どうしたらうまくいくのかは、自分でいろいろなことを体験する中で確立していくしかない。だからこそ、自分というものをしっかり持っていなくてはいけません(2019年撮影:尾形文繁)

日本を代表する企業・ソニーを襲った経営危機を立て直し、ソニー再生の立役者となった平井一夫氏。平井氏は「お金、会社、出世のために働いてはいけない」と言う。自分の人生を豊かに、幸せに生きるために、これからのビジネスパーソンはいかに働くべきか、自身の著書『仕事を人生の目的にするな』より紹介する。

自分のために働こう

まずお伝えしておきたいのは、先の見えない時代だからこそ、「自分」というものをしっかり持って生きていくこと、自分のために働くということが、このうえなく大切だということです。

誰も正解を教えてくれません。教えてくれないどころか、1つの正解なんてないのが仕事、もっと言えば世の中というものです。特にここ数十年の日本経済には、あまり明るい材料がありません。バブル崩壊後の停滞は「失われた30年」とも呼ばれ、しかもいまだにそこから抜け出す光明は見られません。目まぐるしくトレンドが移り変わり、どんな業界に「張れば」いいのかと、皆迷っています。

もちろん、いつの時代も、誰も、未来のことを明確に見通せたことはありません。ただ、その中でもとりわけ見通しが利きづらくて、誰もが不安や悩みを抱えているのが今の日本の実情でしょう。

2021年、私は「あらゆる子どもに、きっかけになる、感動体験をつくる。」をミッションに掲げ、「一般社団法人プロジェクト希望」を立ち上げました。そこで出会う子どもたちや、講演先などで接する10代の若者たち、そのご両親たちを見ていても、「みんな、先が見えない中で迷っているんだな」とよく感じます。

時代は大きく変わっていますから、あなたのご両親や上司が知っている成功法則が現代にも当てはまるとは限りません。それどころか、「失われた30年」を思うと、あなたのご両親や上司は、おそらくバブル崩壊後に社会人になった世代でしょう。

その間、日本経済はずっと停滞しているわけですから、そもそも自分たちなりの成功法則すら持ち合わせていない世代の人たちが、あなたの親となり上司となっている可能性が高いのです。

ともあれ、どうしたらうまくいくのかは、自分でいろいろなことを体験する中で確立していくしかない。だからこそ、自分というものをしっかり持っていなくてはいけません。

大切なのは自分の中の優先順位

何をしたいのか、何を大切にしたいのか、どう生きたいのか。仕事は自己を滅して従事するものだという考え方もありますが、私は反対です。ほかでもない自分の人生なのですから、まず自分の中での優先順位を大切にすべきでしょう。

他方、社会人になって数年の20代の人たちには「出世したくない」と考える人も多いようです。私としては、若い人たちには大いに仕事を楽しみ、成果を出して、将来的にはよきリーダーになっていってほしいので、もし「出世したくない」という傾向が強くなっているとしたら残念な話です。

とはいえ、若い人たちを責める気はまったくありません。なぜなら、もし「出世したくない」と考える若い人が増えているとしたら、それは若い人たち自身のせいではなく会社のマネジメント層のせいだからです。

そもそもなぜ、出世したくないのか。人は皆幸せを求めるものだと考えれば、答えは明らかです。出世を「自分の仕事人生の1つのゴール」として考えられない人が多いのだとしたら、その大きな理由の1つは「出世して幸せそうに見える人」を、ほとんど見たことがないからでしょう。

たとえば、「出世しても、ただ単に責任が重くなるだけ」「大変な仕事なのに、給料はほとんど上がらない」「部下の管理が大変」──日ごろ、こんな話ばかり聞かされていたら、「あの立場にはなりたくないな」と考えるようになっても不思議ではありません。

つまり若い人たちが「出世したい」「よきリーダーとなり、部下を率いて成果を上げたい」と思うかどうかは、リーダーの仕事内容から賃金面での処遇まで含め、そう思えるような環境や企業文化があるかどうかにかかっているわけです。そして、そんな環境や企業文化を作るのは、究極的には企業のトップです。

そうは言っても、現実にはひとたび会社に入ったら、基本的に、しばらくはそこで過ごすことになります。上司を選ぶことはできませんから、「ロールモデルとなるようなリーダーがいない」と文句を言っても始まりません。

