市原隼人(撮影=池村隆司)

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 向井理が主演を務めた『テレビ東京×WOWOW 共同製作連続ドラマ ダブルチート 偽りの警官 Season1』。その続編となる市原隼人主演のSeason2が、WOWOWにて毎週土曜22時より放送・配信中。

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 本作は、近年ネットの普及と共に拡大し続ける様々な詐欺被害をテーマにし、正義と悪を使い分けながら法では裁けない悪を裁くクライムエンターテインメント。Season2では、巨大詐欺組織を喰らう詐欺師・田胡(市原隼人)が主人公。危険なマネーゲームに挑む田胡の物語が、捜査二課や警察官でありながら詐欺師の裏の顔を持つSeason1の主人公・多家良(向井理)の物語とどのように交差していくのかが見どころだそう。

 そんな本作で主演を務める市原隼人にインタビュー。市原が作品に対して感じるおもしろさや、役者としての自身の魅力をどのように自己分析しているかなど話を聞いた。

「普段人が見せたくない姿を見てしまうような作品」

――Season2の主演オファーをもらった時の気持ちを教えてください。

市原隼人(以下、市原):WOWOWという媒体は、僕にとって1つの憧れでしたので、素直に嬉しかったです。WOWOWでしか成し得ない表現方法や物語の掘り下げ方、人物の心情の引き出し方というものは、非常にクオリティの高いものだと思っています。地上波だけでは決して掘り下げきれなかった人間の痛み、苦しみ、苦悩、愛情……命や家族。いろんなものをより深く、掘り下げる人の心情というものが出てくると思います。

――Season1は地上波で、Season2はWOWOWで描かれることで生まれる価値もあるように思えます。

市原:地上波でしか成し得ない見せ方とか、作品のおもしろさというものがテレビ東京のSeason1で描かれてると思います。我々はWOWOWのSeason2でしか成し得ない、より深く掘り下げる、詐欺師の観点での詐欺師の世界を舞台にした駆け引き、それがどんな結末を迎えられるかというところに力を入れているので、ぜひ着目していただきたいです。

――Season1とSeason2、それぞれの側面から物語を見せることで作品の厚みも増しそうです。

市原:Season1は警察目線の世界が舞台でしたが、Season2は詐欺師から見た詐欺師の世界が舞台になります。またガラッと変わりますが、厚みが増すうえ、作品全体が伝えたい理念というのはブレていませんが、テイストは全く違う作品だと思っていただければ。

――“クライムエンターテインメント”と謳われていますが、視聴者の方は観た後でどのような気持ちになると考えますか?

市原:考えさせられる作品だと思います。普段人が見せたくない姿を見てしまうような作品かなと。田胡という人物は、決して美化される人間でもないですし、美しくもなくカッコよくもないんですけど。ただただ生々しく生かされている姿を見ていただいて、いろんなことを感じていただけると嬉しいなと思います。

――田胡という人物を演じてみての感想を教えてください。

市原:今回、今までにないほどに、役へのアプローチに悩んでいるところがあります。これだけの悩みをいただけるということは、役者としての醍醐味なので、その苦悩をそのまま役に投影していきたいなという思いがあります。

――どういったところで悩んでいらっしゃるんですか?

市原:詐欺師でありながら詐欺師を騙したりするようなシーンや、詐欺師との駆け引きがあるんですね。そういうシーンを、いかにしてそのテンポ感とかセリフのやり取り、会話の間の使い方、やり取りを自分のペースに持っていくかということを考えています。果たして詐欺師という肩書きは、なりたくてなったものなのか、あるいは運命だったのか。外に出て、人を騙し、また帰路につき、家にいるときとではやっぱり顔が違う。彼は拭えない影を常にもち続けている人物なんです。だから、いったいどんな過去があり、その言動は怒りなのか悲しみなのか愛情なのか、快楽なのか、その原動力というのがどこにあるのか。さまざまな相手を前に駆け引きをし、自分の人生を見つめていく中で、何が正解なのかわからなくなっていくさまが難しいなと感じています。

