記事のポイント

レコーディング・アカデミーとIBMが新しいツール「AI Stories with IBM Watsonx」を導入し、テキスト、画像、アニメーション、動画などをグラミー授賞式前および最中に生成する。

今回の背景には、ジェネレーティブAIがアーティストおよびレコードレーベルに及ぼしうる潜在的影響力への対応に苦慮する音楽業界の姿がある。

AI StoriesはIBMのWatsonxプラットフォームとMetaのLlama 2言語モデルを使用し、音楽に特化したデータを活用。クリエイティブかつフリーフォームで、なおかつ正確なコンテンツをいかにして創造するのかが、課題だったという。


2024年度グラミー賞授賞式で、一風変わった和音を奏でようと目論む者がいる――その名はWatson(ワトソン)だ。

「音楽界最大の一夜」とも称される同イベントにおいて、レコーディング・アカデミー(The Recording Academy)とIBMは今年、「ジェネレーティブAIを利用して同賞のソーシャルチャネル用にコンテンツを創造し、音楽ファンがAI生成コンテンツとエンゲージできるようにする」とDIGIDAYに話した。

その新ツール「AI Stories with IBM Watsonx」は、授賞式の前および最中に、さまざまなソースとリアルタイムニュースを元にして、テキスト、画像、アニメーション、動画を作成する。AI Storiesを利用するレコーディング・アカデミーの編集チームだけでなく、ファンも同じく、グラミーのWebサイト上のAI機能を介してテキストを生成し、それを既存のビジュアルアセットに統合できるようになるという。グラミーのWebサイトはまた、2月4日の授賞式のライブストリームといった動画も配信する。

さらにはAI Storiesを利用し、100組以上に及ぶグラミー候補および受賞アーティストの情報を共有するコンテンツも制作。それらの学習データは、レコーディング・アカデミーのコンテンツおよび他の過去データ、アーティストページ、ウィキペディア(Wikipedia)のプロフィール、音楽およびグラミー賞に関する記事など、おおやけに公開されている幅広いコンテンツから入手したようだ。

実験は授賞式のなかで



「実際、我々のコンテンツシステムには数百万のニュース記事がある」と、レコーディング・アカデミーのデジタルストラテジー部門VP、レイ・スターク氏は話す。「検索をかけて答えを見つけるだけでなく、そのコンテンツを見て、そこから今まさに業界内で話題となっているトピックに移る、という場合もあるだろう。すべてが極めて迅速に動くことになる」。

「目指すのはAIを使った実験であり、授賞式中にできるだけ多くのリアルタイムコンテンツを制作したい」と、スターク氏は言う。実際、Watsonの利用をIBMに打診する前からすでに、レコーディング・アカデミーはコンテンツ制作にAIを利用すると同時に知的財産(IP)を保護できる案を温めていたという。レコーディング・アカデミーとIBMはさらに、正確性を担保し、授賞式中の速報に基づくアップデートを確実にするべく、同プロセスに人間も介在させるという。

スターク氏はジェネレーティブAIの利用をあくまで、同社編集チームによるトピック検索およびコンテンツ創造を促進する付加的なものと捉えている。そして、ユーザーにプロンプトを手当たり次第に使わせるのではなく、レコーディング・アカデミーがあらかじめプロンプトを用意しておき、それを利用させることで、アウトプット/IP絡みのリスクを低減するという。

「我々のコンテンツマネジメントシステム内にあるすべての優良コンテンツに目をやり、我々の歴史、記録および賞に関するデータをふり返ること、それが我々のコンテンツ戦略の核だとわかる」と同氏は話す。

AIの影響は音楽業界にも



今回の実験の背景には、ジェネレーティブAIがアーティストおよびレコードレーベルに及ぼしうる潜在的影響力への対応に苦慮する音楽業界の姿がある。2023年、ユニバーサル・ミュージック(Universal Music)は音楽パブリッシャー2社とともに、AIスタートアップのアンスロピック(Anthropic)を提訴した。後者が著作権登録済の歌詞を使ってAIに学習させ、同社チャットボット、クロード(Claude)の回答にそれを組み入れた行為は著作権法に違反すると、前者は訴えている。

その一方で、今回のアカデミー賞へのジェネレーティブAI投入は、レコーディング・アカデミーによる2023年のAI生成音楽に関する新たな規定の発表を受けてのものでもある。同年夏、レコーディング・アカデミーのCEOハーヴェイ・メイソン・ジュニア氏は、AIを(たとえば歌声や演奏に)利用したアーティストも、人間が依然として「適切なカテゴリーにおいてクリエイティブに貢献した」と証明できれば、候補者の資格を得られる旨の発言をした。

このたびのAI実験は、レコーディング・アカデミーとIBMが7年前から続けてきたパートナーシップによる最新の試みであり、両者は今回、グラミー賞の場を利用してWatsonxのさまざまなオファリングを販促したいと考えている。またこれは、レコーディング・アカデミーがAI生成コンテンツの作成に大規模言語モデルを初めて利用した試みでもある。IBMは契約の詳細こそ明かさないが、同社スポーツ/エンタテイメント部門VPノア・サイケン氏によれば、今回の提携には双方による金銭的投資も含まれているという。

「我々が創造しようとしているこのエンゲージメントを、たとえば私のような50歳に、あるいは18歳にどう理解させるのか、そこが鍵となる」とサイケン氏はDIGIDAYに語る。「彼らに響くのはどんな言語なのか? そして、その情報が流れていく先のコンテキストを理解させるために、そのモデルをどう学習させるのか」。

クリエイティブかつフリーフォームで、なおかつ正確なコンテンツ



IBMのプラットフォームWatsonxとメタ(Meta)のオープンソースである大規模言語モデルLlama 2を使用するとともに、AI Storiesは音楽に特化したソース由来のデータにAIモデルを方向づける一助として、検索拡張生成(RAG:Retrieval-Augmented Generation)と呼ばれるテクノロジーも利用した。IBMはさらに、少量のデータを元にしてAIモデルを学習させるプロセス、フューショット学習も利用。提供する情報の正確性を担保するAIモデル学習の一環として、IBMはまた、AI Storiesが各アーティストの自己同定に基づく正確な代名詞を生成するよう、AIモデルを学習させもした。

Llama 2の知識ベースと音楽に特化した情報を融合し、クリエイティブかつフリーフォームで、なおかつ正確なコンテンツをいかにして創造するのか。それが今回、グラミー賞に向けたツールの創造に際しての課題だった。AIモデルに生成させたいコンテキストの種類に応じて然るべきデータソースを優先させる、RAGアプローチを用いたこのプロセスを、IBMのエンジニアでインベンターのアーロン・バウマン氏は液体の比喩を用いて説明した。

「複数のバケツに水を一杯に注ぐ図を思い浮かべるといい。そのバケツをまずは、事実に基づくデータで一杯にしようとする」と同氏は言い、こう続ける。「それだけで一杯にならないようなら、たとえばウィキペディアか何かの情報も加える。それでもまだそのコンテキスト用のトークンが残っているなら、もっと水を注ぐ、ということだ」。

[原文:The Recording Academy and IBM are bringing generative AI to the 2024 Grammys]

Marty Swant(翻訳:SI Japan、編集:島田涼平)