そんな中、いかに働き、生きていくか。あなたの仕事人生が少しでも充実したものとなるよう、私から提示できることをお話ししていけたらと思います。

「そもそも、何をしたいのか」を考えよう

これからの人生を後悔なく歩んでいくためには「優先順位と、優先順位と、優先順位が大事!」と言ってもいいくらい重要なことなので、まず、この話をしたいと思います。

自分自身を振り返ってみても、ずっと優先順位を意識してきました。私の人生が周囲の目にどう映っているかはわかりませんが、自分では割と満足できる人生になっているなと思えるのは、常に優先順位を意識していることが大きいと思います。

当然ながら、すべてが思い通りになってきたわけではありません。この世はままならないものだと悔しい思いをしたこともたくさんあります。それでも、少なくとも「これも自分が選んだことの結果」と納得することができた。その時々で「自分にとって大切なもの」「自分がしたいこと」を大切にしてきたから、反省はあっても後悔はないのです。

優先順位とは、つまり「自分にとって大切なものは何か」「自分は何がしたいのか」ということです。こう言うと難しく聞こえるかもしれませんが、優先順位を定めること自体は、まったく難しくありません。それどころか、誰もが、いつもやっていることです。

たとえば、あなたは、朝、起きて最初に何をしますか。トイレに行く、顔を洗う、メールをチェックする、SNSを見る……。人それぞれだと思いますが、なぜ、それを朝一番にするかといったら、自分の中で優先順位が一番高いから、でしょう。

おそらく「これが一番大事!」と、はっきり意識してはいない。けれども無意識のうちに、人は絶えず優先順位をつけながら生きています。人生において自分の優先順位を大事にしようというのは、言ってみれば、そんな日々の優先順位の拡大バージョンであり、何もまったく新しい技能を身につけようと言っているわけではありません。

もう1つ、前提として重要なのは「優先順位は変わっていい」ということです。むしろ変わるのが自然ですから、ひとたび優先順位を決めたらずっとそれに従って生きるのではなく、常に「自分の優先順位、これでいいだろうか」と自問自答することが大切です。

先に例に挙げた朝の習慣だって、ひょっとしたら「起きて最初にSNSを見る」のは、単なる惰性かもしれません。そう気づいたのなら、「SNSを見るよりもメールをチェックするほうが大事かも。いやいや、何を置いても、まずトイレに行ってからのほうが、落ち着いてメールをチェックできるかな?」などと優先順位を見直す必要がありますね。人生も同じです。

かく言う私も、いまだに、よく優先順位を自問自答します。1つ身近な例を挙げると、最近はYouTubeやNetflixにハマってしまって、次から次へと見ているうちに、気づいたら日付が変わっていた、なんてこともしょっちゅうです。

そこではたと思うわけです。「あれ、これって僕にとって、そんなに大事なことだっけ? そこで考えてみると、今、一番、優先順位が高いのは、明朝早くからの仕事。ということは、すぐに寝なきゃ」と。

大事なことに支障が出るのは避ける

もし、「今は、この最高におもしろいドラマを一気観することが一番大事だから、夜更かししても観るんだ」ということなら、それでいいのですが、優先順位を見誤ったあまりに、本当はもっと大事な「明朝の仕事」に支障が出るのは避けなくてはいけません。


このように、日常的なことから人生を長く見据えたことまで、常に「優先順位は何か」を自問自答すること。また、「逆から問うてみる」のも1つの方法です。ある事柄の優先順位がわからなくなったら「それが失われた状態や叶わない状態」を想像してみる。そこで「すごく困る、苦しい、悲しい」と感じたのなら優先順位が高いということですし、「別に気にならないかも」と思ったのなら、実はそれほど自分にとって大事ではないということです。

会社経営では、常に「会社にとって何が一番大事か」を考え、時代背景や自社の経営状況などに応じて優先順位をアジャストしながら、歩むべき道を見定めることが必要不可欠です。

個人の人生もまったく同様です。「人生」という営みを「会社」という営みに見立てれば、そのCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)……すべての責任ある権限を持っているのはあなた自身です。

こればかりは、他の誰にも務まりません。「自分にとって何が一番大事か」を考え、状況に応じて優先順位をアジャストしながら歩むべき道を見定めていく。これができるのは、人生という営みの全権限を握っているあなただけなのです。

(平井 一夫 : ソニー元CEO、 一般社団法人プロジェクト希望代表理事)