婚約者の部屋のキッチン(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

婚約を機に彼氏と同棲することになった20代の女性。しかし、いざ荷物を搬入しようとすると、彼氏の家はゴミ屋敷だった。しかも、床は犬の糞尿まみれだ。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、クリスマスイブの朝に泣きながら電話をかけてきた女性について語った。

初めて入った婚約者の家がゴミ屋敷

イーブイの事務所に電話がかかってきたのは、12月24日の早朝だった。受話器の向こうでは、若い女性が泣きながらパニックに陥っている。電話を受けた二見氏は、女性を必死になだめた。

「一旦、落ち着いてください。焦らなくても大丈夫なので、順番に解決していきましょう。まずは、引っ越し業者に電話をして搬入日をずらしてもらいましょう。そうしたら、僕たちが明日ご自宅に向かいますから」

電話をかけてきた依頼者は、関東地方に住む20代の女性だった。関西地方に住む同じく20代の彼氏と婚約に至り、晴れて一緒に住むことになったという。12月22日に関東の自宅を引き払い、荷物を業者に託し、女性は翌23日の夜行バスで大阪に向かった。


遠距離恋愛ということもあり、彼氏の家には一度も行ったことがなかった。大阪に到着した24日の朝、彼氏が住む1Kのアパートの扉を開けた瞬間、一度思考が止まり、そしてパニックになった。

玄関から廊下にかけてゴミが散乱していて、足の踏み場がない。

「もしかしてゴミ屋敷……?」

奥に進み、部屋に入るとさらに悲惨な状況だった。


ゴミだらけの部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

婚約者の部屋は犬の糞尿でまみれていた

部屋の中に置かれたケージには2匹の小型犬がいたが、飼育状況は酷いものだった。糞尿で部屋の床が汚れ、使用済みの尿パットが床に転がっている。犬たちはケージから出て部屋で過ごすこともあるようで、散乱したゴミは噛み砕かれ、粉々になっていた。


噛み砕かれ粉々になったゴミ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

床に捨てられた新聞紙の上にはタバコの吸い殻が溜まっているが、犬が食べてしまったらどうするのだろう。空き缶やフタが空いたままのペットボトルも放置されたままだ。タバコの煙で壁やカーテンは黄ばみ、一度も掃除をしていないであろうエアコンも黒ずみ、ホコリが固まりになっている。


犬のケージ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

キッチンはシンクもコンロの上も、使いかけの食器で埋もれていて、料理はもちろん洗いものもできない。風呂場も空のシャンプーの容器が溜まり、黒カビが目立つ。


シャンプーなどの容器が散乱した風呂場(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

部屋が1Kと狭いこともあってモノの量はそこまで多くないが、とにかく生活ゴミが犬の食べかけのエサとともに部屋の隅々まで散らばっている。犬の糞尿によるダメージが深く、ゴミをすべて片付けたとしても原状復帰とはならないだろう。

その光景を前に女性はパニックに陥り、その場で泣きながらイーブイに電話をした。


婚約者の家の間取り(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

主人が家に帰りたくなるような空間にしたい

電話の翌日に現場へ向かうことができるのは異例だ。多くの場合すでに片付けのスケジュールが詰まっているため、2週間は余裕をみてほしいという。しかし、この日はたまたま翌日の夕方から数時間だけスケジュールが空いていた。片付けの作業をしながら、二見氏が話す。

「今日を逃したら年内はもう作業ができなかったんです。今日が土曜日で、引っ越しの搬入が月曜日。一日空いていれば荷物が入るまでに絨毯とか、家具を新調して入れておくことができます。依頼者さんが真剣に困っていたら、何とかしないとって思いますよ」

女性もパニックは収まった様子で、笑顔すら浮かべている。想定外の出来事とはいえ、いくらなんでも翌日の片付けは急すぎて迷惑ではないのか。二見氏と顔を合わせるまで、女性はイーブイに対して後ろめたい気持ちがあったようだ。

