今度はチャゴス諸島を狙うトランプ、米イラン戦闘終結でも消えないインド洋“米中陣取り合戦”の火種

チャゴス諸島のディエゴガルシア島(写真:U.S. Navy/AP/アフロ)
インド洋のほぼ真ん中に浮かぶチャゴス諸島。その中心的な島である英領ディエゴガルシア島は、一般にはほとんど知られていない孤島である。
だが今年(2026年)6月7日、英デイリー・テレグラフが「トランプ米政権がモーリシャスから、ディエゴガルシアを含むチャゴス諸島の取得を検討している」と報じたことで、世界の注目が集まった。グリーンランドの購入問題や、カナダを「米国の51番目の州」とする“暴言”、パナマ運河の管理権奪還を示唆した発言に続く、「領土拡大の野望」の次なる標的かと受け止められたためだ。
ただし、他の案件がいずれも南北米大陸をアメリカの勢力圏として固めようとする“ドンロー主義”的な発想に基づくのに対し、この島の購入問題は少々性格が異なる。そこには、中東危機の再燃に備える軍事拠点を自国のコントロール下に置きたいという思惑と、より長期的にはインド洋に進出する中国を封じ込める戦略的狙いがある。
トランプが次なる標的に定めた「インド洋の孤島」
現在、ディエゴガルシア島を領有するイギリスのスターマー首相は、長年返還を求めてきたインド洋の島嶼国モーリシャスの要求に応じ、条件付きで島を委譲する合意文書を交わした。これにトランプ氏が半ば噛みついた格好である。
アメリカは半世紀以上にわたり、この島に軍事基地を置いてきた。中東・南アジア・アフリカににらみを利かせ、インド洋の制海権確保の要として、西側の生命線であるペルシャ湾の油田・ガス田地帯と、アジア・欧州を結ぶタンカーの海上輸送路の防衛を担ってきた。
そんな中、アメリカに「特別な関係」と言わしめるほど親密な同盟国のはずのイギリスが、チャゴス諸島の主権をモーリシャスに移す協定に署名した。この事実はトランプ氏にとって「裏切り行為」と映ったのだろう。

2025年5月22日、チャゴス諸島をモーリシャスに返還する協定への調印を受け、記者会見するスターマー英首相(写真:ロイター=共同通信社)
ディエゴガルシア島は、南北約24km、東西約10kmの環礁である。環状に連なる陸地の幅は数百mから1km程度、標高は数mにすぎない。内側にはラグーン(潟湖)があり、その規模は東京湾や大阪湾の12分の1前後におよぶ。
インド本土までは約1800km、モーリシャスの首都ポートルイスまでは約2200km。一見すれば「辺鄙(へんぴ)な孤島」に思える。しかし、この「孤島」である点こそが、軍事戦略上きわめて重要であり、「不沈空母」と呼ばれるゆえんでもある。
絶好の立地に位置する「不沈空母」の軍事的評価
ディエゴガルシア島は、北に位置するイランまでは約3800km、ペルシャ湾とアラビア海・インド洋を結ぶホルムズ海峡までは約4100km、紅海・スエズ運河とインド洋を結ぶバブエル・マンデブ海峡までは約3900km、インド洋と南シナ海・太平洋を結ぶマラッカ海峡までは約3400km。主要な軍事・海上交通の要衝に対して、絶好の位置にある。時速1000km前後のジェット機であれば、いずれも数時間で到達できる距離だ。
英植民地だったインド洋の島嶼国家モーリシャスが1968年に独立する際、この要衝を手放したくないイギリスは、ディエゴガルシアと周辺の島々を「英領インド洋地域(BIOT)のチャゴス諸島」として分離し、統治を続けた。
だが、かつて7つの海を支配した「大英帝国」の勢いも、財政難と経済不振によって1960年代以降に低下する。1968年には、シンガポールやマレーシアなど、スエズ運河以東のインド太平洋地域から駐留英軍を大規模撤収させる方針を決めた。ディエゴガルシアも例外ではなかった。
この動きを憂慮したのが、自由主義陣営の雄であるアメリカだ。
冷戦のさなか、インド洋に軍事的空白が生まれれば、宿敵である旧ソ連の進出を許すことにつながる。西側の生命線である石油の海上輸送路を旧ソ連の脅威から守るため、アメリカはイギリスに代わって同島に駐留し、基地を拡張していった。分離統治の過程でイギリスが島民を強制移住させたため、現在、島に住民はいない。また、島全体が軍事機密扱いで、一般人が観光で訪れることはできない。

