本の裸の姿とは?〈人肌の温かさ〉と〈冷たさ〉が同居した小川糸『食堂巡礼』の美しさ【デザイナーの装丁惚れ】
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年8月号からの転載です。
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■裸の本

出版社内で装丁をした覚えのある者の目に、装丁がデザインや作品として映ることはない。
版元から読者へ橋渡しをする黒子。そう言えば格好はつくが内実は調整に終始する下僕で出来た本など妥協の塊にしか見えなかった。こなすほど出版への愛憎の憎の部分だけが大きくなる。そんな不健全で腐った心の持ち主が一度も本から遠ざからなかったのは、ゲラにもなっていない星の数の原稿のどこかに、決定的な一冊になる欠片が埋もれていると信じているからだ。カバーはジャケットと呼ばれるが、上着など着せずに裸で放り出すことが本来の装丁の役目だと思う。

『食堂巡礼』には本の裸の姿が見てとれる。変哲ない三方断ちソフトカバー。デザインと用紙、本文組み。文中の撮影写真のライティング。すべてが無抵抗の糸で貫かれている。人の心を動かそうとする装丁と、静かに心に寄り添う装丁があるとしたらこの本は後者。人肌の温かさと冷たさ。二つの同居は計算で導くことはできない。

本を信じる。その決意まで手を動かさなかったことに成功の要因はある。テキストの海に身を投げる無防備な装丁家の健気さに気づく人は少ない。本の周辺で働いた者は著者以外全員忘れられるが、そうやって本は残っていく。
選・文:緒方修一 写真:首藤幹夫
おがた・しゅういち●新潮社装丁室を経て独立。2026年『堀江敏幸コレクション』『ハン・ガン コレクション』の装丁を手がける。
装丁:鈴木さとみ(wyeth wyeth)
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■裸の本

出版社内で装丁をした覚えのある者の目に、装丁がデザインや作品として映ることはない。
版元から読者へ橋渡しをする黒子。そう言えば格好はつくが内実は調整に終始する下僕で出来た本など妥協の塊にしか見えなかった。こなすほど出版への愛憎の憎の部分だけが大きくなる。そんな不健全で腐った心の持ち主が一度も本から遠ざからなかったのは、ゲラにもなっていない星の数の原稿のどこかに、決定的な一冊になる欠片が埋もれていると信じているからだ。カバーはジャケットと呼ばれるが、上着など着せずに裸で放り出すことが本来の装丁の役目だと思う。

『食堂巡礼』には本の裸の姿が見てとれる。変哲ない三方断ちソフトカバー。デザインと用紙、本文組み。文中の撮影写真のライティング。すべてが無抵抗の糸で貫かれている。人の心を動かそうとする装丁と、静かに心に寄り添う装丁があるとしたらこの本は後者。人肌の温かさと冷たさ。二つの同居は計算で導くことはできない。

本を信じる。その決意まで手を動かさなかったことに成功の要因はある。テキストの海に身を投げる無防備な装丁家の健気さに気づく人は少ない。本の周辺で働いた者は著者以外全員忘れられるが、そうやって本は残っていく。
選・文:緒方修一 写真:首藤幹夫
おがた・しゅういち●新潮社装丁室を経て独立。2026年『堀江敏幸コレクション』『ハン・ガン コレクション』の装丁を手がける。
装丁:鈴木さとみ(wyeth wyeth)
