今回は埼玉を飛び出し、関西を舞台に物語が繰り広げられる ©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

2019年に公開された『翔んで埼玉』は、埼玉県に対する容赦ない“ディスり”が話題を集め、興収37.6億円を突破した大ヒット作となる。そしてこのたび、その続編となる映画『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』が全国公開中。

今回埼玉県からさらに”ディスり”の輪が飛び火したのは、関西の滋賀県。劇中では容赦ない“滋賀県ディスり”が展開され、観客の笑いを誘っている。

そんな本作が11月23日に初日を迎え、映画館が活況を呈している。続編の舞台となった埼玉、滋賀の映画館の中には、ひとつの映画館あたりで、1日で20回以上の上映プログラムを組む劇場も登場。地元の人たちからの反響も非常に好意的なものとなっている。

そこで今回は前作に引き続き、本作のメガホンをとった武内英樹監督、そして若松央樹プロデューサーに本作の続編制作の裏側、“ディスる”ラインをどこに置いたのか、その基準などについて聞いた。

クレーム対応も準備していた

――前作は興収37.6億円を記録する大ヒットとなりました。その反響も非常に大きかったのでは?

監督:埼玉の人が異常に喜んでくれましたね。皆さん、撮影中にいろいろご協力を仰いだ時は、あまり協力的じゃなかったんで、そのギャップに驚いたというか(笑)。やはり撮影中は、どんなものが出来上がるかわからないので、怖かったんだと思います。

若松:そりゃ怖いですよ。いきなり「埼玉のことをディスりたいんですけど」って言われてもね(笑)。

監督:でも撮影が終わったら、埼玉県に生まれてよかったとか、そういう意見をたくさんいただいたので、よかったですね。

――ディスられて郷土愛に目覚めるというのもすごい話だと思うのですが。

監督:一応、クレーム処理の対応をするために、こう言われたときはこう答えるといったQ&Aみたいなものは用意しておきましたけど、ほぼ使わなかったですね。

――それは映画宣伝部に?

若松:そうです。(配給を担当する)東映の映画宣伝部さんと、(製作の)フジテレビにもかかってくるかもしれないので。電話対応のところにかかってきたら、こういった形で……って、ほとんど具体的な答えはないんですけど、電話がかかってくる可能性がありますので、という形で伝えておきました。

――そこにはどういった想定問答があったんですか?

監督:想定問答というほどのものはないですね。ただひたすら謝る(笑)。「申し訳ございません!!」と。

若松:「確かにこういう事実がありまして、映画ではこういうふうに言わせていただいたんですけれども……申し訳ございません!!」と言うしかないですよね。「ただわたしたちは郷土愛をベースに作ってるんで、決して馬鹿にしているわけじゃなくて、愛を持って作ってます」とはお伝えしています。言い訳に聞こえるかもしれませんが(笑)。

1作目は関西ではそこまで当たらなかった

――前作が完成した時点のコメントなどでは「もうやり尽くした」とありましたが、そこから続編を製作しようと思ったのはどういう経緯で?

若松:前作は多くの埼玉県の人たちに受け入れていただいて、興行では関東のシェアが70%ぐらいだったんですが、意外と関西のほうではそんなに当たってなかったんです。

ただ関東以外の地域の方から、ああいう映画をうちのところでもやってほしいとか、そういう声をたくさんいただきまして。現場レベルでも、「こういうことってどの地域でもあるよね」「次に行くとしたらどの地域だろうね」といった話はいろいろとしていたんです。


関西ネタが中心となる本作だが、埼玉ネタも健在だ©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

そこから「関東だけだと寂しいよね」「違うところでもやってみたいよね」というような話になり、そこから徐々に具体的になっていったという感じです。

――今回は埼玉から飛び出して、関西を巻き込む形となりました。

監督:東京って実はそんなに格差はないんですよ。千葉とか埼玉とか神奈川も、無理やり格差をつくったところはあるんですけど、関西って、大阪にしても京都にしても、ものすごくキャラが立っている。