1970年代からイギリスとアメリカの共同軍事基地として使用されてきたチャゴス諸島のディエゴガルシア島(写真:The Mega Agency/アフロ)
基地は比較的大規模で、全長約4000mの滑走路を1本備えている。B-52などの戦略爆撃機や大型輸送機の発着が可能で、駐機場も広い。ラグーン内には軍港もあり、全長600mの岸壁も構築されている。喫水(最も深い船底から水面までの垂直距離)の深い超大型原子力空母や大型原子力潜水艦が横付けできるよう、十分な水深も確保されている。

B-52戦略爆撃機(写真:米空軍サイトより)
波静かなラグーンには、アメリカの輸送船である事前集積船が常に4〜5隻停泊している。船内には、海兵隊の1個MEB(海兵遠征旅団、兵力7000〜1万5000人)規模の地上部隊が1週間戦闘を継続できるだけの重量兵器、弾薬、食料などが満載されている。
有事の際には、米本土から歩兵部隊が身一つで島に空輸され、現地で完全武装する。他に類を見ない、米軍ならではの緊急即応体制の神髄といえる。
対空ミサイルの長射程化に伴い、スタンドオフ能力、すなわち敵の射程圏外から遠距離攻撃を行う能力の重要性はますます高まっている。大陸から数千km離れたディエゴガルシアの軍事的価値は上がる一方だ。
米宇宙軍のGEODSS(地上設置型電子光学式宇宙探査システム)も設置されており、赤道上の低軌道を周回する中露などの軍事衛星の動きを監視している。アメリカのインテリジェンス活動にとっても、不可欠な存在である。
戦略爆撃機の出撃基地として本格始動したのは、1991年の湾岸戦争からだ。B-52が同島を離陸し、イラクのフセイン軍を攻撃した。その後も、
・1990年代:サザン・ウォッチ作戦(対イラク攻撃)
・2001年:アフガン戦争
・2003年:イラク戦争
・2014年:対ISIS戦(生来の決意作戦)
・2025年:イエメン・フーシ派攻撃
・2026年:対イラン軍事作戦
などで活用され、2025年のフーシ派空爆ではB-2ステルス爆撃機が発進した。
国際法順守の英首相が下した決断と妥協の中身
イギリスがチャゴス諸島の主権返還に動いた背景には、2019年に国際司法裁判所(ICJ)が出した勧告的意見と、国連総会決議がある。
前者は、イギリスによる分離統治は国際法違反であり、できるだけ早期に統治を終結させる義務があると断じた。後者では、この勧告的意見を受け、116カ国が賛成し、半年以内に統治を終結するようイギリスに求める決議が採択された。
いずれも法的拘束力はなく、イギリスが完全に無視することも不可能ではなかったが、イギリスが国際法を無視すれば、逆に同国の主権を無視する動きが世界中で広がる危険性もある。
「公海の自由」を標榜する海洋国家であり、それを支える国際法の順守にこだわるイギリスにとって、ICJと国連総会からの指弾を無視することは、明らかな矛盾となる。
労働党党首のスターマー氏は、2024年の総選挙で大勝し、保守党から政権を奪還して英首相に就任した。人権派弁護士として辣腕を振るった経歴を持ち、島民の強制退去という非人道的行為を無視できなかったともいわれる。
法律家としての本領発揮だろうか。スターマー氏は妥協案ともいえる内容を編み出した。チャゴス諸島の領有権をモーリシャスに譲る一方で、ディエゴガルシアの米英基地については、引き続き99年間イギリスが租借し、年間平均1億100万ポンド、日本円で約190億〜200億円規模の支払いを行う枠組みだ。
これなら島の主権はモーリシャスに返還される一方で、基地存続を切望するアメリカの国益も最大限尊重できる。こうして2025年5月22日、イギリスとモーリシャス両国は、領有権委譲の合意文書を交わした。
イギリスの動きに対し、バイデン前米政権は、米軍基地の地位が保たれるのであれば容認するとの立場を取った。
2025年1月に第2次トランプ政権が発足した後も、当初はバイデン前政権と同様、容認する構えを見せていた。ところが翌2026年1月、グリーンランド領有を主張し始めたトランプ氏に対し、英仏独など欧州8カ国が共同で反対を表明したあたりから、雲行きが怪しくなる。
激怒したトランプ氏は、8カ国に高関税を課して対抗した。しばらくして矛を収めたものの、2026年1月20日、今度は自身のSNSで、スターマー氏への一大攻勢を開始した。「中露は、島返還に合意したスターマー政権の全く腰砕けの行為に気づいている。彼らは力だけを認める勢力であり、モーリシャスへの委譲は極めて愚かな行為だ」と痛烈に批判したのである。
2月6日にはSNSで、「彼ができる最善の取引だ」とスターマー氏に一定の理解を示した。だが同時に、「将来リース契約が決裂したり、誰かが米軍の作戦や基地の部隊を脅かしたりした場合は、島の軍事プレゼンスを確保・強化する権利を有する」と述べ、中露の動きを強烈にけん制した。
さらに2月19日にはSNSで、「リースは国益にならず、合意は大きな誤りだ。この土地(島)が奪われれば、わが偉大な同盟国(イギリス)は大きな災いに見舞われる。(中略)ディエゴガルシアを手放すな」と投稿。“トランプ節”は止まらなかった。
一連のトランプ氏の反対声明を受け、英政府は4月13日、島返還に関する法案を今国会で成立させることを断念すると表明した。事実上の「棚上げ」を余儀なくされたのである。

