「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」などのクラフトビールを製造・販売しているヤッホーブルーイング。クラフトビール市場でトップシェアを誇り、19年連続増収を続けているが、2004年頃は店頭から商品が消え、創業以来の危機を迎えていた。しかし、そのとき企業を支え続けたのは「ファンの存在」だったという。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回は、ヤッホーブルーイングでファンとのコミュニケーション施策を設計してきた佐藤潤氏に、ファンに愛されるための仕掛けを聞いた。

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「ファンは仲間である」と捉える企業DNA

DIGIDAY編集部(以下、DD):ヤッホーブルーイングといえば「ファンマーケティング」の好循環が注目されていますが、スタートは何だったのでしょうか。佐藤潤(以下、佐藤):ヤッホーブルーイングの創業は1997年で、当時地ビールブームの盛り上がりでビジネスは順調でした。ところが、2000年ごろに地ビールのブームが終焉を迎え、2004年頃にはほぼ売り上げがない状態に。そこで、創業者で代表取締役社長の井手直行は開店休業中だったECサイトを本格展開しはじめ、クラフトビールに対する熱い思いを綴ったメルマガを送りはじめました。すると「応援してるよ」「これからも美味しいよなよなエールをつくり続けてね」というメッセージが届きはじめたんです。あのとき助けてくれたお客さまは、ヤッホーブルーイングにとっては仲間のような存在。ですから我々は「メーカーとお客さま」という関係ではなく、フラットな関係だと考えています。2004年の危機は「ファンは仲間である」と捉える企業のDNAが生まれた出来事でもありました。以来、我々の活動はすべてファンコミュニティが中心になっています。

佐藤 潤(ジュンジュン)/株式会社ヤッホーブルーイング よなよなピースラボUnit(顧客体験デザイン)ユニットディレクター。2000年、IT系の会社に新卒で入社。インターネット事業部にて事業の立ち上げや、インターネット事業部の宣伝に責任者として従事。2012年、ヤッホーブルーイングに中途入社。通販部門、プロモーション部門、ファンベースマーケティング部門の部門長を歴任。19年、ファンとのコミュニケーション施策を設計する「よなよなピースラボ」を立ち上げ、ラボ長に就任。現在はCRM設計・CXデザインを探求する部門にて、オンライン・オフライン問わないファンとのコミュニケーション施策の企画や運営に携わる。著書に『ヤッホーとファンたちとの全仕事』(日経BP)がある。プライベートではNetflixで韓流ドラマを見始めた。『愛の不時着』からの『涙の女王』を完走。

DD:その後、2010年からリアルイベントをスタートされて、そこからのファンの盛り上がりは目を見張るものがあります。現在のファンマーケティングの全体像はどのようになっていますか?佐藤:我々は「顧客起点のマーケティング・コミュニケーション」と呼んでいて「顧客理解」「顧客育成」「顧客創造」を相互に連動させて、スケーラブルに実施していくこと目指しています。顧客理解は「ぞっこん度」で測ります。年に1回、SNSのフォロワー、通販の会員にアンケートを行い、ぞっこん度(ブランドロイヤリティ)を分析。ぞっこん度は5段階になっていて、「ぞっこん度5」はよなよなエールを「なんとなく飲んだことがある」人。「すっかりハマっている」という人は「ぞっこん度1」となります。アンケートでは飲用歴や飲用頻度、イベント参加経験、製品共感度などを聞いており、そこからおおよその年間利用金額も推計しています。ぞっこん度1のお客さまと比較して、ぞっこん度3〜5のお客さまには「好き」が足りないことがわかり、我々のKGIは「好きになってもらうこと」と定めました。そして、好きになってもらうには「好きの階段をのぼること」が重要だと定義しています。

