大企業からベンチャーに転職する人が増えつつあります(写真:kouta/PIXTA)

大企業からベンチャーへ転職する動きがじわじわ活発化しています。

在京キー局の人気アナウンサーがベンチャー企業に転職したケースが記憶にある人も多いかもしれませんが、それ以外の業種でもよく聞かれるようになってきました。

いったい何が起きているのでしょうか。1990年代から日本の転職市場に関わってきた筆者が見た「変化」について考察してみたいと思います。

2020年以降、大企業からベンチャーへの転職が増加

日本における転職者は、1990年代前半には250万人程で推移していましたが、2000年代にかけて増加。2006〜2007年には346万人へと急上昇した後、2019年には351万人と過去最多を更新しました。

一方の求人数は、経済情勢と連動しています。経済環境の悪化時期には減少、回復すると増加という軌道をたどり、これを繰り返しながらも転職市場は緩やかに拡大してきました。

転職市場の中心となってきたのは20代前半から30代前半の若手人材。即戦力となりうるミドルシニアよりも若い世代を望み、育成して戦力化する企業が主流でした。

景気低迷期=就職氷河期に新卒として就職活動に遭遇した学生は、人気の高い大企業への就職がかないにくい状況に置かれました。そのため新興系企業、いわゆるベンチャー企業への転職も選択肢の1つと考えて、就職するケースが増えました。

バブル崩壊後の1990年代後半以降やリーマンショック後の時期のことで、ちょうど楽天、サイバーエージェント、GMOなどのベンチャー企業が急成長時期であり、相当数の学生が入社していきました。

1990年代当時、筆者は転職支援の仕事をしていましたが、その当時、ベンチャーが彼らの第一希望であったのではなく、大企業に就職できないので選ぶという「消極的な選択」でした。悩ましかったのは、当時は転職が今ほど活発でなかったことです。ベンチャーに入社したあとに選択ミスであったと自覚したとしても、大企業への転職は難しく、選択肢は別のベンチャー企業しかない、というケースも多々ありました。

当時、日本の大企業はベンチャー企業から人材を採用することなんて考えていない時代でした。それだけ、大企業ネームバリューが強く、採用で相手にしていない状況だったと言えます。そのため、ベンチャー企業内での転職に特化した転職エージェントが登場するなど、転職市場における大企業とベンチャーの間には、高い壁のようなものが存在していたように思います。

ところが、2020年以降、状況は変わりつつあります。大企業からベンチャー企業への転職が大幅に増えたのです。

エン・ジャパンが運営する若年層向け転職サイト「AMBI(アンビ)」では、2021年4〜9月に大企業からスタートアップに移った件数が、2018年4〜9月比で7.1倍にも増加。全体の転職者数の伸び(3.8倍)を大きく上回りました。全体に占める比率も21.4%と3年前より約13ポイント上昇しました。

「大丈夫?」から「うらやましい」へ

筆者の知人で社会人3年目のDさんも、大手総合商社からデータ分析系ベンチャーに転職。現在は「有意義な毎日を過ごしている」と話してくれました。

同じように大企業からベンチャーに転職しました……との報告が2020年以降に増えました。以前であれば珍しい転職であり「大丈夫?」と心配する声も出たものでしたが、今では「うらやましい」とか「転職したら、職場の雰囲気とか教えて」と興味が高いことを感じる声を耳にします。転職エージェントでも大企業とベンチャーをつなぐような企業が増えてきています。それだけ転職市場で中心的な動きになってきた証拠なのでしょう。

どうして、そのようなことが起きてきたのでしょうか? その理由は大企業組織の閉塞感と、ベンチャー企業における処遇の改善と考えます。

これまで大手企業を退職してベンチャー企業に転職すれば年収が大きく下がると思われていました。それでも例外はあり、下記のようにベンチャー企業のステージによってはそうともいえなくなりつつあります。

【ベンチャー企業のステージ】
シード シードは種(seed)を意味し、会社の種をまく最初の時期
アーリー 創業後に発展する段階です。事業計画の立案をしている時期
ミドル 事業に勢いがつき、売り上げが伸びだす時期
レイター 事業が安定し、株式上場などを目指す時期

シード、アーリーの時期にベンチャーに転職すれば、ストックオプションを得て、上場を果たせば大きな利益を得られる権利が付与されることがあります。ただし、それは基本的に経営メンバーに限られた話で、若手社員としての転職は年収ダウンするケースがかなり多くありました。

ところが最近、ベンチャーにおける若手社員の年収も大きく上昇。大企業よりも年収が高い企業も増えてきました。

日本経済新聞社がまとめた、上場前ながら時価総額が高いと想定されるベンチャー企業に対する調査では、それらの年収は上場企業の平均年収を7%上回る水準であったとのこと。その理由は、資金調達の金額が大きく増加したこと。ベンチャー企業の経営者が大企業出身で、処遇面も大企業に劣らない条件設定をしているケースが増えてきたことも理由のひとつと思われます。

大企業を飛び出すことが怖くなくなってきた

さらに大企業組織によく見られる“閉塞感”が、ベンチャー企業への転職を加速させています。大企業は会社規模も大きく、社員数もたくさんいます。ところが、大きな組織に所属していながら、自分の可能性を試す機会が少ない、頑張っても報酬が変わらない……こうした感触になり、閉塞感を抱く人が少なくありません。

大企業では35歳前後までは大きな差がつかない人事システムになっているのは当たり前。中には40歳になっても見た目上は大きな差がつかない場合もあります。しかも、社内での異動に自分の意見は尊重されないこともザラです。学歴重視の雰囲気が色濃い企業もまだまだあります。

