羽生さんの離婚発表に関わるニュースから見えてくる課題について考察します(写真:AFP=時事)

羽生結弦さんの離婚発表から約1週間が過ぎましたが、報道やSNSのコメントは一向に収まる気配がありません。

「結婚発表から100日あまりの離婚」という早さ以上に衝撃を与えているのは、羽生さんがXにつづった離婚の理由。

「現在、様々なメディア媒体で、一般人であるお相手、そのご親族や関係者の方々に対して、そして、私の親族、関係者に対しても、誹謗中傷やストーカー行為、許可のない取材や報道がなされています。生活空間においても、不審な車や人物に徘徊されることや、突然声をかけられることもあります」

というコメントは、穏やかな文体ながら強い怒りを感じさせるものでした。

有名人、メディア、世間の人々に共通するポイント

その結果、羽生さんの名前がXの世界トレンド1位を記録したほか、有名人の結婚相手を実名報道する是非、早々に報じたメディアへの批判と反論、妻を「守った」のか「守れなかった」のかの論争、家族や親族への取材などが次々にアップされ、トップニュースになり続けています。

羽生さんの離婚発表に関わるニュースは、「有名人のプライベート報告」「メディア報道」「ストーカー行為や誹謗中傷」などのさまざまな論点が混在していることが、騒動が過熱している要因の1つでしょう。

それぞれ賛否の声が飛んでいますが、実は有名人、メディア、世間の人々の3者に共通するポイントがあり、それを突き詰めることが改善策につながりそうな感があるのです。

そもそも「有名人のプライベート報告」「メディア報道」「ストーカー行為や誹謗中傷」は、まったく別のテーマですが、問題を複雑化しているのは、それぞれの“線引き”があいまいであること。意識、無意識を問わず、有名人、メディア、世間の人々の3者それぞれが、「OK」と「NG」の明確な線引きができないことが、ストレスやトラブルの起点になっています。

まずここまで最も活発な議論が飛び交っているメディア報道について。

羽生さんは自身のみならず、親族や関係者、一般人の妻とその親族や関係者に対する「許可のない取材や報道」「生活空間の侵害」を訴えていましたが、これは言語道断であり、メディア自らが今すぐに「NG」の線を引かなければいけないところでしょう。

現在はメディア報道に端を発したネット上の誹謗中傷が深刻であり、「自分たちは『知りたい』という声に応えて仕事で行っているだけだ」という単純な“公益性の主張”が通用しない時代。また、「これくらいなら“有名税”の範囲だから訴えられないだろう」「これくらいのことをしなければこちらも食っていけない」などの見立てや言い分も昭和時代から続く悪しき習慣であり、むしろ「各メディアがオンライン化されたことで、当事者が傷つけられてしまうリスクが格段に上がっている」ことはスルーされています。

結婚相手の実名を早々に報じた地方紙「日刊新周南」は、「彼女も地元では有名人だった」こと、「地元で祝福の声があがっていた事実を報じただけである」こと、「本人からクレームが来ていない」こと、「結婚相手を隠し通すことは女性蔑視である」ことなどを主張したと報じられていますが、事実ならこれも論を俟たないレベル。現在は表に出る活動をしていない一般人を実名で報じることの危うさを認識できていないのでしょう。

家族の報道に対する有名人の怒り

実際、「日刊新周南」が報じたあと、複数の大手メディアが一斉に彼女のことを報道。私があるメディアの関係者に尋ねたところ、「すでに情報はつかんでいたが、どのタイミングで、どう書くかを様子見していた」などと語っていました。「すでに『日刊新周南』が報じているから記事にしていいし、こちらに責任はない」とみなして追随した大手メディア側の問題も大きいものの、そのきっかけを作った「日刊新周南」が批判されるのは仕方がないように見えます。

たとえば、その報道がきっかけとなって、彼女の実家に羽生さんの熱狂的なファンが押し寄せたり、家族に危害を加えたら責任を取れるのか。誹謗中傷や、家族の実名、住所、電話番号などの個人情報をネット上にさらされるリスクなども含め、全国の人々が地方の記事にもふれられるようになった今、「地元の宝を祝福しただけ」という主張は通用しないのです。

事実、過去には芸能人夫妻の子どもが誘拐されたなどのケースがあり、樹木希林さんが「(報道がきっかけで)子どもが誘拐されたら責任を取ってもらいます」と怒りをあらわにしたこともありました。