――なるほど。

市原:そんな田胡悠人が行き着く先はどこなのかを追っていただくことで、観ていただいている方にも共鳴してもらえるのではないかと思っています。

――Season1の主人公・多家良と、市原さんが演じる田胡は似ているようで似ていない印象があります。

市原:自分の信じる道を追いかけるために、悪に対しての必要悪が必要なのかどうなのか。自分の希望を見出すために必要な道理は何なのかを追い求めている。そういう答えがまだ出ていないところは似ているような気がしています。

――田胡は大きな野心を持っている役だとも感じました。市原さん自身は、俳優人生において、どのような野心を持っていますか?

市原:「いい仕事が来ればいいな」ではなく、「いい仕事にしなければならない」という思いで、目の前のものと向き合っていますが、いつか一世一代の芝居というものをしてみたいなと思っています。極端な話、自分で満足のいく芝居をしたいなと。その中で、1人でも多くの方の気持ちを動かせるような芝居ができればいいなと思ってやってます。

“役者の醍醐味”を知った20代前半「もっと作品に入っていきたいと」

――市原さんご自身は正義と悪、どちらを演じる方がしっくりきますか?

市原:選べません。僕は役者として常識と非常識を同じ分量で持っていたいんです。ですが、純粋に、誰かの犠牲の上に成り立つ正義はないと思っているので、完全な正義は称賛してはいます。

――常識と非常識を持っていたいというのは、どういうことでしょうか?

市原:役者は矛盾だらけの職業で、常に虚像のものを追いかけています。「わからない」という思いはないんです。でもどこかで役に近づきたいという思いがあり、一線を越えてしまいたいという、理性がなくなる瞬間があるんです。それが役にアプローチする瞬間なんですけど、そのときに無駄な足枷はすべてなくしてしまいたいので、そういう思いをもっていたいなと。

――それは、いつ頃から考えているのでしょう?

市原:自分の職業の醍醐味を知ったときです。より作品に入っていきたいと。

――醍醐味を知ったのはいつ頃ですか?

市原:未だに醍醐味の全ては知ることはできていないですが、20代前半の頃からです。何か頑張りたいと思っていても、常に空回りで、どこで頑張っていいかわからなかったのですが、作品を観ていただくお客様から、声をたくさんいただけるようになり、「役者というものはお客様に届けるためにあるものなんだ」と気づいた時からです。その頑張るべきポイントというのを、自分なりに考えられるようになってからです。

――観ている方からの声が届くようになったことが大きいんですね。

市原:「あと何カ月しか命がないんですけども、市原さんの作品を観ると笑顔になれるんです」とか、「今日、目の手術で、もしかしたらもう目が見えなくなってしまうんですけど、最後にあなたの作品を選びました」とか、「学校に行く勇気がなかったんですけどあの作品を見て学校に行けるようになりました」とか、「家族の会話が増えました」とか、「生きる糧を作品によっていただきました」とか、そういう想いを届けてくださる方がいることを知って、もっと作品に入っていきたいと思うようになりました。

――WOWOWプロデューサーの堤口敬太さんが、コメントで「市原さんは、観るものを一瞬にして作品へ引き込む求心力と存在感がある」と話していました。市原さんは、自身の役者としての魅力や強みはなんだと考えていますか?

市原:僕はもう本当に自信がないんです。自信がないからこそ、とにかく何かを積み上げて現場に入らないと不安で不安で仕方がない。それが形になればいいなと思いますが、なかなか自分自身ではわからないので。あえて言うなら、いくら滑稽な姿であっても恥ずかしい思いをしても、役者としてしがみついていたいと。それが泥臭くていいんじゃないかとは思います。それから作品や映像に、どれだけ感情を残せるかというのを常に心がけているので、そこだけしか考えてないかもしれなません。(文=於ありさ)