トランプ米大統領(写真:ロイター=共同通信社)
米イラン戦闘終結でも消えないディエゴガルシアの価値
トランプ氏がディエゴガルシア島を含むチャゴス諸島の取得を検討していると報じられた背景には、盟友であるはずのイギリスが、2026年2月28日のイランへの全面攻撃「壮絶な怒り作戦(エピック・フューリー)」に際し、同島を戦略爆撃機の出撃拠点として使用することを、一時的にせよ認めなかったことが大きい。
スターマー氏は、イラン攻撃について国際法違反の恐れがあるとして、仏独など他の欧州主要国とともに反対を表明した。
このため、自慢のB-2ステルス爆撃機による精密誘導爆撃を実施し、軍事技術の圧倒的な差をイランに見せつけようとするトランプ氏の試みはつまずくかに見えた。
イギリスは当初、国際法的な懸念から2月28日の米軍による第1波攻撃に対し、ディエゴガルシアはもちろん、英本土の基地の使用も認めなかったが、3月1日には特定の限定的な防衛目的に限り、アメリカに基地使用を許可している。
ちなみに、2025年6月の対イラン攻撃「ミッドナイト・ハンマー作戦」では、B-2が米本土から長距離飛行し、大型で特殊なバンカーバスター(地中貫通爆弾)を使用した。これは米本土で積み込み、空中給油を繰り返してイラン上空に直行したものだ。

