一流経済学者の教科書には何が書いてあるのか
アメリカの大学で使われている経済学の教科書には、どんなことが書いてあるのでしょうか(写真:78create/PIXTA)
経済学の分野で、革新的な業績をあげ続けているスーパースターのチームが、大学の学部生のために執筆した教科書がある。『アセモグル/レイブソン/リスト 経済学』だ(日本語版は入門経済学/ミクロ経済学/マクロ経済学の3分冊で刊行)。
一流の経済学者は、これから経済学を学ぶ初心者にどんなことを教えようとしているのか。その一部を、抜粋・編集して紹介しよう。
フェイスブックは本当にタダなのか?
フェイスブックの利用は無料(タダ)だろうか?
こう聞かれたら、「無料(タダ)」だと答えたくなるだろう。フェイスブックからお金を請求されているわけではないのだから。では視点を変えて質問しよう。
フェイスブックを使っているとき、あなたは何をあきらめているだろうか?
フェイスブックはあなたのお金はとらないが、あなたの時間をとっている、と考えてみよう。その時間を使えば、サッカーをしたり、ビデオを見たり、音楽を聴いたりして過ごせる。
毎日1時間フェイスブックに使っているとしたら、あなたはその1時間を別のことに使うのをあきらめていることになる。
時間の使い道はいろいろだ。
たとえば、アメリカの典型的な大学生は1週間に7時間働き、1年間では約4000ドルを稼いでいる。
フェイスブック以外のことに時間を使うとしたら、あなたの価値観では、何をするのが一番良い選択肢だろうか?
これこそが、フェイスブックの費用(お金以外も含む)についての経済学的な考え方だ。
経済学では人々の選択を研究する。特にその選択を、費用と便益の面から考える。
経済学は選択を研究する学問
経済学の考え方が日常生活に広く関係していることを知ると、たいていの人はびっくりする。
新車を借りるかどうか、シートベルトをするかどうか、ヘアピンカーブを時速何キロで回るか。これらはすべて選択であり、経済学者にとっては、こうしたすべての選択が研究対象となる。
すべての選択が、直接お金に関連しているわけではない。だから、お金ではなく、選択こそが経済学の研究対象のすべてに共通する特徴である。
実際、経済学では、人間の行動のほとんどすべてが選択の結果だとみなす。
経済主体とは誰のことか
経済学は選択の学問である。これが、経済学とはどういうものかを覚えておくための簡単な方法だ。
しかし、より正確に定義するには、経済主体と資源配分という2つの重要な概念について知る必要がある。
まず経済主体とは、選択を行う個人、あるいは集団である。
個人の選択の例から紹介しよう。
たとえば、消費者は、ダブルベーコンチーズバーガー、あるいは豆腐バーガーのどちらかを選択する。
親は、子どもを、公立学校に入れるか、あるいは私立学校に入れるかを選択する。
学生は、授業に出席するか、あるいはさぼるかを選択する。
市民は、選挙で投票するか、あるいは投票しないかを選択し、投票する場合にはどの候補者を支持するかを選択する。
労働者は、仕事をするか、あるいは仕事をするフリをして友人とメールをするかを選択する。
企業幹部は、新しい工場をチリに建設するか、あるいは中国に建設するかを選択する。
政治家は、法案に賛成するか、あるいは反対するかを選択する。
もちろん、日々膨大な数の選択を行っている読者のみなさんも、経済主体の1人だ。
経済主体は個人だけではない。政府、軍隊、企業、大学、政党、労働組合、スポーツチーム、ストリートギャングなど、集団ということもある。
経済学は通常、集団の中にいる各個人が集団の決定にどう関与しているかという細かい部分を省略して、集団を1つの意思決定者のように扱って分析を簡単化する。
たとえば経済学では、「アップル社は利潤を最大化するようにiPhoneの価格を設定する」と表現して、価格決定に至るまでに多くの経営幹部が関与するという事実は省略される。
希少資源とは何か
次に理解すべき重要な概念は、希少資源の配分だ。経済学は、希少資源の配分を研究する学問だ。
希少資源とは、人々が欲しがっている量が、人々が利用できる量を超えているものである。金の結婚指輪、指圧、コーチのハンドバッグ、カリフォルニアの桃、iPhone、チョコレート・アイスクリーム、眺めの良い部屋などはすべて希少資源だ。
資源には限りがあるのに人の欲求に限りはない状態では、希少性が生まれる。
すべての人に欲しいものすべてを与えるほど十分な資源はこの世の中にはない。
もしスポーツカーが無料でもらえるとしたら、台数が足りなくなってしまうだろう。だから実際には、スポーツカーは代金を支払う意思がある消費者だけに販売される。
スポーツカー市場があることで、経済主体にはたくさんの選択肢が生まれる。
あなたに割り当てられた時間は、1日24時間だ。これがあなたの時間枠となる。
あなたは、24時間のうちどれくらいをフェイスブックに使うかを選択する。仕事など、それ以外の活動に何時間使うかも選択する。
そして仕事がある人は、苦労して稼いだ給料でスポーツカーを買うかどうかも選択するだろう。
現代社会では、このような選択に導かれて、支払うお金と意思を持っている顧客にスポーツカーが配分されるのだ。
経済学とは何だろうか
これで経済学を詳細に定義する準備ができた。
経済学とは、経済主体が希少資源の配分をどう選択するか、またその選択が社会にどう影響を及ぼすのかを研究する学問である。
もうお気づきだろうが、この定義で重要なのは選択だ。
定義では、その選択が社会にどのような影響を及ぼすのかも考慮に入れている。たとえば、新しいスポーツカーの売り上げは、それを買った人にだけ関係があるわけではない。
売り上げがあれば、売上税が発生する。売上税は政府の収入となり、それが高速道路や病院などの建設資金となる。
販売された新しい車がラッシュアワーの列に加われば、渋滞を引き起こすかもしれない。
その新しい車が、あなたの家の近くの駐車場の最後の空きをとってしまうかもしれない。
新しい車の所有者が乱暴な運転をする人であれば、事故のリスクが高まる。さらに車は排気ガスも出す。
経済学では、最初の選択が社会のほかの人々に及ぼす様々な影響を研究する。
(ダロン・アセモグル : 米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授)
(デヴィッド・レイブソン : ハーバード大学経済学部ロバート・I・ゴールドマン記念教授)
(ジョン・A・リスト : シカゴ大学経済学部ケネス・C・グリフィン特別功労教授)