「たまたまスケジュールが空いていたということで、電話してよかったんだと思えます。主人には“片付けできそう”っていう報告だけはしているんですけど、私の中ではこのチャンスを逃したら、お互いこの状況で生活していくのはしんどい気がしていました。主人が仕事の後に帰りたくなるような空間に私はしたくて。プロの方々にやってもらってから、自分ができる範囲で空間づくりできたらいいなって思っています」(女性)


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付けの様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けはたったの1時間で終了した。その後、ハウスクリーニングも追加で行い、作業は2時間ほどで完了となった。床は元通りとまではいかないが、風呂場やキッチンに至っては新居のようにピカピカである。女性は心からイーブイに感謝している様子だ。

片付けで部屋はどう変わったのか


すっかりものがなくなった部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「あっという間にゴミがなくなっていって、もし自分1人でこれをやるってなったら、きっとあきらめて、見て見ぬふりをして、逃げてしまうと思います。本当に助かりました。スタッフさんたちが(撮影に入ったカメラの)見えていないところでも黙々と作業をやったり、連携しながらどんどん仕事が進んでいくので、ずっと安心して見ていられました」(女性)

二見氏も女性の気持ちが前を向いていることに満足している様子だ。

「片付けを進める中で落ち着きを取り戻されて、旦那さんのためにいい空間を作ってあげたいと未来のことを考えるようになっていたので、僕もめっちゃ嬉しかったですね。初めは“どうしよう”とか“こんなんじゃ生活できない”とか、ネガティブな言葉しか出てこなかったんです。でも途中からワクワクした様子で覗いていたり、ハウスクリーニングの作業を“参考になるから”と食い入るように見たり、そういう姿が目に焼き付いています」(二見氏)

イーブイの臨機応変な対応につられるように、女性も気持ちを切り替えることができたのだ。


見違えるようにきれいになったキッチン(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け後の風呂場(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

これだけやったのに、料金は未払いのまま

綺麗になった部屋で年末を迎え、ふたりそろって年を越した。その後も、「変わらず快適に過ごせています」と、維持された部屋の写真が定期的に二見氏に送られてきた。この仕事では、客と業者という関係を超え、人と人との関係に発展することも多くあるという。

だが、今回は綺麗ごとだけでは終わらなかった。この依頼者は経済的な理由から計16万円の費用を分割で支払っていた。しかし、6万円を払ったところで、振り込みが途絶えた。

「コロナで仕事の環境が変わってしまったこともあり、少しだけ待ってほしいです」

ズルズルと支払いが滞ることを繰り返し、ついには連絡を取り合っていたLINEに既読が付かなくなり、電話をかけても無視するようになった。そして、1年が経ったいまでも、10万円は未払いのままだ。

「あれだけ関係性ができていたのに急に連絡が取れなくなって、悲しいですよね。せっかく部屋を綺麗にして前を向くことができたんだから、依頼者さんには後ろめたいことをしてほしくない。もどかしい、やるせない気持ちですね」(二見氏)

ゴミ屋敷に再びなったとしても「また頼めばいい」

先日、別の料金滞納者からイーブイに電話があった。内容は、「部屋がまたゴミ屋敷になってしまったので、どうしても助けてほしい」というものだった。二見氏は前回の滞納分をもらわないまま、再び分割払いでその依頼を受けたという。

「普通に考えたら未払い分を払ってから依頼をするのが当たり前です。でも、未払いの状態で“また助けてほしい”って電話をするって、かなり勇気のいることですよ。逃げずに非を認めて謝ることはとても大事なことですから。僕らもゴミ屋敷をゼロにできるなんてハナから思っていないです。もしゴミ屋敷に再度なったとしても、また頼めばいい。そのときに頼れる場所があるのとないのとでは、気持ちがまったく違うじゃないですか」

もし、この依頼者夫婦の家がまたゴミ屋敷になってしまった場合、「合わせる顔がない」とほかの業者に連絡をするのだろうか。しかし、それは逃げでしかない。そのときは頭を下げてイーブイに連絡をしてほしい。二見氏もそう思っている。


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(國友 公司 : ルポライター)