緩いネタもあれば、ドキュメンタリー番組を思わせる硬派なネタもある。この“ごった煮感”も番組の魅力だ(「愛知あたりまえワールド」番組公式HPより)

今年8月、旅行ガイド『地球の歩き方』の愛知版が発売された。すぐに週間ベストセラー1位となり、9月半ばには重版となった。他の都道府県の方からすれば愛知県民は郷土愛に満ちあふれていると思うだろう。もちろん、そういう人もいるだろうが、筆者も含めて愛知県は関西や関東と比べて地元意識が低いといわれる。

長年愛知県に住んでいるにもかかわらず、地元のことをよく知らない。いや、興味がないとすら思えるフシがある。その反面、県外の人から「愛知県って◯◯だよね」と言われると、急に愛知県民であることを自覚する。『地球の歩き方』の愛知版が売れたのも一流の旅行ガイド本の愛知県版が出たという事実によって、それまで眠っていた地元意識を覚醒したのが原因だ。

素人ならではの予定不調和

これと同じ手法?で人気を博しているテレビ番組がある。テレビ愛知で毎週土曜夜6時30分からオンエア中の「千原ジュニアの愛知あたりまえワールド☆〜あなたの街に新仰天!〜」(以下「愛知あたりまえワールド」)がそれだ。番組ホームページには「あたりまえに通っている店の知られざるお得サービスから一部のエリアではあたりまえの衝撃文化・風習まで多種多様な愛知の魅力を楽しむ“愛知県民限定バラエティー”」とあり、視聴者にも番組のネタになるような情報を募集している。


番組で紹介したタイガー・ウッズ似のステーキ店の店長(写真:テレビ愛知)

「『プロゴルファーのタイガー・ウッズに似ているステーキ店の店長がいる』という投稿があって、訪ねてみたのですが、これがまったく似てなかったんです。ゴルフウェアを着てもらったり、ドライバーを持たせたりといろいろやりました。あまりのくだらなさにMCの千原ジュニアさんも大爆笑でした」と話すのは、番組プロデューサーの藤城辰也さんだ。

藤城さんは1976年生まれの47歳。名古屋育ちだが、中高校時代は地元の空気が合わないという理由で卒業後は関西の大学へ進学した。

「名古屋の人は閉鎖的で、出る杭は打たれるというか、目立ったことをすると疎んじられる空気を感じていた。まぁ、それは名古屋人気質のほんの一面ではありますが、それが窮屈に思えたんですよね。二度と帰らないと思っていましたが、帰巣本能が働いたのか、大学卒業後は地元へ戻ってテレビ愛知に入局しました」と、藤城さん。


「愛知あたりまえワールド」プロデューサーの藤城辰也さん(筆者撮影)

制作志望だったものの、叶えられず、制作部に配属されたのは入局して4年目となる2004年で、旅の情報番組を担当することに。2007年にはニュース番組の記者となり、その翌年にテレビ東京へ1年間出向し、ドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」の制作に携わった。この経験が「愛知あたりまえワールド」にも大きく影響している。

「『ガイアの夜明け』で採り上げる人の大半は素人さんで、取材を進めるうちに番組の構成がどんどん変わっていきます。それまではタレントさんの力を借りた、いわば予定調和の番組を制作していましたから、素人さんならではの予定不調和が面白いと思いましたね」(藤城さん)

あたりまえを疑うことから始まった

今年5月にオンエアされた「日本一短い地下街があたりまえ!?」がまさに予定不調和の面白さがあった。舞台となったのは、愛知県東三河地方の蒲郡市。ここに日本一短いといわれる「蒲郡北駅前地下街」があり、数軒の店が軒を連ねている。

もっとも古い店が1945年に駅前の商店街で開業し、56年前にここへ移転してきた「ちどり」という居酒屋。82歳になる2代目女将の齊藤節子さん、通称“せっちゃん”が三女の与子(ともこ)さんとともに切り盛りしている。

節子さん母娘のやさしい人柄や、それに惹かれて足しげく通う常連客との人情物語を紹介するだけでも番組として十分成立するが、この話には続きがあった。与子さんは節子さんの別れた夫、つまり、父親の生活も支えていたのだった。

「しかも、離婚の原因はギャンブルにのめり込んで借金を作ったことだったんですね。父親を憎んでもよいにもかかわらず、懸命に尽くす娘さんの姿に感情を揺さぶられました」(藤城さん)


