「往復4時間半、もう限界…」一生フルリモートを信じて郊外に〈5,800万円・庭付きのマイホーム〉を買った39歳会社員。突然の〈出社令〉に翻弄される“家族の日常”
コロナ禍を機に定着したかに思えた在宅ワーク。しかし、近年急激に進む企業の出社回帰が、郊外に家を買った子育て世帯を追い詰めています。フルリモートを前提に夢のマイホームを手に入れたものの、突然の「原則出社令」によって生活が一変した30代夫婦の悲鳴と、簡単には逃げ出せない住宅ローンの現実を追いました。
突然の「出社令」に30代夫婦、愕然「やばすぎる」
「ねえ、本当にやばいよ……。私、ひとりで仕事も家事も子育ても回すなんて絶対無理だからね」
深夜11時過ぎ。新築の匂いが残るリビングで、妻・木村りかさん(36歳)は溜息をつきました。机の上に置かれているのは、夫・和樹さん(仮名・39歳)の勤務先から届いた社内アナウンスの通知です。
「来月より、原則週4日以上の出社を義務付ける」
木村さん夫妻は2年前、千葉県奥エリアの駅徒歩15分ほどの場所に、庭付き一戸建てを約5,800万円で購入したばかり。当時、都内のWebマーケティング会社に勤めている木村さんは完全フルリモート。「出社は年に数回のイベント時のみ」という環境でした。
「伸び伸びとした環境で子どもを育てたいし、どうせ家にいるなら自分の部屋が欲しい。そんなの、会社の近くじゃ絶対に叶えられない夢でした(和樹さん)」
夫婦で話し合い、都心から電車で片道2時間以上かかるエリアへ移住。当時は「最高の買い物」と疑っていませんでした。
しかし、会社の方針転換により、夢のマイホーム生活は一転して「地獄」へと姿を変えます。木村さんの自宅から都心のオフィスまでは、ドアツードアで片道2時間15分。往復で実に4時間半もの時間を移動だけに奪われることになったのです。
「リモート解除のニュースを見ても、どこか他人事でした。ですが、当事者になると本当に生活が破綻しますね……(和樹さん)」
お達しの翌月、木村さんは朝5時半に起きて、6時過ぎの電車に乗車。満員電車に揺られて、会社に着く頃には体力を消耗。そのうえ残業して帰宅が深夜0時近くになることもありました。
さらに、しわ寄せは、時短勤務で働く妻にも及んでいます。保育園のお迎えから夕飯の支度、お風呂、寝かしつけまで、仕事・家事・育児で体力的にも精神的にも削られる日々。出社再開から、夫婦は「限界」を感じるようになりました。
「車で1時間の実家の母に頭を下げて、泊まり込みで助けてもらったりしています。でも、子どもの世話を70近い母に押し付けるなんて、親としてどうなんだろうって自己嫌悪になります(りかさん)」
「リモート頻度が減った」が35%超。データが示す“出社回帰”
パーソル総合研究所が実施した「第十回テレワークに関する調査」によると、2025年7月のテレワーク実施率は22.5%と一定の水準を保っているものの、「以前に比べてリモートワークの頻度が減った」と回答した人が35.8%にのぼりました。これは「頻度が増えた」という回答を大きく上回る数字です。
在宅勤務が定着したように見える裏側で、企業による「出社回帰」の波は確実に広がっています。社内コミュニケーションの停滞や若手育成の難しさ、そして生産性の低下などを理由に、社員をオフィスへと呼び戻す動きが強まっているのです。
実は家を買う際、木村さん夫婦は「もし何かあっても、最悪売って都心に戻ればいいよね」という話をしていたといいます。しかし、いざその「まさか」が起きると、現実はそう甘くありませんでした。
たとえば、人間関係の問題。子どもをせっかく馴染んだ保育園や近所の友達と引き離すことへの躊躇のほか、りかさん自身、子育ての悩みを共有してきたママ友と離れることに葛藤があります。「都心は保育園になかなか入れないという、根本的な問題もありますしね」とも。
そして、大きいのが資産価値の問題。全国的に不動産価格が上がっているといっても、夫婦が家を買ったのは郊外エリア。購入価格より値を下げなければ売却は難しい状況です。さらに、郊外の広い家に合わせた家具やインテリアは、都心の狭いマンションに入りきりません。
「転職も考えましたが、30代後半でいまの年収を維持したまま『完全フルリモート』の求人を探すのは至難の業です。どの道を選んでも、年収ダウンか、住環境の悪化か、家族の負担増という『何かを諦める選択』にしかなりません(和樹さん)」
働き方の「前提」が変わるリスクをどう生き抜くか
現在、木村さんは会社と相談のうえ、特例として週2日出社・週3日在宅という“折衷案”で仕事をしています。しかし、これもいつまで続けさせてもらえるか、綱渡りの日々だといいます。
「住宅ローンという35年の長い契約に対して、会社の『働き方ルール』はあっけなく変わってしまう。家を買うとき、働き方の変化というリスクを本気でシミュレーションしていなかったことが、痛恨の極みです(和樹さん)」
庭で嬉しそうに走る子どもの姿を見つめながら、木村さんはそう零します。リモートワークという「甘い夢」の上に建てたマイホーム。働き方のハシゴを外された家族の模索は、今も続いています。

