天安門事件で指名手配され亡命…「民主化の英雄」58歳男性の「中国に帰りたい」切実な思い

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天安門事件から37年、吾爾開希氏の「第二の人生」の抱負

かつての英雄と約30年ぶりに東京で再会した。吾爾開希氏、58歳。すっかりやつれたオッサンと化していた。

37年前、1989年のちょうど今月初旬、私はニュース雑誌に配属されたばかりで、編集部の片隅で流れるCNNの映像に釘付けになっていた。北京の若者たちが民主化を求めて決起し、弾圧された「天安門事件」。その中心で拳を振り上げていたのが、北京師範大学のウイグル族学生・吾爾開希北京市学生自治連合会主席だった。

結局、6月4日未明に人民解放軍の戦車部隊が天安門広場に突入し、若者たちは蹴散らされた。一連の銃撃で1000人以上が犠牲になったとみられる。

指名手配された吾爾開希氏はフランスに亡命し、その後、アメリカに渡った。「民主化の英雄」としてハーバード大学留学を果たし、'94年に台湾人留学生の女性と結婚、'96年に台湾に移住した。

その際、立ち寄った東京で話を聞き、本誌で報じた。

「天安門広場で、大空を見上げて民主化を叫んでいる時、自分は現代の毛沢東主席になったと有頂天だった。だが現実は違った。私は無力だった……。今後は台湾で起業し、ビジネスマンになる」

丸々した体軀とパッチリした目が印象的で、「第二の人生」の抱負を述べた。

「民主化の英雄」が高市政権に望むこと

だが、残念ながら台湾で順風満帆とはいかなかった。事業は失敗し、借金離婚、飲酒運転で検挙……。

もう消息も伝わらなくなっていたが、天安門事件37周年を記念して訪日し、記者会見を開いた。台風6号が日本を直撃した日にもかかわらず、多くの記者が集まった。

「東京は私にとって懐かしい場所だ。16年前のこの時期にも訪日し、私は中国に戻りたいと思って、東京の中国大使館に駆け込んだ。中へ入れてくれないので柵を上がったら、日本の警察に連行された。2日間勾留されたが、中国の警察と違って優しかった(笑)。

いまや中国の民主は、1989年よりもさらに後退している。それなのにビジネス界出身のトランプ大統領は先月訪中し、中国と取り引きする始末だ」

私が挙手して「高市政権に望むことは?」と聞くと、日本を誉めあげた。

「日本はアジア最高の民主主義国で、高市政権には、大いに中国を批判してほしい。中国はいわば『大きないじめっ子』で、見かけほど強くはない。台湾侵攻だって単なる中国国内向けのプロパガンダなのだ」

流暢な英語で1時間あまり「独演会」。終了後、挨拶に行った。「ずいぶん痩せましたね。いまの心境は?」。今度は中国語で、ため息交じりに答えた。

「毎日毎日、故郷(中国)に戻りたいとばかり思っている。私は37年間、精神的な拷問を受けているようなものだ……」

週刊現代」2026年7月6日号より

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