トランプ氏とハリス氏(写真:Bloomberg)

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ワシントンDCのオフィスで取材に応じるジョン・ボルトン氏(取材はリモートで実施)

トランプ政権下で大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を務めた「反トランプ」の急先鋒、ジョン・ボルトン氏。2018年4月から2019年9月まで、側近としてトランプ前大統領を間近で見てきたボルトン氏は、実態なき「トランピズム(トランプ主義)」のもろさを指摘。トランプ氏が敗北し、ひとたび政界を離れたら、彼の影響力は急速に弱まると予測する。

【後編】では、ボルトン氏が大統領選の行方や「ポスト・トランプ」の共和党などについて語る。

前編】『「石破は安倍の後継者」トランプ元側近が語る本音』

ペンシルべニアが最も重要な州になる可能性

――11月5日の大統領選が間近に迫ってきました。全米レベルの世論調査では、ハリス副大統領がトランプ前大統領をリードしています。どちらが勝つと思いますか。

現時点で予測するのは不可能。ハリス氏のリードは誤差の範囲内だ。今回も大接戦だろう。最終結果は(一般投票の総得票数でなく)選挙人の数で決まるため、比較的少数の州における得票差が勝敗のカギを握る。つまり7つの激戦州だ(東部のペンシルベニア、中西部のミシガン、ウィスコンシン、南部のジョージア、ノースカロライナ、西部のアリゾナ、ネバダ)。

南部諸州では過去数十年間、共和党にとって有利な状況が続いている。トランプ氏が勝つためには、南部のジョージア州とノースカロライナ州を制する必要がある。ウィスコンシン州などの中西部は過去数回の大統領選で大接戦だった。東部のペンシルベニアが最も重要な州になる可能性がある。

――アメリカの外国人記者協会(FPA)が8月22日に主催した記者会見で、あなたは次のように話しています。「民主党は(8月の全国党大会で)、ハリス副大統領を現政権の一員としてではなく、『現状維持』の象徴であるトランプ氏に対峙して『変化』をもたらすことができる人物として、うまく位置づけた」と。

バイデン氏が今も民主党の大統領候補であったなら、民主党は窮地に陥り、トランプ氏がほぼ確実に勝利を収めることになっただろう。だが、ハリス氏の登板で選挙戦は大接戦の様相を呈している。勝者を予測できないのはそのためだ。

――あなたは一貫して、「トランプ氏は大統領職にふさわしくない。第2次トランプ政権はアメリカ、そして世界にとって危険だ」と訴え続けてきました。共和党員であるあなたにとっても、トランプ氏の復権よりハリス氏が勝って民主党政権が続くほうがいいのでしょうか。

トランプ氏が大統領になっても、ハリス氏が大統領になっても、国際的観点から言えば、アメリカにとって好ましいとは言えない。私に言わせれば、いずれも魅力のない選択肢だ。アメリカの同盟国から見てもそうだ。

トランプ氏は、北大西洋条約機構(NATO)であれ、日米同盟であれ、安全保障条約の重要性を理解していない。そうした取り決めが、当事者である同盟国すべてにとって価値があるということがわかっていないのだ。トランプ氏が復活するようなことがあれば、彼が同盟国に悪影響を及ぼすのではないかと、大いに憂いている。

ひるがえってハリス氏も、こと外交となると、副大統領としての3年半余りの間に学んだことくらいで、その経験は非常に限られたものだ。ハリス政権が誕生したら、少なくとも1年以上はバイデン政権の方針を大いに踏襲しそうだ。しかし、それでは、中国や北朝鮮、イランなどの脅威に満ちた世界にとっては不十分だ。

トランプもハリスも大統領にふさわしくない

――あなたがトランプ氏にもハリス氏にも1票を投じるつもりがないことは承知しています。一方、反トランプ派の代表と言ってもいいリズ・チェイニー元下院議員(共和党)も、彼女の父親であるディック・チェイニー元副大統領(注:ブッシュ<子>政権)も、ハリス氏への投票を公言しています。「国家」の安定を最優先し、ハリス氏に投票する一部の共和党関係者のように、なぜあなたはハリス氏に1票を投じないのですか。

