銃撃を受け流血しながらも拳を突き上げたトランプ大統領(写真:Getty Images/Anna Moneymaker)

元トップが演説中に凶行に襲われる。デジャブだと思った人もいるかもしれない。

7月13日(現地時間)にトランプ前大統領が銃撃された事件。奇しくも安倍晋三元首相が同じく演説中に銃弾に倒れ亡くなったのと同じ7月に起こった。

アメリカ・ペンシルベニア州の集会で演説していたトランプ氏。そこに20歳の青年が発砲し、右耳付近を負傷した。容疑者はシークレットサービスのスナイパー(狙撃手)によって“無害化”(狙撃をして動きを制止)されて死亡、集会の参加者も1名亡くなったという。

トランプ氏の「ガッツポーズ」は危険だった

流血しながらも拳を突き上げるトランプ氏の姿は有権者へのアピールとしては完璧で、迫力があったものの、ふと疑問に思った人もいるかもしれない。

「トランプ氏を銃撃した犯人は鎮圧されたものの、他にも狙撃犯がいるかもしれず危ないのではないか……?」

最初に断言しておくと、今回、銃撃を許したことは管轄警察署(警備本部)とシークレットサービス(日本でいうSP〈セキュリティポリス〉)の失態だったが、撃たれた後の行動は完璧と言っていいものだった。

しかしその中で唯一、安全な場所へ避難する“トランプ氏の頭が丸出し”という、明らかに危険な状況が発生したのだ。

VIPの警護を経験している筆者の正直な感想は、「トランプ氏のガッツポーズは、警護対象者にはやってほしくない行動だな」ということ。せっかく防弾チョッキを着た自分たちで囲い、安全を確保しているのに、自ら危険な状況に飛び込んでいるからだ。

ここでトランプ氏の頭をねじ伏せてでも自分たちの盾の中に入れることもできただろうが、現時点で世間的には「トランプ氏よくやった!」という評価だ。

勝手な行動を許したらダメだろうという意見はあるものの、結果的に有効なアピールとなったし、政治家にとってそれは重要なことなので、どこまで許すのかは難しいところだ。

2022年7月8日に奈良県で起きた安倍元首相の悲劇も、そばに警護がついていなかったことが問題だった。これは、日本の伝統的に、応援演説の際、有権者に対して物々しい雰囲気を出したくないという配慮があったためだ。これが政治家の警護の難しいところでもある。

今回の事件の場合、1発目の銃弾がトランプ氏の右耳上部を貫通した3秒後には、そばにいたシークレットサービスがトランプ氏に覆いかぶさっている。日本と違い、半径1m以内の直近警護ができていたからだが、トランプ氏のガッツポーズまでは止めることができなかった。

日米のシークレットサービスの違い

改めて、事件の時系列はこうだ。

壇上で演説していたトランプ氏。銃声が鳴った直後、トランプ氏は右耳を押さえ、すぐにしゃがみ込んで演説台の下に身を隠した。3秒ほどで近くにいたシークレットサービスがその身体に覆いかぶさる。


銃撃直後、しゃがみ込んだトランプ氏に覆いかぶさるシークレットサービスたち(写真:Getty Images/Anna Moneymaker)

その後30秒ほどで武装した機動隊員が壇上に上がり、周囲を警戒。さらに30秒ほど待機した後、シークレットサービスと機動隊に囲われたトランプ氏が壇上から降りて、車に乗り込んだ。

安倍元首相のときは、1発目の凶弾が外れたのに、その後すぐに身を隠したり、SPが覆いかぶさったりすることができず、2発目の悲劇に見舞われてしまった。これは銃社会であるアメリカと日本とでの違いでもある。

トランプ氏は現職のときに銃撃された場合の行動指導を受けているはずで、すぐに身を隠すことができた。また、アメリカでは直近警護が常識となっているので、シークレットサービスも機敏な行動を起こすことができたのだ。

防弾チョッキを着ているとはいえ、頭は丸裸の自分の身体を盾にして警護対象者を守るとは、シークレットサービスはまさに命懸けの仕事である。

自らの身体以外にも、2023年4月15日に和歌山県で岸田文雄首相が襲撃された事件では、SPが携行型防弾盾(カバンの形をした盾)を使用する光景が見られた。

今回のような狙撃による襲撃でも、このような道具が有効かといえば、実はそうではない。このアタッシュケース型の防弾盾は日本独特のもので、防弾仕様になってはいるものの、刃物などの接近戦を想定している。他の国では見かけることはあまりない。

銃撃の最中にカバンを開いて掲げていてはまず間に合わないし、警護対象者を覆える面積も少ない。何より、シークレットサービスの鉄則は「自分が盾になる」ということ。防弾チョッキを着た自分たちが盾になるほうが確実で早いのだ。だからこそ、警護対象者の近くに配置されている。

日本のSPもそれが鉄則には変わりない。しかし、安倍元首相の事件では、1m以内で警護し、1発目の銃声を聞いた瞬間にタックルしてでも安倍氏の姿勢を低くさせる(的を小さくする)必要があったが、できなかった。

カウンタースナイパーは銃撃犯に気づいていた?