例えば、入社以来、20年以上、同じ職場で同じ仕事を任されている知人がいます。その知人曰く「自分は変化を希望しないけど、若手社員からすれば化石のような存在かもしれない。そうならないようにベンチャー企業へ転職をしていったケースをいくつも見てきた」と話してくれました。こうした閉塞感の打破には同業他社への転職では何も変わらない可能性が高い。ベンチャー企業であれば、かなえられると考えるのでしょう。

ただ、こうした状況は長年続いてきたにもかかわらず、多くの人は転職するまでには至りませんでした。それは、大企業を飛び出しても、希望に満ちた職場なんてないと考えて、我慢していたのだと思われます。前述のように両者間の給与格差の問題もありました。

ところが、ベンチャー企業で働く人の仕事ぶりといった情報がネット上でたくさん見られるようになりました。ベンチャー企業に転職したら、自分の希望で仕事が選べる。新しいことにいくつもチャレンジできる。頑張って成果を出せば、前職をはるかに上回る報酬を得られたーー。こうした成功例が周囲でも見聞きされるようになり、大企業を飛び出すことが怖くなくなってきたのかもしれません。

こうして、大企業からベンチャーに転職することが大きなトレンドになりつつあります。では、このトレンドは続くのでしょうか?

若手人材にとってベンチャー企業への転職はいまや大変魅力的な選択肢となっています。さらに言えば、大企業に数年勤務してから転職することはキャリア上も輝かしいことと考える人が増えています。こうしたトレンド自体が今後なくなることはないでしょう。

新卒採用した人材の離職なんてめったにないと考えてきた人気企業でもベンチャー企業への転職が起きており、その離職を阻止できないことに苦慮している大企業の人事部の人の話を聞くことが増えています。

ある人気の高い総合商社の人事部に話を聞いたところ、10年前なら離職、ましてやベンチャーへの転職はレアなケース。残った人材からすれば「ついていけなくなったに違いない」「自分とは違う価値観の決断」と捉えていたので、人事部も対策は不要でした。

ところが最近は転職数が大幅に増えており、社内で期待の人材が“胸を張って”辞めていく。残った人材がうらやましい、自分も追随したいと考えるようになってきたので、対策を考えないと人材流出は加速する懸念が出てくると話してくれました。まさにベンチャー企業への転職阻止に向けた対策を考える大企業が増えてきています。

大企業の期待の若手がベンチャーに転職する時代

ベンチャー企業という隣の芝生が青く見え、一方の大企業がかすんで見えがちな状況ですが、大企業側が「閉塞感のある状態」に問題意識を持たず、現状のままでいいと考えていたら、人材流出が加速するだけでしょう。

2000年代初頭には新卒採用された社員の離職なんて皆無でした。ベンチャーに転職するなんて言うのは負け組が考えること、などと思われていた大企業でも期待の若手がベンチャーに転職する時代になり、この課題は人事部任せでは解決困難になりつつあります。経営トップの号令で対策を考えて、速やかに実行すべし……との大きな動きにまでなってきています。

例えば、20代から役職や報酬でメリハリのある人事制度を導入。若手社員でも異動希望を募り、実施に取り組む。あるいは新規事業募集の制度を整備して、20代でも子会社社長になるチャンスをつくるなど、閉塞感の打破に向けた取り組みが加速しています。

こうした取り組みで離職希望の社員が踏みとどまったなどのケースは出てきているようです。人材紹介に取り組むエージェント関係者に話を聞いてみると、大企業からベンチャーへの転職をしようとしたところ、説得されて辞退するケースが増えてきたとのこと。おそらく、上記のような対策を提示したのでしょう。

こうした大企業の必死の努力のほか、今後また時期によっては株式公開するベンチャーの社数が減少したり、ベンチャー投資の意欲が下がる動きに連動して、ベンチャーへの転職ムードにブレーキがかかる時期も出てくると思います。ただ、それは一時的な話であり、ベンチャー企業への転職は1つの市場として確立していると捉えていいと思います。

ベンチャーは「日本の成長の重要な基盤」

日本でも、ベンチャーが新たな雇用の創出機会として重要であると認識されるようになっています。アメリカでは、ベンチャー企業の雇用創出は、民間雇用の11%と大きな位置を占めています。また、アメリカ中小企業庁の調査では、成長する新規企業の雇用創出力が大きいことが明らかになっています。

日本では雇用創出のボリュームはアメリカほどではないものの、一定規模で続くと思われますし、莫大な投資資金がベンチャー企業に対して準備される状況が継続することが見込まれています。

筆者が1990年代にベンチャー支援をしていた時代とはスケールが変わり、日本の成長の重要な基盤であるとの認識が生まれてきているのです。

雇用機会の増加が見込まれる期待の領域ですから、周囲も拡大に向けた支援をしていくので、広がっていくことでしょう。ただし、大企業とは違う雇用環境であったりするので、自身がベンチャーへの転職を選ぶ際にはそのことを理解しておくことは重要です。転職支援するエージェント側も注意喚起することでミスマッチを減らしていく努力をし、転職者にとって納得のいく環境につなげていってほしいものです。

このあたりの課題を人材採用に関わる企業と当事者(ベンチャー企業)が認識し、それぞれの努力で改善していくことができれば、大きな希望に満ちた転職環境、転職市場になっていくことでしょう。


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(高城 幸司 : 株式会社セレブレイン社長)