トランプ氏もハリス氏も大統領にふさわしくないからだ。私にとって、それは「選択」であり、今回の大統領選では選択肢が存在しないのだ。甲乙つけがたい。私に言わせれば、いずれも不十分だ。

ディック・チェイニー氏がハリス氏への投票を明言したのには驚いた。私は、(無効票になっても)またチェイニー氏に投票するかもしれない。まだ決めていないがね。今でも彼を尊敬している。保守的な共和党員に投票したいのだ。それが誰であろうと、私が最終的に1票を投じるのは、そうした人物だ。

――トランプ氏が負けたら、何が起こると思いますか。2020年に続いて敗北を認めず、支持者らが連邦議会を襲撃した事件が再来するのでしょうか。

トランプ氏が負ければ、今回も選挙結果に異議を唱えるだろう。彼は2020年、まだ大統領執務室に身を置いていたとき、結果を覆そうとして失敗に終わっている。

ひるがえって今年、彼が選挙結果を知るのは、フロリダ州の私邸「マール・ア・ラーゴ」だ。プールサイドに座っているかもしれない。大統領ではない立場で結果をひっくりかえそうと試みても、前回に輪をかけて困難を極めるだろう。私はそうした試みがまた失敗すると確信している。

トランプ氏には、もはやワシントンにいたころのような権力はない。その違いが、前回とは異なる非常に重要な点だ。トランプ氏の支持者らが再び議会襲撃のために結集するとは思わない。そうしたやり方では大統領選の敗北に対処できないことが彼らにもわかったはずだ。

(支持者らが結集しなければ)トランプ氏は腹を立てるだろうが、支持者らは、もはやトランプ氏のために自らを危険にさらすようなことはしないだろう。

――支持者離れが起こっているのでしょうか。

一部の層におけるトランプ支持は依然として非常に強固だ。彼らは選挙プロセスの正当性に不信感を持っているが、「結果」を受け入れることが大切だ。

トランプ氏が、選挙結果に挑む正当な理由があると思うのなら、(大接戦だった)2000年の大統領選で民主党のアル・ゴア候補が共和党のジョージ・ブッシュ候補(子)に対してやったように、トランプ氏もハリス氏に法廷闘争で挑めばいい。

だが、法的権利を行使するからには、ひとたび裁判所や行政機関が判決を下したら、もはやそれまでだ。敗北を受け入れなければならない。それが「民主主義」の基本だ。

――トランプ前大統領は先月、アメリカのメディアに対し、今年の大統領選で負けたら2028年に出馬する意向はないことを明らかにしました。トランプ氏の言葉を信じますか。

今回ばかりは、彼が「本当のこと」を言っていると思いたいね。二度と出馬しないよう願っている。そうなったら、私にとっては嬉しい限りだ。

――今回の大統領選は、今後何十年にも及ぶアメリカの「運命」を大きく左右するものだと指摘する専門家もいます。トランプ氏が敗北した場合、共和党に大きな希望の光が戻ってくるのでしょうか。

トランプ氏が勝っても負けても、共和党の将来をかけた戦いは続く。その覚悟はできている。というのも、国家安全保障の観点から見れば、国際情勢において、「強いアメリカ」による平和の実現というレーガン大統領のアプローチを信奉することが重要だからだ。

共和党員の中には、トランプ氏に1票を投じるとしても現状に満足していない人がわんさといる。彼らはトランプ氏のほうがましな選択だと考えているだけだ。仮にトランプ氏が負けても、4年後の大統領選で、ほかの共和党候補者が選ばれれば、きっとハリス氏を倒せるだろう。

