社会では他人の意見に流されたり、正論を押し付けられて嫌な思いをしたりした経験は、誰しも少なからずあると思います。これは「バウンダリー」という心の境界線が踏み越えられている状態。そのままでは自分をすり減らしてしまう危険性があるうえ、心の境界線が意識できないあまりに、ハラスメントを引き起こすこともあるそうです。

【写真】「ノースリーブが似合う素敵な笑顔」オランダで幼少期にバウンダリーを学んだというkieさん(全6枚)

海外では学校も「バウンダリー」を重要視

昨今、ビジネスやメンタルヘルスの分野で注目を集めているという「バウンダリー」という概念は、心理学的に、他者と自分の間に引く「心の境界線」という意味で使われることが多いそう。

この心の境界線が意識できないと同調圧力を受けやすくなったり、他人の機嫌やトラブルを過剰に背負ったりと、人間関係の構築に悪影響を及ぶすことが。特に日本のような権利主張や意思の表明が苦手な文化では、注意が必要だと言われています。

インスタグラムで子育て情報を中心に発信しているkieさんは、小3から中3までオランダのインターナショナルスクールに通っていた際に、「バウンダリー」を意識する機会が日常的にあったといいます。

「『先生、誰々がこんなことしています』と、わざわざみんなの前で報告してくる子がクラスにいました。先生はそのあと、『教えてくれてありがとう』と答えるのですが、続けて『でも君は自分ごとにしなくていいからね』という声かけがありました。

「運河をバックに」幼少期に住んでいたオランダを訪れたkieさんと息子さん

他人のできていないことを指摘したり、あまりにもお節介だったりする場合は、「これはあなたの問題じゃないから、話に入ってこなくていいよ」と言うことも。この問題を抱えているのは、あなたではなくてその子で、いい意味であなたとは関係がない、という意味だったと思います。

こういう状況のとき、『バウンダリーをリスペクトして』『バウンダリー忘れないで』と先生から言われていました。道徳のような授業はないのですが、普段からよく聞かれていて、自分の感情や価値観は自由に決めていいし、友達はもちろん親も、その考え方を押し付けることはできないと聞いていました」

帰国後の同調圧力に「学校に行きたくない」

中学卒業のタイミングで日本に帰国し、高校生活がスタートしたkieさん。これまでとは違う集団生活の同調圧力の強さに、学校に行くことが嫌になっていったと話します。

「協調性が求められる日本の環境に馴染めずにいました。行事など、何かひとつのことを成し遂げる際には必要だと思いますが、みんな同じであることが日常的に求められて。流行りの服を着なきゃ、私は気分じゃないけど、放課後、みんながマックに行くから付き合うとか。人と話題を合わせようとして、興味がなかったバラエティ番組を頑張って観ていくなど、居心地は悪かったです。学校に行きたくなくてサボりがちな高校生活を送っていました」

子育てに潜む「バウンダリー」の危うさ

大学卒業後、会社員生活を経て独立。現在、ふたりの息子さんを育てるkieさんは、最近になって「バウンダリー」を意識することが増えたといいます。

「インスタグラムで子育てについて発信をすることが多いのですが、『他人は他人、自分は自分』というストーリーズを投稿した際にフォロワーさんから、『それってバウンダリーですよね』というメッセージをもらって。すっかり忘れていたのですが、子育ての場面でも必要なことがあると思い、改めてバウンダリーに関する投稿をしました。すると、『思い当たること、あります』『経験はあるけど、そういう言葉があるとは知りませんでした』という反響が多くありました。

たとえば、子ども同士でよくあるくすぐりも、自分はされていいからといって、相手がされてもいいとは限りません。あなたにはあなたのルールがあって、人には人のルールがある。あなたが人のルールを決めていいわけじゃない。子育てをしていると365日そういうことばかりです。