今のこの時代に、あそこまでキャラ立ちしてる都道府県が隣あってるというのもすごく面白いなと思いましたし、そっちのほうがより『翔んで埼玉』の世界を表現しやすいのかなと思いました。ただ「関西でやる場合は相当気をつけろ」「シャレにならなくなるぞ」と警告はされました(笑)。

若松:そして関西の話とはいっても『翔んで埼玉』というタイトルは失いたくないし、埼玉への恩恵もあるので、埼玉ネタはちゃんとやらなきゃいけないなと思ったんですけど、意外とやり尽くしたなみたいなところもあって。埼玉のネタを考えるのはいろいろ大変でした。

監督:せっかく作り上げたキャラたちは、やっぱり出したいので、そうするとおのずとやっぱり埼玉が軸にはなりますよね。

――関西では、自治体の人たちや地元の人たちとはどういう交渉や、やり取りを行ったのでしょうか?

監督:まずは大阪、神戸、京都にイジられている県はどこか探すところから始めました(笑)。

若松:まずは和歌山はどうかと思ったんですよね。埼玉って海なし県だから、関西に行くのも大船団で、船酔いしながら行くのは面白いよね、ということが着想にあって。脚本家(徳永友一)を連れて和歌山に行ったんです。

監督:そこで和歌山の人たちに『翔んで埼玉』について聞いてみたんですが、ほぼ観てないと言われて。聞いてみると和歌山で上映されたのは2館だけだったらしいんですよね。

そこから奈良や滋賀、大阪の人たちにもいろいろと取材をしていって。関西で埼玉的なところはどこなんだということでいろいろと話を聞くと、結構奈良という意見が多かったんです。

でも関東の感覚からいうと奈良ってすごいというか。平城京があるし、奈良時代もある。なかなかディスりづらいなと。そんな中で滋賀に行ったんですが、ここは琵琶湖以外、何もないなと思って(笑)。

滋賀の人たちから熱いアピール

かつ滋賀のフィルムコミッションにアテンドしてもらったんですけど、そこの方々がものすごい熱心で。ぜひうちをディスってくださいと。

それで調べてみると、滋賀ナンバーがゲジゲジと言われていることや、京都の人たちにかなりディスられているという自負が皆さんにあるようなことがわかってきて。それで滋賀がいいなということになりました。


大阪や京都に虐げられてきた滋賀の人たちが立ち上がる©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

――京都の人たちにディスられた時の滋賀の人の捨てゼリフとして「琵琶湖の水を止めたろか」というものもあります。

監督:皆さん必ずそれを開口一番で言うんですよね。これは相当定着してるキラーワードなんだなと思いました。

――ところで前作の映画公開前に埼玉県知事に謝罪に行くというイベントがあったと思いますが。

監督:イベントじゃありません。謝罪です(笑)。

若松:あのときわれわれは本当に必死だったので、誰かに守ってもらわないといけないと考えていたんです。そのときに誰のところに行くかといえばやはり知事のところじゃないですか(笑)。

監督:ちょうど(前作公開時に埼玉県知事だった)上田清司知事が、原作の本の帯に「悪名は無名に勝る」って書いてくださっていたんですよ。

若松:それを見つけて、これはもしかしたら話がわかる方かもしれないと。実はフジテレビとは一応、競合にはなるんですけど、テレビ埼玉さんがこの企画にけっこうノっていただいていたんです。テレ玉さんは、主要株主に埼玉県庁が入ってるぐらいの局なんで。そのつてを使って県知事と話を通してもらって、何とか謝罪にこぎつけたという感じでした。

県知事のお墨付きをもらう

――その時の知事の反応は?