F-35Aステルス戦闘機に護衛されながら空中給油機からの給油を待つB-2ステルス爆撃機(写真:米空軍サイトより)
もっとも、足元では、アメリカとイランの戦闘終結に向けた合意が近いとの報道も出ている。ただし、これをもってディエゴガルシアの軍事的価値が低下すると見るのは早計だ。
イランの核計画、弾道ミサイル開発、親イラン武装勢力の動向、ペルシャ湾岸諸国の安全保障不安など、火種はなお残る。戦闘が終結しても、アメリカにとってディエゴガルシアは「イランを攻撃するための前線基地」から、「次の中東危機を抑止するための後方拠点」へと役割を変えるだけである。
トランプ政権にとって問題なのは、危機のたびにイギリスやモーリシャスの政治判断に左右されることだろう。盟友であるイギリスですら、イラン攻撃で基地使用に一時慎重姿勢を示した。ましてや、島の主権を委譲された非同盟のモーリシャスが、将来の中東有事に際し、アメリカにフリーハンドで基地使用を認める保証はない。
しかも近年、中国がモーリシャスとの経済的なつながりを深めているのも事実だ。2021年には両国が自由貿易協定(FTA)を締結した。これは、中国にとってアフリカ諸国との初のFTAである。
中国がモーリシャスへの影響力を行使し、ディエゴガルシアの米英基地の使用を妨害する可能性もある。あるいは、チャゴス諸島の近隣に中国が同様の軍事基地を構築する可能性もあり得る。トランプ政権がそう警戒しても、不思議ではない。
問題は、基地が直ちに失われることではない。むしろ、主権がモーリシャスに移ることで、将来の基地運用、情報保全、周辺海域での中国の影響力拡大に対する不確実性が高まる点にある。トランプ政権が買収案まで検討していると報じられた背景には、この「将来リスク」を米国自身の主権取得で消そうとする発想がある。
トランプ政権にとって、短期的には中東危機への備えとして、ディエゴガルシアの価値はなお大きい。だが大局的に見れば、中国のインド洋進出を封じる「要石」としての役割の方が、はるかに重要である。
「債務の罠」で港湾インフラを支配する中国の脅威
インド洋における中国の軍事進出は急速に進んでいる。同国が推進する、アジアと欧州を結ぶ巨大経済圏構想「一帯一路構想」とも連動している。
2017年には、バブエル・マンデブ海峡に面したジブチに、中国初の在外軍事基地を開設した。大型艦が横づけ可能な軍港も備えた、かなり大規模な施設である。インド洋と紅海・スエズ運河、さらには地中海を結ぶ海上交通路の要衝だけに、欧米諸国は警戒を強めている。
ほかにも中国は、一帯一路の旗印のもと、沿岸国に対する経済援助の一環として、港湾・空港インフラの整備事業を次々に立ち上げている。グワダル港(パキスタン)、ハンバントタ港(スリランカ)、チッタゴン港(拡張工事、バングラデシュ)、チャウピュー港(ミャンマー)などが典型例だ。
これらの計画のほぼすべてが中国側の借款で賄われている。援助を受けた国が債務不履行に陥ると、「借金のかた」として港湾の管理権を長期間支配する。いわゆる「債務の罠」によって、次々と拠点を確保しているのである。もちろん、中国海軍の艦艇の寄港を想定しているのは明らかだ。
トランプ政権は2025年12月に公表した国家安全保障戦略(NSS)で、南北米大陸、すなわち西半球の防衛を最優先に掲げるドンロー主義的な姿勢を示す一方、インド太平洋における対中国抑止も重視している。
ディエゴガルシア島は一見、イランへのけん制など中東地域を念頭に置いた軍事拠点に思える。だが前述の通り、実際にはインド洋に進出する中国を封じる役割の方がはるかに重要であり、インド太平洋を重視するNSSとも合致する。
また、中国は太平洋側に存在する米軍基地、すなわち沖縄やグアムなどに加え、背後にあるディエゴガルシア島の動きも非常に警戒しているという。
同島から広州までは約5600km、上海までは約6700km。射程1000km超と目される空中発射巡航ミサイル(ALCM)のJASSM-ERを搭載したB-2によるスタンドオフ攻撃は、防空レーダーでのキャッチが困難なステルス性能に優れることも相まって、遠距離攻撃の選択肢も広がる。
「インド洋の遠い話で日本には無縁」と考えそうだが、原油消費量の9割以上を中東に依存する日本にとって、ホルムズ海峡からインド洋へ抜けるシーレーンの安定は死活的に重要である。足元では、米イランの戦闘終結に向けた合意によりホルムズ海峡の航行再開が進む可能性もあるが、同海峡が一度でも封鎖されれば、日本経済への打撃は甚大だ。

オマーン沖のホルムズ海峡に停泊する船舶(写真:ロイター=共同通信社)
日本向けの原油を運ぶ超大型タンカーの多くは、ディエゴガルシア島の北方海域を経由する。また、欧州向けの大型コンテナ船の大半もインド洋から紅海・スエズ運河へ向かう航路を使っている。ディエゴガルシア島は、日本の安全保障とエネルギー安全保障にも直結する海域に位置しているのである。
トランプ氏の「ディエゴガルシアを含むチャゴス諸島取得」構想がどこまで本気なのか、現状では不明である。ただ、米イラン戦闘が終結に向かっても、インド洋を舞台にした“米中の陣取り合戦”が収束するわけではない。むしろ、中東危機の再燃に備える抑止拠点であり、中国のインド洋進出を封じる要石でもあるからこそ、ディエゴガルシア島の戦略的価値は今後も揺らぎそうにない。
筆者:深川 孝行