特に息子が小学校に入学してから『これしちゃだめ』『普通はこう』と友達から言われることが増えました。裏を返せば羨ましさから来ることもあるかもしれませんが、息子が人にされて嫌なことを報告してきたら必ず、『嫌だったってこと伝えた?』と聞くようにしています。自分の気持ちに気づいて、それを自分で伝えて、相手の子の気持ちも尊重しながら、子ども同士で話し合って解決してほしいですね」

自分にとって心地がいい線引きとは

『人間関係に「線を引く」レッスン 人生がラクになる「バウンダリー」の考え方』の著者で、精神科医の藤野智哉さんは、バウンダリーを考えるうえでは、「他者と関わるなかで誰にどこまで侵入を許すか、誰にどこまで自分を分けてあげるかを意識していく必要がある」と話します。

「守るべきものが守れず、使いたくないものに消費されると、やりたいことがやれずに嫌な思いをし、体も心もしんどくなってしまいます。バウンダリーが意識できていないと、無意識に相手を侵害してしまうこともあり、ハラスメントに派生するきっかけになることも多いです」

バウンダリーに関する著書を上梓する精神科医の藤野智哉さん

kieさんがオランダのインターナショナルスクールで経験した「バウンダリー」の考え方について、藤野さんは「海外ではアイデンティティがはっきりしており、自分の意思をしっかり伝えるなど、自己権利の意識が強いことが影響している」と話します。

「日本人は権利の主張や、意思をはっきり伝えるのが苦手な部分があり、慎ましさや奥ゆかしさが美徳な部分が残っている面はあると思います。ただ、海外はこう、日本はこうというステレオタイプは無意識の差別意識につながることもありますので、注意が必要です。バウンダリーを意識するうえでは、自分にとって、どういう線引きが心地よいかをまず知る必要があります」

曖昧になるバウンダリー「学びのチャンスととらえて」

学校や会社など、集団生活において曖昧になってしまいがちな「バウンダリー」。所属している集団とのつながりを守るために自己犠牲を生んでいることも影響しているそうです。

「集団生活では、ノリが悪い、他の人はやってくれたのに、こうするべき、といった言葉に騙されて、自分の権利を主張することが間違っているかのような同調圧力さらされることがあります。自分が何を守りたいのか、自分は人生で何を大切にして、何があれば幸せに生きていけるのかをはっきり意識することが大事です。人生の大切なものランキングを作ってみてもいいですね。たくさんあって決められない人は、失いたくないもので考えてもいいです」

学校などの集団生活で他人を攻撃してくるケースに「告げ口」や「ちくり」が挙げられますが、藤野さんは、「子どもがどんな意識でいるかを知り、学びのチャンスととらえてほしい」と話します。

「先生に褒められたい、その子のことが嫌い、何も考えずに思ったことを言ってしまったなど、子どもの発言理由はさまざまです。だからこそ、『教えてくれてありがとう、先生にどうしてほしいと思ったの?』『悪いと思えたことはよかったけど、言いつけられた子はどう思ったかな』など、理由やその結果について学んでもらうことが大切です。

嫌がられたり、先生や親に褒められたり、さまざまな経験を通じて、子どもはどの行動が自分にとってよいのか学んでいきます。他者の行動を強制しようとすることは、他人が学び、成長する権利を奪うことでもありますので、子ども同士のやりとりのなかでもバウンダリーは必要です」

社会に「バウンダリー」が根付いていくメリットについて、藤野さんはこう考えます。

「自分や他者の権利を尊重でき、無駄にすり減らし合わなくて済むと思います。線を引くというと、一見冷たい考え方と思われがちですが、長く一緒にやっていきたいからこそ重要な概念で、『一緒に長くやっていきたいから、はっきりさせましょう』という感覚でいるといいですね。

何かを断る際にも、自分が大切にしたいものがはっきりしていれば、自分のことを大切にしてあげた感覚や、自分で自分の人生をコントロールしている感覚をしっかり持つことができます。バウンダリーを意識することで日々の不安も減っていくと思いますので、ぜひ実践してみてほしいです」

取材・文:内橋明日香 写真:Kie、藤野智哉