常連客で賑わう居酒屋「ちどり」の店内。右端が娘の与子さんと2代目女将の齊藤節子さん(写真:テレビ愛知)

「愛知あたりまえワールド」は、前出のような緩いネタもあれば、ドキュメンタリー番組を思わせる硬派なネタもある。この、ごった煮感も番組の魅力であり、何よりも愛知県っぽい。

さて、藤城さんの話に戻そう。出向を終えてからは編成部や事業部で5、6年働いた後、2016年に再び報道制作局へ復帰して今に至る。

これまで担当した主な番組は、6年半続いた人気番組「サンデージャーナル」やものづくりの世界の素晴らしさを紹介する「工場へ行こう」など。

「愛知あたりまえワールド」は2022年10月のスタートだが、「あたりまえ」というフレーズはコロナ禍の2021年に思いついたという。

「新型コロナの濃厚接触者になって、隔離生活を余儀なくされたんです。それがあまりにも不便だったので、あたりまえの生活に戻りたいと思っていました。でも、そもそもあたりまえって何だろうと思って、あたりまえを疑ってみようと」(藤城さん)

それを具現化したのが2021年9月に放映された特番『県民大調査!愛知“あたりまえ”でSHOW〜地元の常識がひっくり返る!?〜』だった。愛知県民があたりまえだと思っていることを検証するというもの。

例えば、「愛知県岡崎市出身の徳川家康を知らない人はいない」という、まさかと思う仮説を立証するために100人に街頭インタビューしたり、地域によって味噌煮込みうどんの麺の硬さや具材、味噌の濃さに違いがあるのかを調べたりした。

MCそれぞれの役回りが絶妙

「愛知“あたりまえ”でSHOW」は好評を博し、レギュラー番組として生まれ変わったのが「愛知あたりまえワールド」である。いつも番組を見ていて感心するのは、番組名にもその名を冠しているメインMCの千原ジュニアとサブMCで愛知県出身の大久保佳代子、須田亜香里のそれぞれの役回り。これは藤城さん自身の体験にも通じているところがあるという。

「関西で過ごした学生時代、名古屋へ帰省したときに買った味噌煮込みうどんを友人たちに振る舞ったところ、『味が濃すぎる!』と、なんと水を加えて味を薄めて食べたんです。名古屋が嫌いで関西の大学へ行ったのに、そのときは腹が立ちましたね」(藤城さん)


VTR後の3人のリアクションが面白い(画像:テレビ愛知)

水を加えた友人が千原ジュニアの立ち位置で、大久保佳代子と須田亜香里が藤城さんのポジションということになるのだろう。つまり、千原ジュニアが「それ、あたりまえやないで!」とツッコミを入れるたびに大久保佳代子と須田亜香里、そして、テレビの前の視聴者に自分が愛知県民であることを否が応でも自覚してしまうのだ。

「愛知あたりまえワールド」でもっとも重要で、もっとも大変なのは、やはりネタ探し。視聴者からの投稿の他、総勢40名のスタッフがそれぞれ持ち寄ったネタを基に会議で話し合って決める。会議に20本のネタが出されたとしても、通るのはわずか5、6本とかなりハードルは高い。


「愛知県の人は地元を意識していないのに、他府県の人からディスられるとキレますよね(笑)」と、藤城さん(筆者撮影)

仮にウケを狙いにいったとしても千原ジュニアはつまらないものにオーバーリアクションするような芸人ではない。逆に番組スタッフの意図を見透かされてしまうため、ネタの決定から取材、編集まで一切手抜きはできない。だからこそ、テレビを見ている視聴者の心に刺さるのだ。

最後に、藤城さんが考える愛知県民の気質について聞いてみた。

「地元意識が低いように見えるのは、地元愛を語るのは恥ずかしいと思っているのでは。表立って言わないだけで、私も含めて地元のことが好きな人は多いと思いますよ」(藤城さん)とのこと。たしかに全国放送のテレビ番組などでやや盛り気味に地元愛を語る愛知県出身の芸能人や、名古屋弁丸出しで話す河村たかし名古屋市長の姿を見たりすると、こっちが恥ずかしくなる。筆者を含めて愛知県民は面倒くさいのである。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)