「文章読めない社会人」国語教師が教える根本要因
仕事でも求められる読解力。どう上げればよいのでしょうか(写真:: metamorworks /PIXTA)
仕事でも求められる「読解力」。しかし、社会人になっても文章を読むのが苦手。そうした悩みを抱える人もいるのではないでしょうか。『一度読んだら絶対に忘れない国語の教科書』を上梓した、全国屈指の名門校である西大和学園の現役国語教師、辻孝宗氏が読解力を高めるための方法を解説します。
国語教師をやっていると、多くの生徒から「なかなか国語の成績が上がらない!」という相談を受けます。「文章を読んでいても、話の展開についていけないことがある」「自分には、読解力がないのでしょうか?」と。
それに対して私は、こんな回答をすることがあります。
「語彙力を鍛える勉強をやってみたら?」
多くの学校の国語の授業では、語彙力を磨く授業というのは行われません。せいぜい、漢字のテストをする程度だと思います。しかし、実は語彙力の勉強をするのがいちばん、国語の文章読解のスキルを磨いてくれる近道なのです。
とくに同じような意味の言葉を知っておくことには大きな意義があります。今回は、読解力が上がる国語の勉強法についてみなさんにお話ししたいと思います。
「類い稀」と同じ意味の言葉はいくつある?
さて、1つみなさんにクイズです。
みなさんは「ほかに例がないほど素晴らしいこと・ほかに例がないほど大変なこと」を指す言葉を知っていますか?
正解は、「類い稀」ですね。
「類い」がほかの例のことを指し、「稀」が珍しいことを指す言葉なので、「類い稀」とは『ほかの例が珍しいくらい素晴らしい』という意味になります。
でも、「ほかに例がないほど素晴らしいこと・ほかに例がないほど大変なこと」を指す言葉は、「類い稀」だけではなく、もっとたくさんあります。
なんと、日本語において該当する言葉は10個以上あります。
「そんなに!?」と思う人も多いと思うので、順番に見ていきましょう。
四字熟語でいえば、「前代未聞」と、「空前絶後」があります。
「前代未聞」は言葉どおりに解釈すると「前に聞いたことがない」ということですし、「空前絶後」は「前は空で、後ろにも何もない」ということなので、「ほかにないほど珍しい」という言葉であることがわかると思います。また、「空前」だけでも1つの言葉として成立します。
ほかにも、「未曾有」という言葉もありますね。「未曾有の大災害」というように使います。
それ以外には、「不世出」、という言葉もあり、これは主に「不世出の大天才」というように頭がいい人に対しての褒め言葉として使うものです。
出来事だけでなく、人の評価などに対して使う場合は、「随一」「唯一」などの表現もありますね。「唯一無二」なんて言ったりします。
また、才能についていうのであれば「異才」という言葉もありますし、ほかと比べて素晴らしい様子を「抜きん出る」なんて言ったりすることもあります。
同じ意味の言葉が沢山ある理由
類い稀・前代未聞・空前・空前絶後・未曾有・不世出・随一・唯一・唯一無二・異才・抜きん出る……。
同じ日本語なのに、こんなにたくさんの「ほかに例がないほど素晴らしいこと・ほかに例がないほど大変なこと」が表現されているのです。
でもなぜ、こんなにいろんな言葉があるのでしょうか?
古典単語でも漢文の言葉でも、ここまでたくさんの「同じ意味の違う言葉」はありません。ですから、この1000年〜2000年の間で、日本人はいろんな「同じ意味の違う言葉」を作っていったと考えることができるでしょう。
その理由について私は、多くの文章が作られるようになったからだと思います。同じ言葉が何度も出てくる文章って、なんだか幼稚な印象を受けますよね。
「この人って本当にすごいんです!才能もすごいんです!とにかくすごいんです!」とだけ言っている文章って、なかなかそのすごさが伝わりにくいと思います。
それよりも「この人は不世出の大天才であり、この功績は唯一無二のものであり、この発言は前代未聞のもので、この才能はこの当時は類い稀なものだった」
なんて言われたほうが、そのすごさが伝わると思います。
このように、たくさんの言葉を使って表現することで、その素晴らしさを強調しているわけです。
ちなみに、清少納言の書いた枕草子は、「をかし」という言葉が多用されていることが指摘されています。
「をかし」は、今でいうところの「エモい」「すごい」みたいな意味の言葉であり、「興味を引かれる」というような言葉です。これを指して、「をかしの文学」なんて言われています。
なんと枕草子では、400回以上も「をかし」という言葉が使われています。すごい登場頻度ですね。でも、この「をかし」を表現する言葉って、今は無限に存在しています。きっと今だったらこんなに同じ言葉が登場する作品は少ないでしょう。
要するに、文章の中でいろんな表現を使うために、同じ意味の言葉が、どんどん増えていっているのではないでしょうか。同じ文章の中で同じ意味の言葉を「言い換える」ことが増えていっているわけです。
逆に言えば、昔の文章よりも、今の文章のほうが読みにくくなっていっているかもしれません。それは、同じ話題であっても手を替え品を替え、表現がどんどん替わっていってしまうからです。
この「表現がどんどん言い換えられていく」という文章の特徴こそが、多くの人が国語が苦手になってしまう理由だと言えます。多くの人は長文を読んで「あれ?これって結局何が言いたい文章なんだっけ?」となってしまうのです。
言い換えに気づけず、混乱してしまう
「なんか話題が途中から追えなくなっちゃった!」みたいな経験をしたことがある人は多いと思いますが、その原因は「言い換え」が多く、「言い換え」に気づけていないからかもしれません。
「この人は不世出の大天才であり、彼の功績は唯一無二のものだ」と言われたときに、「彼はすごい」と言っているだけで、同じことを繰り返しているだけです。でもそれに気づかずに読んでしまっているのかもしれないわけです。
ですから、みなさんが文章を読めるようになりたいのであれば、この「言い換え」をたくさん覚えるようにしましょう。
例えば、「日和見主義」「事なかれ主義」「事大主義」「八方美人」などは、すべて似たような意味になります。
「日和見」は「ひよりみ」と読み、自分の意思を持たず、形勢をうかがって自分の都合のよいほうにつこうとする態度をとることを指します。
「あいつは日和見主義だ」などと使うと、「あいつは自分で何も考えず、事なかれ主義で動いている悪いやつだ」という意味になることが多いです。
また、自分の意思がなく傍観者の立場に立っている状態のことを指す場合もあります。現在、若者の中では「日和ってる」という言葉がよく使われますが、これは「長いものに巻かれて、または大きなものに対して怖がってしまって、何もしないこと」を指しています。
言い換えの言葉を多く知ることが大切
仮に、「日和見主義はよくない!八方美人な振る舞いをしている人は信用されない」という文があったときに、「日和見」と「八方美人」が違う意味であると解釈していると、「あれ?話変わった?」と考えてしまうわけです。
ということで、言葉の勉強をして「言い換え」のパターンを理解し、同じ意味の言葉をたくさん知っておくようにしましょう。
そうすれば、文章を読んでも「途中から話題が追えなくなる」という現象は少なくなるはずです。
(辻 孝宗 : 西大和学園中学校・高等学校教諭)