トランプ氏はアメリカ政治で「常軌を逸した存在」

――あなたは前述のFPA主催記者会見で、トランプ前大統領が負ければ、「その影響力は、たちまち消え失せるだろう」と指摘しました。トランプ氏には、共和党が継承すべき「(政治)哲学・理念」がないからだと。

世間では、あたかも「トランピズム」なるものが存在するかのようにいわれている。つまり、「イズム(主義)」と呼ぶべき哲学や理念があるかのように思われているが、実のところ、そんなものはない。すべてはトランプ氏の「特異性」でしかない。

彼の意思決定は、その場限りのものであり、必ずしも一貫性がない。損得勘定に基づいた取引なのだ。現時点ではバンス副大統領候補が後継者のように見えるが、継承すべき実質的なものは何一つない。

トランプ氏は、アメリカの政治において常軌を逸した存在だ。『スター・ウォーズ』のタイトル「A Disturbance in the Force」さながらに、アメリカ政治の「disturbance(混乱、かく乱)」そのものだ。ひとたび政界を離れたら、彼の影響力は急速に弱まるだろう。

――9月25日付ワシントン・ポスト紙の記事「The nativists have taken over the GOP(移民排斥主義者らが共和党を乗っ取った)」によれば、CNNの世論調査で、人種や民族、国籍の多様性が増すとアメリカ文化が脅かされる」と答えた共和党員は 55%に上るといいます。5年前は21%だったそうです。こうした状況下でも、トランプ氏の影響力はすぐに低下すると思いますか。

そう思う。(次期大統領選では)ほかの共和党指導者らが自らの将来をかけて競い合うだろう。トランプ氏は、まさに「過去」を象徴する候補者だ。これから先、何年も生きるだろうが、ジョニー・カーソン(注:2005年に他界したテレビ番組司会者・コメディアン)の話題など、昔話に明け暮れるだろう。

民主党はバイデン大統領に撤退を促し、次世代のために党を開放した。(ハリス氏の下で団結し)複数の候補者が名乗りを上げるような状況にならなかったことが、結果的に民主党にとって有利に働いた。

トランプ氏を好まない共和党支持者にとって、バイデン大統領が1年くらい前に撤退しなかったのはあまりにも残念だ。ハリス氏はトランプ氏より20歳近く若い。バイデン氏がもっと早く不出馬宣言をしていたら、共和党内で(トランプ氏では民主党の若い候補者に勝てないという認識が広がり)トランプ氏以外の候補者が選ばれ、彼の指名を阻むチャンスがあったかもしれない。

昨年のインタビューで、最も望ましいシナリオはトランプ氏の指名獲得を阻止することだと、私はあなたに話した。ほかの共和党候補者がバイデン大統領以外の候補者と戦うほうが、はるかにいい選挙戦になったことだろう。

共和党に有望な人材は多いが、「推し」はいない

――トランプ氏が負けた場合、共和党を元の軌道に戻すキーパーソンは?

キーパーソンは1人ではない。未来に向けたアイデアを持った人材がたくさん出てくるだろう。2016年と2024年の共和党予備選で戦った候補者が何人もおり、それ以外にも多くの新進政治家がいる。共和党の強さは、レーガン大統領の時代から一貫して、「アイデア(着想・考え・思想)の党」であることだった。候補者の「キャラクター」ではない。

だが、トランプ氏の選挙戦へのアプローチ法は「キャラクター」だけだ。「トランプ」という個性、それに尽きる。政策ではない。彼の問題はそこにある。

共和党が国政・外交問題にどう対処していくべきかについて、今後、党内で侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が展開されることだろう。

――2028年の大統領選で期待できそうな共和党の候補者はいますか。

有望な人材は数多いが、これという「推し」はいない。幸運にも、そのうちの多くの人々に会う機会を持てた。もちろん、候補者らについて私見はあるが、次期大統領選に出馬するかどうかを決めるのは彼ら自身だ。多くの人が出馬を真剣に検討してくれると、確信している。

(肥田 美佐子 : ニューヨーク在住ジャーナリスト)