また、近年では賀来賢人さんや福山雅治さんなどが怒りのコメントを発したこともあって、家族に関する報道は以前よりも減っていましたが、まだまだ十分とは言えません。子どもに限らず大人も含め、誘拐ほどでなくても、いじめや差別、いたずらなどの嫌がらせ、好奇の目にさらされるなどのリスクは高く、メディア側が自死という最悪のケースも想定しておかなければいけない時代に変わっています。

少なくとも有名人の家族や関係者に関する報道は、メディア自らが線を引いて自重することが求められているのは間違いないでしょう。加えて、今回のように、あるメディアが口火を切る形になっても、追随しない姿勢を見せてほしいところです。逆にそれができないメディアは、有名人との関係性が悪化するほか、世間の人々からの支持が得られなくなっていくのではないでしょうか。

報じるスキを与えた「非公表」

次に有名人自身のプライベートに関する発信について。

芸能人、アスリート、アーティストなどの表に出る活動をしている人、とりわけ入場料や会員費、物販、スポンサー収入などを得ている「プロ」は、やはりプライベートに関しても最低限の公表は必要でしょう。人気者であればなおのこと、公表することが今後のビジネスにつながるとともに、ファンを大切にし、自分と家族や関係者を守ることにつながっていきます。

羽生さんのケースでは結婚のみを公表したことで、かえって好奇心をあおり、ファンの動揺を生んでしまった感がありました。羽生さんはアイドルがそうするように「ファンにできるだけショックを与えたくないから、必要以上の情報やコメントを控える」という方法を選んだのではないでしょうか。

しかし、羽生さんのファンはアイドル以上に熱狂的な人が多いと言われていて、それを把握しているメディアが火に油を注ぐような記事を量産しました。結果的にですが、羽生さんがメディアにさまざまな記事を報じるスキを与えてしまう形になっていたのです。

しかし、最近はアイドルが結婚発表するときですら、相手のことや結婚生活に関するコメントをしてファンに理解を求めるような人も増えました。そのコメントは、「今後もプロとしてファンやメディアの恩恵を受けていきたい」「自分のファンを信頼している」という思いの表明になるとともに、「それもプロとしての仕事のうち」という考えからでしょう。

プロスケーターの羽生さんも、今後ファンやメディア、さらには世間の人々や企業の恩恵を受けていくのであれば、自身の活動を支持してもらうために、もう少しコメントがあってよかったのかもしれません。

相手や結婚生活に関するコメントをしたアイドルの中には、それによって一定のファン層を失いながらも、プライベートとのバランスを取りながら活動を続けている人たちがいます。羽生さんに関しては、自身のこだわりや美学などがあるのか。それとも、このようなアドバイスをする人がいなかったのか。真相はわかりませんが、線の引き方としては、理想論で押し通そうとしたような印象がありました。

ただそれでも、羽生さんの選択は決して否定されることではなく、自らの考えを貫くという生き方も尊重されるべきでしょう。

ではメディアから行き過ぎた報道をされてしまったとき、有名人はどうしたらいいのか。

羽生さんは、「私が未熟であるがゆえに、現状のままお相手と私自身を守り続けることは極めて難しく、耐え難いものでした」「このような状況が続いていく可能性と、一時改善されたとしても再びこのような状況になってしまう可能性がある中で、これからの未来を考えたとき、お相手に幸せであってほしい、制限のない幸せでいてほしいという思いから、離婚するという決断をいたしました」などとコメントしていました。

「私が未熟であるがゆえに」と自分を責めるストイックな言葉も、「お相手に幸せであってほしい」というピュアな言葉も、羽生さんらしいものである一方で、世間の人々が「本当にそれでよかったの?」と感じてしまったことも当然のように見えます。ネット上には、羽生さんへの批判ではなく素朴な疑問として、「何で戦おうとしないの?」「やられっぱなしでいいの?」「離婚したあとでいろいろ言っても遅いよ……」などの声があがっていました。

なかには「いつもきれいごとばかり言っている」などと厳しい目を向ける人もいましたが、その人も羽生さんを批判したいというより、コメントにもどかしい部分を感じたためではないでしょうか。離婚したあとに「お相手は、家から一歩も外に出られない状況が続いて」と言うくらいなら、その前に何か行動を起こせなかったのか。あるいは、もし行動を起こしたけど変わらなかったのなら、それを言えば自分たちもSNS上などでメディアを批判して力になろうとするのに……。