前述したように、今回の事件は、銃撃後のシークレットサービスの動きは完璧だった。しかし、トランプ氏が銃撃され、死亡者も出てしまったのには、大きな失態が2点あったからだ。

1つ目は、「高所警戒」が杜撰であったこと。高所警戒とは、狙撃犯が潜む可能性がある建物を警戒することである。

今回、事件の現場となった会場のそばには建物が多かったわけではない。しかも、容疑者がいたと思われる建物は130mほどしか離れていなかった。この見落としは、通常では考えられないことだ。

日本の場合、地元警察が警備に当たるが、基本的に1つの建物に最低でも警察官を1名配置する。例外として、ビジネス街などビルの数が多い場所の場合は、複数の建物を警戒させることもある。ビルを3つ担当するとしたら、当日はその中でも一番高いビルに登って、そこから残り2つを警戒することになる。

高所警戒というものの、下から上を見上げるパターンもある。例えば10階建てビルの複数階が空きテナントの場合、そこがスナイパースポットになりうるので、人が潜んでいないかを警戒する。

もちろん事前に、ビルの所有者や管理会社、不動産会社に連絡し、警戒する建物に空きテナントがあるかを確認、警察官を入れることが可能かどうかを交渉する。

また、さらに高所からヘリコプターが巡回することもある。高所警戒がついているビルとついていないビルを把握しているため、把握していない人物がいたら本部に連絡がくる仕組みだ。事前に、この時間には屋上に上がらないでくださいね、とビルの管理者には連絡をしておく。

今回、こうした警戒が徹底されていなかったということだろう。一般の参加者から「銃を持った怪しい人物がビルに入っていった」と情報提供があったといい、なんともお粗末な結果となってしまった。

2つ目は、この参加者からの不審者情報が生かされなかったことだ。

もしこれが生かされていれば、警備本部からシークレットサービスのカウンタースナイパーに無線がいき、犯人が銃撃する前に無害化することができた。または、トランプ氏の直近にいるシークレットサービスが演説を止め、トランプ氏の安全を確保できたはずだ。

警備本部とシークレットサービスとの連携ができていなかったのか、それともスナイパーが狙撃を躊躇したのか。今後解明されるだろう。

ただし、無線の有無にかかわらず、ビルに登ってくる人がいたら気づかないことは通常ありえない。また、動画にはカウンタースナイパーが犯人に気づいているような瞬間も残っている。なぜ撃たなかったのかは疑問だ。

実は、銃声がしてから場所を特定するのは難しい。銃声がこだまし、音がする場所を突き止めにくくなるからだ。だからすぐに無害化できたのは、銃声の前に犯人の場所を特定できていたからではないか。何らかの理由で狙撃を躊躇したのだろうか。

日本で即座に「無害化」するのは難しい

警護計画は失敗し、民間人の犠牲者も出てしまった。だが、犯人はすぐに無害化することができた今回の事件。では、日本で同じようなことが起こった場合、どうなるだろうか。

残念ながら今回のようにスムーズに鎮圧できるかといえば難しい可能性がある。日本では人を撃つということに対して、抑制的だからだ。犯人を生きて捕らえよという意識が強い。

拳銃を使用できる条件も厳格で、警察官職務執行法第7条では「犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては〜」と、発砲できる条件が定められている。

普段、銃を使用する機会のない警察官が瞬時に判断できるかというと疑問だ。実際、筆者も23年間の警察官人生で発砲したことは一度もない。

海外の警察官にこのことを話すと「信じられない」と驚かれる。向こうでは人に銃口を向けて引き金を引こうとしていたら、撃っていいのは常識だからだ。

古い事件になるが、「瀬戸内シージャック事件」(1970年)では、広島県警のスナイパーが犯人を狙撃し、人質を救出した。結果的に犯人はこれにより死亡。「狙撃は正当だった」とされるも、バッシングの向きもあり警察官は悩みに悩んで退職したという。

警視庁では、機動隊の銃器対策部隊とSAT(特殊急襲部隊)、SIT(特殊事件捜査係)にスナイパーが所属しているが、彼らであっても実際の発砲は躊躇うかもしれない。

そもそもアメリカと違い、日本ではVIPの警護に必ずしもスナイパーがつくわけではない。安倍元首相の事件時にはついていなかったと思われる。

ついたとしても、アメリカのように屋根の上でスナイパーが銃を構えて警戒している図を見ることはない。

スナイパーを剥き出しの状態で配置することは「撃つぞ」というアピールになるが、日本では前述した通り、VIPの警護では物々しい雰囲気を避ける傾向にある。基本的には見えないところで待機していて、銃器を構えているところを見せることはない。それゆえ急な対応は難しいだろう。

日米で起きた、VIPを襲った悲劇。事件を受けて、警察庁は14日、要人警護の徹底を都道府県警に指示した。教訓は生かされるだろうか。

(松丸 俊彦 : セキュリティコンサルタント)