ノンフィクション本『東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか』を原作にWOWOWで連続ドラマ化された。タイトルは「東京貧困女子。−貧困なんて他人事だと思ってた−」(画像:WOWOW)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

貧困現場を取材する編集者が主人公

女性の貧困問題に迫る東洋経済オンラインの人気連載が書籍になり、さらに女優の趣里を主演にWOWOWで連続ドラマ化されています。タイトルは「東京貧困女子。−貧困なんて他人事だと思ってた−」(全6話)。社会派であって、エンターテインメント作品でもあるのが本作の特徴です。ともすれば、ノンフィクションの題材がうそくさく表現されかねませんが、編集者とライターの物語を軸に社会問題を自分事化することに挑戦しています。

趣里が演じるのは雁矢摩子という名の経済ニュースサイトの編集者役です。編集長からPVを稼ぐために「女性の貧困」がテーマの連載担当を命じられる話から始まり、11月17日にWOWOWで初放送・配信された第1話では、貧困現場を取材する編集者として“わかってない”印象を色濃く残しています。趣里といえば今、最高の歌と踊りを魅せる放送中の朝ドラヒロインのイメージが強烈ですが、あえて比較するとまったく真逆の人物像です。応援したくなるどころか、ダメ編集者の典型のような描き方にイライラさせられもします。


人気女優の趣里が主演を務める(画像:WOWOW)

それには狙いがあるように思います。無意識に貧困問題を他人事として捉えている主人公の低い目線から始めることで、後の気づきがドラマチックに映るからです。実際に話数が進んでいくと、趣里の自然体な演技によって、自分事化していく様が見どころとなり、さらに気持ち良く感情に訴えかけてくるので、応援したくなるキャラクターへと落ち着きます。


主人公自身が抱える問題が、いかにもフィクション的な要素が強いことも理由がありそうです。摩子は離婚を機に復職した事情を持ち、しかも雇用形態は契約という不安定な立場で、さらに幼児を育てるシングルマザーかつ実家にも問題ありという設定です。相当盛り込んでいます。

出版社の編集者というエリート比率が高い職業から考えると、リアルさに欠けているようにも感じますが、貧困ボーダーラインすれすれのところで生きている1人の女性であることをわかりやすく描いています。現実の世界でも摩子のような不安を抱えながら生きている女性は身近にたくさんいるはずです。ドラマとして作り上げられた人物像ながら、自身や誰かと重ね合わせながら、共感力を生み出しやすくしているのだと思います。

趣里と三浦貴大のバディドラマにした意図

趣里が演じる主人公の相棒となる粼田祐二役には三浦貴大が起用されています。粼田はとある理由からフリーの風俗ライターを続けている人物で、ぶっきらぼうな性格ゆえに当初は担当編集の摩子とぶつかりまくります。国立大学医学部に通うため風俗で食いつなぐ取材対象者の女性をめぐって一波乱が起こるほど。


編集者とライターの物語を軸に女性の貧困問題に迫る。編集者役の趣里(右)とライター役の三浦貴大(左)。貧困を他人事から自分事に変えていくオリジナルストーリーが見どころの1つにある(画像:WOWOW)

一方で、女性の貧困問題の本質を見抜き、愚直に取材を続けてきた優秀なライターという役どころから、物語の指南役としての役割が作られています。摩子が貧困問題に向き合い、使命感を持って記事を届けていくまで仕事仲間として見守りつつ、粼田自身も気づきをもらえる良き関係です。あるようでない編集者とライターのバディドラマを楽しめることも醍醐味にあります。

貧困とは無縁そうな主役の2人だが…

ただし、演じる趣里と三浦貴大が揃ってビッグネームの両親を持つ俳優であることはテーマがテーマだけにある意味、皮肉さを感じます。趣里は水谷豊と伊藤蘭、三浦貴大は三浦友和と山口百恵という名の両親の元で育ったことは事実としてあり、名前を見る限りでは貧困とは無縁そうに見えがちです。

趣里が主演を承諾した後に、三浦に声をかけたという大木綾子プロデューサー(制作時当時、フジテレビからWOWOWに出向、現在はフジテレビに帰任)は「演じていただきたい以上に大きな意図はなかった」と、説明しています。また三浦が冷静に捉えていた様子は「“どの面下げて”というご意見があることはわかっていますが、僕たちでできることがあれば協力させてください。一生懸命演じます」と語っていたという言葉から伝わり、実際に真摯な演技に惹きこまれます。


主人公の実母を演じる高橋ひとみは小言を言いつつ、子育てをサポートする演技にリアリティがある(画像:WOWOW)

役者陣はほか、趣里の摩子役の実母を演じる高橋ひとみをはじめ、貧困当事者役として姉を援助したことで負のスパイラルに陥った女性を霧島れいかが、勤務先でのセクハラやパワハラに加えて、家庭内で虐待やDVを受けてきた被害者女性を宮澤エマなど、女優陣の熱のこもった演技もこの作品の強みです。


勤務先でのセクハラやパワハラに加えて、家庭内で虐待やDVを受けてきた被害者女性を熱演する宮澤エマ(画像:WOWOW)

そもそも骨太のストーリーが仕上がっているのは、ノンフィクションライターの中村淳彦氏と東洋経済新報社の編集者である高部知子氏が丹念に取材を続けている記事を元にドラマ化されたことが大きいのかと思います。手前味噌に聞こえるのかもしれませんが、発信し続けていることの事実と、ドラマの中身から評価できるものです。東洋経済オンラインでは1億5000万PVを突破する人気連載として続き、そして『東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか』というタイトルで書籍化されています。「Yahoo!ニュース 本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞」にノミネートされた実績も持っています。

街の本屋で思わず手に取った書籍

本屋に並び始めた2019年に、大木プロデューサーが街の本屋でたまたま目にし、そのタイトルのインパクトの強さから思わず手に取ったこともきっかけとなって、時を経てドラマ化されたそうです。

「 “東京”と“貧困”、そして“女子”という文字が並ぶタイトルには奥行きがあると思いました。かつて思い描いていた日本の豊かさと現状とでは明らかにギャップがありながら、普段は日々の忙しい生活の中でそのことについてあまり考えずにいた自分自身に違和感まで覚え、素通りできませんでした。買ったその日のうちに読んでしまいました」と話す大木プロデューサーの熱量も少なからずドラマの節々から伝わってきます。


姉を援助したことで、富裕層から貧困層に転落した女性を霧島れいかが演じる(画像:WOWOW)

大木プロデューサーは演出を手掛けた1人の制作会社ザ・ワークス所属の遠藤光貴や脚本を担当した個人演劇ユニット「タカハ劇団」の主宰を務める高羽彩らと、ドラマのオリジナル設定やストーリーを作り上げ、また「女性による女性のための相談会」に取り組む活動家らにも独自取材したそうです。なかでも女性蔑視のリアルを鋭く描いた第4話は貧困問題の根幹を捉えています。

令和の貧困の現実を見つめ続けて最終話の第6話にたどり着いた時、本の帯にもあり、ドラマの副題とした「貧困なんて他人事だと思ってた」という言葉を自然とこぼす人が必ずいるような気がします。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)