メキシコ初の女性大統領となるクラウディア・シェインバウム氏(写真: Luis Antonio Rojas/Bloomberg)

6月2日、メキシコの大統領選でメキシコ市市長のクラウディア・シェインバウム氏(61)が勝利した。10月に大統領に就任することになっている。メキシコの200年続く大統領制で初の女性大統領の誕生である。

殺害のほかに、テロや脅迫、誘拐も

初の女性大統領が誕生したということに注目が集まったが、それ以上に世界の目にとまったのは、選挙選が始まった2023年6月4日から今年5月29日までに大統領候補者を含む多くが殺害されたことだ。

ディアリオ・ロス・アメリカスによると、同期間中に政治家に対する攻撃が320件報告され、そのうち93人が暗殺された(そのち36人が当選候補者と予備候補者)。このほか、脅迫された被害者は131人、テロ被害者は77人、誘拐された人は17人に上るという。

選挙戦中もあまりの犯罪の多さから、全国17万182カ所の投票所のうち、200カ所余りが危険であるとされて閉鎖された。

にわかに信じがたい事態であるが、なぜこんなにも犯罪が起こるのか。その理由は犯罪組織と政治家警察、軍人、判事らが癒着しているからである。具体的には、麻薬犯罪組織カルテルと、その下請け的なギャング集団がはびこり、そうした組織と政治家などが密接に関係しているのだ。

犯罪の核となっているのはカルテルだが、現在までに存在が確認されているカルテルの数はおよそ50。その中でも巨大なカルテルが2つある。「シナロア(Sinaloa)」と「ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG)」である。

後者はもともと前者の下請け的なギャングとして活動していたが独立して、今ではシナロアに対抗する勢力にまでなっている。CJNGは最も乱暴なカルテルというのが定評になっている。両方ともアメリカでの麻薬密売のトップであり、またラテンアメリカ諸国でも勢力を伸ばしている。

シナロアが1990年代から急成長したのは、特にフェリペ・カルデロン大統領の時代に庇護を受けていたからである。シナロアから同大統領に他のカルテルの動きの情報を提供して政府が警察や軍隊を派遣して彼らの活動を取り締まる。その代わりに、シナロアの活動には政府からの介入を控えるという暗黙の了解があったのだ。

カルテルは幅広い犯罪に手を染めている

カルテルは麻薬の密売以外に原油、天然ガス、鉱物資源などの密売、さらにアメリカに不法移民しようとしている人たちからひったくりなどといった犯罪も行っている。

また、資金力のある組織は、アメリカやメキシコの特殊部隊に所属していた戦闘員を高級で雇い、メキシコの軍隊や警察に武力的にも対抗できるだけの武装集団を組成している。

カルテルの手先になって路上で細かな犯罪を行っているのがギャング組織で、全国に200以上あると言われている。彼らの活動が活発な自治州はゲレロ、メキシコ自治区、プエブラ、オアハカなど8つ。こうした地域では犯罪組織の勢力争いが盛んで、組員同士の殺し合いが頻繁に起こっており、これに巻き込まれてしまう一般市民も少なくない。

選挙戦になると、候補者へのゆすりなどの頻度が増える。候補者が選出された暁には彼らから便宜を図ってもらって犯罪活動を容易にするためだ。それを受け入れない候補者に対しては、犯罪組織は殺害もいとわない。大統領選挙に加えて上下院や地方自治体の選挙も同時に実施されるので、ゆすりの対象になる候補者は余るほどいる。

警察や軍隊に取り締まりを要請しても、警察官や軍人も犯罪組織と癒着していることが多い。また、警官などは安月給のため、犯罪組織に協力して手数料をもらうということもある。

そのため、ゆすりや誘拐事件があっても、被害者の家族や関係者はまず自らで解決の手段を見つけようとする傾向にある。犯罪の通報を受けた警官が犯罪組織に関係しているかもしれないからだ。それでもらちが開かない場合、仕方なく警察に助けを求めることになる。

また、犯罪者だとして逮捕されても、証拠不十分で釈放される場合が往々にしてある。犯罪証拠を集めるのが難しいためだ。犯罪を起こしても逮捕されることがないとわかっていることもあり、犯罪者は究極行為に及んでしまうこともある。

1日120人以上が殺害されている状況

メキシコがアメリカと国境を接している以上、そして、麻薬のアメリカへの密輸が続く限り、今後もカルテル、ギャングと、政治家警察、軍人、判事らとの癒着は続く。しかも、カルテルとギャング間の縄張り争いからメキシコが解放されるとは見通しにくく、犯罪行為はこれからも続くとみるしかない。

例えば、現在のロペス・オブラドール氏が大統領に就任した2018年から2023年までに殺害された人数は以下の通りである。


毎日120人前後がオブラドール政権中に殺害されており、これは異常でしかない。しかし、メキシコではそれがもう日常の出来事として定着しているのだ。これを撲滅させるにはカルテルを消滅させる以外にない。それは現実には不可能に近い。

それどころか、カルテルの影響力は次第に拡大しており、カルテルはメキシコのみならず、ラテンアメリカ各国で勢力を増している状況だ。

また彼らの素業を調査して暴くジャーナリストは文字どおり命がけで報道業務に取り組まねばならない。報道や表現の自由などに取り組む国際組織「アーティクル19」の調べによると、メキシコで2000年から今年4月までに殺害されたジャーナリストは164人に上る。

ちなみに、これはあくまで死体が見つかったジャーナリストの数である。行方不明となっているジャーナリストも一般の市民と同様に多くいる。 例えば2006年から2023年までの行方不明者はおよそ1万5000人に達する。

新大統領下でも犯罪を減らすのは困難か

新大統領に選出されたシェインバウム氏も犯罪件数削減は使命として背負っているが、実際に減らすことは難しいと認識しているのではないか。

むしろ、同氏の焦点はオブラドール大統領の意思を継いで憲法を改正し、最高裁の裁判官を有権者が投票で選ぶようにするということで、それによって公平な裁判制度ができると考えているようだ。つまり、有権者を説得して、政府が望む裁判官を法廷に送り込みたい狙いがある。

だが、これが実現すると司法の中立性が失われるおそれがある。これでは犯罪を撲滅することは難しいだろう。

(白石 和幸 : 貿易コンサルタント)