「好き」を積み上げると強固なエンゲージメントが生まれる

DD:具体的にどういったイメージでしょうか。佐藤:まず好きになってもらう入り口は、世界観を好きになってもらうこと。選ばれるプロダクト(モノ)づくりです。ネーミングやデザインがそれにあたります。我々の商品は「インドの青鬼」「水曜日のネコ」など、ユニークなネーミングやインパクトのあるパッケージで、ご存じの方も多いかもしれません。製品を知り、飲んでもらったら「機能的な価値」(味や香り)を好きになる次のステップです。飲み続ける理由、共感(コト)の醸成で好きが積み上げられると、醸造所見学ツアーに興味を持っていただく方も増えていきます。機能的価値を好きになった次は「情緒的な価値」です。「週末のご褒美に飲みたい」など、気持ちの充足感です。このあたりまでくると、ぞっこん度3から2のアッパーミドル層となり、交流イベントなどにも来てくださいます。最終段階は企業への信頼(ヒト)で、ぞっこん度1のファンに。共創イベントなどにもお声かけをする存在となり、企画会議に参加してもらうこともあります。この順番で好きを積み上げると、極めて高いエンゲージメントでつながり合えることがわかりました。「顧客育成」「顧客創造」が回っている状態です。社内に目を向けても、全員が同じ目標に向かって、どのぞっこん度の人にどんなコミュニケーションを行うか、明確になっています。製品開発のチームは「ぞっこん度5」の人たちのためにはどんな商品をつくればよいか検討し、ブランドプロモーションチームは機能的価値や情緒的価値を高めるコミュニケーションを行う。そして次なるぞっこん度アップのためにイベントチームにパスし、作り手をもっと好きになってもらう、といった一体感です。これは、我々の「人格(ブランド)がブレない」という軸にもなっており、ブレないことは顧客体験のなかで非常に重要だと考えています。DD:この設計は佐藤さんが考えられたのですか?佐藤:私ひとりというわけではありませんが、ECを担当し、イベントを担当するなかで体感したことを組み立てていきました。私は前職のIT系で事業の立ち上げなどを行っていたので、当社での最初の配属はEC担当でした。ECチームはお客さまに想いを綴ったメルマガをお送りしており、私も3代目を務めましたが、メルマガなのに返信が来るんです。「面白かった」「話に共感できる」など。そしてイベントに来てくれて、そのパワーもすごい。何度も来てくれるリピーターもいますし、新しい友人も連れてきてくれる方もいます。このオーガニックな推奨パワーに驚いて、イベント専門チームを作るに至りました。実は、入社前は「メーカーなのになぜイベントのような大変なことをしているのか」と不思議でした。ですが、入社したらその価値がわかりました。DD:イベント専門チームまで立ち上げてしまうとは、イベントへの熱量は相当なものですね。佐藤:当社では立候補で部署を立ち上げることができます。年に1回、プレゼンの機会があり、プレゼンに通れば誰でもリーダーとして部署を持つことができます。私はECを卒業してイベント専門チームを立ち上げ、いろいろなお客さまと会う機会が増えました。するとヤッホー愛を語ってくださる方、よなよなエールを愛飲してくださる方などに会えるようになります。そして「定量的に捉えたい」と思うようになり、今度はイベントチームを卒業して顧客調査と顧客体験をつくる今のチームを立ち上げました。ちょうど会社の規模も大きくなり、いろんなことができるようになったタイミングで「顧客理解」をしっかり行おう、と設計しました。

企業文化を見てファンは「ファン」になってくれる

DD:熱狂的なファンもいるというユニークな商品はどのように生まれているのですか。佐藤:基本的にはブランド戦略チームが中心となって開発しますが、社内で希望する人は本業と兼務になりますがプロジェクトメンバーに入ることができます。そして徹底的にターゲット分析を行い、商品名の決定からデザインまで約1年をかけて開発していきます。ターゲット像は「どこの駅に住んでいて、職業は何で、どんなファッションが好きで、趣味は何か」など、詳細に設定。そして、そのターゲット像に近い方に徹底的にインタビューをして、味の方向性なども決めていきます。日頃からファンの方と接点を持っていることもあり、よりリアルなターゲット像をイメージして商品開発を行っています。DD:ファンとの距離が極めて近いのは、「企業DNA」による組織カルチャーも影響していると感じられます。佐藤:2004年の危機以降、代表の井手は売り上げよりも組織づくりから着手しました。個人の能力に頼らずに一体感のあるチームになること。たとえば、当社では全社員ニックネームで呼ぶことが徹底されています。私は「ジュンジュン」で、井手は「てんちょ」です。イベントは専門チームでなくても希望をすればどの部署からも参加できますし、醸造所ツアーも誰でも案内係になることができます。全員がお客さまとの接点を持つことができます。会社の中心にファンの存在があるので、どの業務でも「ファンはどう考えるか」「ファンにとってどうなのか」という視点が必ずあるのです。DD:佐藤氏の著書に、「ファン主催のイベントに招待された」というエピソードがありました。サプライズの替え歌で感動し、号泣されたとありましたが、最近のファンとの交流エピソードはありますか?佐藤:イベントチームから分析チームに異動して調査系の仕事が多くなってしまったのと、コロナが5類に移行したこともあって、個人的にファンの方々に会いに行くようにしています。SNSを見ていても、この5年間でちょっとお客さまのテンションやトーンが下がっているように感じたこともあり、去年あたりから会いに行くようになりました。そうしたら「会いに来てくれてありがとう」とすごく喜んでくれて、大きなイベントもコロナ以降行っていなかったので「寂しい」といってくださる方も。地域ごとにファン同士で交流会も開かれていたようで、変わらぬ「ぞっこん度」の高さが嬉しかったです。ことしの5月には、5年ぶりに大型野外ファンイベント「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)2024 in 新緑の北軽井沢」を実施して、改めてその熱量に感動しました。DD:ビールという商材は飲み会や野外フェスに合う、コミュニティとして盛り上がりやすいと思いますが、ほかの商材だった場合でもヤッホー流のファンマーケティングは機能すると思いますか?佐藤:他社のマーケターの方と話す機会も多いですが、ファンコミュニティというのは課題感や関心ごとが明確にあればあるほど集まりやすく、盛り上がります。たとえば商品が「薬」だとすると野外フェスにはならないかもしれませんが、ユーザー同士の悩みや分かち合いたい心理で、むしろシェアできる場は求められるはず。「何の軸で集まるのか」ということが明確であれば必ずファンはいるし、ファンの「好き」を考えて行けばヒントはたくさんあると思います。東京営業所には「よなよなエール」のパッケージにも描かれている月が壁面に。「特別な晩だけでなく、毎晩エールビールを楽しんでほしい」という想いが込められている。インタビュー・文/島田ゆかり企画・構成/坂本凪沙(DIGIDAY JAPAN)撮影/三浦晃一