若松:その段階でしゃれだということはわかっていただいてたんで。上田知事もノリでやっていただいてて。それが世に出せることになり我々はホッとしました。あの時の二階堂(ふみ)さんと監督に課せられたミッションは、県知事にお墨付きをもらってくるということだったんで、監督にも頑張っていただいて。

あの時に「それはお墨付きという事でよろしいでしょうか?」と言って、無理やり「うん」と言わせたというか(笑)。「これで県知事のお墨付きをいただきました!」と。

監督:今回は埼玉県、滋賀県の両知事の謝罪会見は逆にノリノリでしたね。「怒った感じでいっていいですか」と言っていただいたので、「どうぞ怒ってください」と。なんだこの茶番会見は、という感じですが(笑)。でも喜んでくれてましたね。


二階堂ふみ、加藤諒、武内監督が、滋賀知事と埼玉県知事に謝罪©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

――やはり前作の成功体験があるから。

監督:これをきっかけに両県とも県をPRしたいと。「こういうやり方もあるんですね」とおっしゃっていました。

――褒めるだけじゃないというのは、日本人らしいのかもしれないですね。へりくだる感じなどもあって。

若松:確かに日本人らしいですね、謙虚な感じというか。自虐って自分で言ってるからいいんですよね。「うちはこんなだめな県なんですよ」って自分で言ってる分にはかわいらしく見えるし、味方に付いてもらえる。判官びいきですからね日本人は。

監督:でも人に言われるとカチンとくるんで(笑)。そこはバランスだと思いますが。

10人中2人が怒るぐらいがちょうどいい

――ここまではいいけど、これ以上やったら本気で怒らせるのでやめておこうといったようなラインは決めていたんですか?

監督:そこはとにかく取材ですよね。ここまで言ったらどう思う? って確認をとりながら。ただあんまり丸くなりすぎても面白くないから。10人中2人ぐらいが怒るくらいがちょうどいいラインかなと。

8人ぐらいが大丈夫なら取り入れるという感じで。ただ県の中でも地域によって全然違うから、ものすごく怒る地域と、全然怒らない地域っていうのもある。そこは一概には言えないですよね。

――滋賀の方たちはおおらかな感じで許してくれたと思うのですが、逆に映画の中では悪役として描かれている大阪の人たちとはどういうやり取りを?

若松:(大阪府知事・嘉祥寺晃役の)片岡愛之助さんや、モモコさん(ハイヒール)など、大阪出身の方を味方につけられたのが大きかったですね。実は愛之助さんと吉村洋文大阪府知事って親しくて。舞台を観に来た後にご飯を食べに行くこともあるそうなんですが、撮る前に「僕、今度知事をやるんですよ」「楽しみですね」という形で盛り上がっていたそうなんです。


本作では大阪、京都、神戸が敵役として登場。片岡愛之助、藤原紀香の夫婦共演も話題だ©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

監督:でも本当に愛之助さんのおかげで、(大阪を代表するたこ焼きの有名店である)「たこ家道頓堀くくる」さんとか「551蓬莱」さんも協力してくださった。普通、実名では協力してくれないですよ。それもみんな愛之助さんのおかげです。愛之助さんは本当に大活躍でした。

――やっぱりそう考えると人と人とのつながりって大事ですね。

監督:本当に一期一会です。

若松:ロケハンのときも、通天閣の社長さんと仲良くさせていただいたんですが、「もうどんどん使ってください」とおっしゃっていただいて。本当に皆さんいい方ばっかりで。埼玉でもいろんな社長さんに、うちもお願いしますと言っていただいて。エキストラを集めてくれたり、いろんなことやってくれましたね。

そういう意味では説明が楽でした。ディスりたいんですけどと言うと、どうぞどうぞと。1作目って、ディスりたいんですと言うまでが大変じゃないですか。2作目は楽になりました。

謙虚に見届けたい

――では今回は安心ですね。

監督:でも今でも怖いですよ。ドキドキしてます。埼玉の人はいろいろ言われても大丈夫だなと思いましたけど、でもほかの県の方々はわからないじゃないですか。今から大丈夫だと過信してしまうと大変なので。謙虚に見届けようと思います(笑)。

(壬生 智裕 : 映画ライター)