自ら「NG」の線引きをすること

前述したように、樹木希林さん、賀来賢人さん、福山雅治さんらが自ら怒りの発信をしたことによってメディア報道は少しずつですが変わりはじめています。また、知人のある芸能人は、週刊誌記者らしき人を見つけると、自ら声をかけて素性を確かめたり、名刺をもらい写真を撮っておくなどの対策で、過剰な取材を抑制しているそうです。

さらには「もし家族の写真を載せられたら、さすがに訴訟はしたくないけど、逆に名前や写真をSNSにアップして告発してしまうかもしれない」とも言っていました。もちろんその行為については是非があるでしょうが、大切なのは自ら「NG」の線引きをすること。

羽生さんに限らず有名人の多くは、「こんなことで怒りたくない」「そんな姿をファンに見せたくない」のでしょうし、「精神的に追い詰められて身動きが取れない」というケースもあるでしょう。しかしそれでも行きすぎた報道に関しては、自ら伝える姿勢が最速かつ最大の改善方法になることは確かです。

もし自ら発信したくないのであれば代理人を立てて、第三者からの発信にしてもらうなどの手段もあり、さらにそれも嫌なのであれば、海外の生活を選んでストレスやトラブルのリスクを減らす有名人も少なくありません。

最近はアイドル的な人気のある芸能人に限らず、「結婚相手の出身地や呼び方、子どもの性別すら公表しない」という人が増えています。「家族に関してはこれ以上の報道は控えてほしい」という明確な線引きであり、「その『NG』ラインを超えてきたら強い姿勢で臨みますよ」という意思表示とも言えるでしょう。

最後に、ファンと世間の人々の対応について。

ストーカー行為や誹謗中傷は言うまでもなく断罪されるべきものですが、困ってしまうのは、本人たちにその自覚がないこと。むしろ、行動がエスカレートするほど、「自分は応援しているだけ」「あの人のためにやっている」という自己正当化が進んでしまう危険性があります。

たとえば、アイドルのファンたちは“推し”の結婚に対して、「幸せを願って変わらずに推し続ける」という人や、「悲しさを振り切って別のアイドルに“推し変”する」という人ばかりではありません。「悔しさから何とかして相手を叩きたい」という人や、「『裏切られた』と逆上して“推し”を叩く」という人も一定数いて、自分がそうならないようにしたいところです。

長年エンタメ現場を取材していると、いつの時代もわきまえたアイドルのファンたちは、第1の“推し”だけでなく、第2や第3の“推し”、またはそれになりうる候補を見つけておくなどの心構えがありました。結婚しても「推し続けるか、推し変するか」の選択ができず、「推しや結婚相手を叩かない」という線を引けそうにない人は、自分のメンタルをある程度コントロールするための事前準備をしておいたほうがいいでしょう。

これは有名人に限らず、恋人や結婚相手などに関しても同様で、1人に執着しすぎるほど、思いどおりにならなかったときの落胆や怒りは大きくなるだけに、「いかに自分のネガティブな感情を分散させられるか」という視点を持ちたいところです。

「正論」や「正義感」に潜む無責任さ

一方で、世間の人々もここまでとりあげてきた線引きがあいまいなまま、自由に発言しているため、「自分が思っている以上にひどいことを言っていた」というケースをよく見かけます。

正論や正義感を言っているだけのつもりが、当事者を深く傷つけていた。「悪気はないのになぜだろう」と思うかもしれませんが、心のどこかに「どうせ会わない人、自分の生活に影響のない人だから」という無責任な感覚がある以上、言葉がきつくなりやすいことを心に留めておいたほうがいいでしょう。

もはや、有名人、メディア、一般人の3者とも「暗黙の了解」「自分の美学」「正論や正義感」などのきれいごとでは済まされないシビアな時代になりました。それぞれが自分と大切な人を守るために、自ら線を引いていく姿勢が求められているのではないでしょうか。

また、3者ともにそれができないなら、国がガイドラインのようなものを発信するのも1つの手段。すべての国民に共通する個人情報の保護やプライバシーの権利だけでなく、有名人に特化したガイドラインを出すことも、そろそろ必要なのかもしれません。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)