整備によって植生の回復が確認されています。

もともとは鹿の食害が多く、鹿が食べない植物だけが残る環境でしたが、鹿よけフェンスを設置し、垣根仕立ての畑として整備。さらに草刈りを継続したことで植物種が年々増加しました。

調査開始時の2018年には43種だった植物は、2026年には111種まで増加。ネコハギやチドメグサなど、良好な草原環境を示す植物も確認されています。

天狗沢ヴィンヤードでは、良好な草原の指標とされる植物も確認されている

垣根仕立てによって下草まで光が届くようになり、場所ごとに草刈り頻度を変える管理方法が、多様な植物の生育につながっているとのことです。

草原環境は森林や一般的な農地よりも単位面積当たりの絶滅危惧種が多いとされており、ブドウ畑で草原環境を維持することは、生物多様性の保全にもつながっています。

○自然共生サイトからネイチャー・ポジティブへ

こうした取り組みが評価され、城の平は2025年2月、天狗沢は2026年3月に環境省の「自然共生サイト」に認定されました(長野県の椀子ヴィンヤードは2023年10月認定)。

自然共生サイトは、生物多様性の保全に取り組む区域を認定する制度で、国際目標「30by30」に貢献する取り組みでもあります。

認定面積は城の平が約4.7ヘクタール、天狗沢が約3.7ヘクタールです。

キリングループの環境施策とネイチャー・ポジティブについて説明する美鳥佳介氏

キリンホールディングス CSV戦略部の美鳥佳介氏は、2030年までに生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道へ乗せる世界的な目標を「ネイチャー・ポジティブ」と説明しました。

この考え方は、メルシャンが2026年に掲げた企業パーパス「自然のめぐみを、幸せにかえてゆく。」にも通じています。

キリングループでは、自社管理畑で得た知見を基に、原料調達を含めたバリューチェーン全体へネイチャー・ポジティブの取り組みを広げています。その一例として、スリランカの紅茶農園で進める認証取得支援や環境再生型農業、生態系調査なども紹介されました。

○気候変動と生物多様性、2つの課題に向き合う

世界のワイン産地で気候変動の影響が深刻化するなか、シャトー・メルシャンは、収穫時期の精密な見極めや品種転換、高標高地への栽培拡大など、多面的な対応を進めています。

一方で、天狗沢ヴィンヤードでは鹿よけフェンスや草刈りを通じて草原環境が回復し、生物多様性の向上という成果も生まれています。

気候変動への適応とネイチャー・ポジティブの実現。その両方に取り組む姿勢は、日本ワインの未来を考えるうえでも重要な取り組みといえるでしょう。

今後、城の平に植えられたソワノワールがどのようなワインへと成長していくのか、その成果にも注目したいところです。

山田井ユウキ/ワインエキスパート ワインも含め興味のおもむくまま多ジャンルで執筆するフリーライター。ワインの物語を伝える“ワインストーリーテラー”として活動中。著書に『ワインの半分は物語でできている。』など。[有資格]ワインエキスパート/WSET Level3/ドイツワインケナー/第8回J.S.A.ブラインドテイスティングコンテスト・ファイナリスト この著者の記事一覧はこちら