兵庫県姫路市にある姫路製作所では、自動車用のエンジン電装品や電動パワーステアリングシステムなど、自動車機器事業の製品が多く造られている(写真:三菱電機)

「自動車機器事業の改革はおおむね順調に進んでいる」。10月31日、三菱電機の増田邦昭CFO(最高財務責任者)は中間決算説明会の場で、そう力を込めた。

自動車機器事業の改革とは、来年4月を予定している同事業の分社化だ。電動パワーステアリングシステムやカーナビなどを製造する同事業の利益率は、2017年頃だと7〜8%程度あった。それが直近の2022年度は8164億円の売り上げに対し、462億円の営業赤字となっている。

三菱電機は今年度初めに、改善が見込めない事業は撤退や売却を進め、重点成長事業に資金を割くことで利益率を高める方針を公にした。2022年度に全社で5.2%だった営業利益率は、2025年度に10%へ上げることを目指す。

2022年度で全社売り上げの約16%に及ぶ自動車機器事業の分社化は大きな決断といえる。三菱電機グループ全体で約15万人いる従業員のうち、自動車機器事業に従事するのは約1万7000人に上る。全員が分社化してできる新会社に移籍するわけではないが、影響は大きい

同社の歴史を振り返ると大規模な事業改革は、半導体のDRAM事業やシステムLSI事業を切り出した20年前にまでさかのぼる。その後は大規模な改革をせずにやってこられた。その三菱電機が今、変わろうとしている。

「自動車の電動化」の余波

「過去数年間、自動車産業側の電動化ビジネスに対する変化速度が想定よりも遅くなっていた」

ファクトリーオートメーション(FA)システム事業や自動車機器事業を担当する加賀邦彦専務がそう振り返るように、取引先である自動車メーカーなどの顧客は大きな悩みに直面してしまった。それはEV(電気自動車)の台頭に象徴される変化の大波にうまく乗れていないというものだ。

対する三菱電機にも課題があった。モーターを高い品質で大量生産する能力、モーターを制御するインバーター、電力の変換を担うパワー半導体。自動車の電動化で必要とされる技術は持っている。だが、顧客の計画変更などへの対応力が弱かった。そうした結果、想定していた規模の受注を取れなくなった。

そこに追い打ちをかけたのが、この数年の素材価格や物流費などのコスト上昇だ。製品の値上げ交渉にも時間がかかり、利益を圧迫した。

「100年に一度」といわれる自動車産業の変革期。顧客と一体となって変化に対応する体制をつくるため、選んだのが分社化だった。

分社化によって、電動化に向けた試行錯誤をする顧客とより緊密にコミュニケーションを取れるようになると、経営陣は見込む。迅速な意思判断も可能にする。三菱電機では製造部門と販売などの部門それぞれに意思決定権があり、判断が遅れがちだった。

自動車機器事業で扱う製品は3つのカテゴリーに分けられる。今後の処遇はそれぞれ異なる。

電動化やADAS関連は他社と協業も

まず、カーナビなどのカーマルチメディア。年間で約2000億円を売り上げていたものの、赤字を数年間垂れ流してきた。2022年度から新規商談は停止、徐々に事業を収束させることになっている。

在籍するエンジニアは、FAシステムや空調といった三菱電機のほかの成長領域に従事する予定だ。生産コストの抑制要求が強い自動車業界で培ったノウハウが、他事業でも活用できると三菱電機は期待する。

2つ目は、電動パワーステアリングシステムやオルタネータ(自動車用発電機)などの製品。年間売上高は約4500億円に上り、高シェアの製品を複数持つ。

その反面、世界シェア16%のEGR(排ガス再循環)バルブ、同15%のオルタネータ、同14%のスターター(エンジン始動装置)のように、EV化が進めば需要が少なくなる製品も多い。今後は採算性を一段と重視しつつ事業を継続する。

3つ目は、電動化やADAS(先進運転支援システム)に関わる製品だ。年間約2000億円の売上高がある。2年前までは重点成長事業として位置づけられていたが、投資に見合うほどの売り上げをつくれていない。そこで進めるのが、パートナーとの協業だ。

たとえば電動化の分野では、ギアの技術や部品同士をすり合わせる技術でシナジーを見込める企業との協業を目指す。加賀専務は、「多くの顧客の要望に合わせてモーターやインバーターといった個別の部品を取引するよりも、標準化した製品を提供したい」と話す。

モジュールの組み合わせやソフトウェアで付加価値を出すことにより、製造品目数を増やしすぎずに、顧客に合わせた製品を提供できるようになるとにらむ。ADASの分野でも同様に、他社と協業を進める方針だ。

分社化してできる新会社は三菱電機の100%出資でスタートする。ただ、電動化やADASの領域については将来的に、「三菱電機の資本が100%ではない、何らかの結論が出る可能性が高い」(増田CFO)。他社の資本が入る際には、新会社から当該部門がさらに切り出される見込みだ。

自動車機器事業の改革を進める一方、大きな成長を見込む事業には投資を進めていく。その筆頭が、工場の自動化需要に対応するFAシステム事業や空調事業だ。

FAシステム事業は、2022年度の売上高が8438億円、営業利益は1422億円と、三菱電機にとって断トツの稼ぎ頭だ。2025年度には売上高1兆円、営業利益2000億円を目指す。

世界シェア上位3位に入る3製品

「シーケンサー、サーボ、CNCを3つとも手がける企業は世界にも三菱電機とシーメンスしかいない」

加賀専務がそう胸を張るように、順序通りに装置を動かすためのシーケンサー、位置や速度の指示に従うよう制御するサーボ、プログラム化された数値指令を制御して工作機械を動かすCNCはそれぞれ、世界シェアでトップ3に入る。


三菱電機で断トツの稼ぎ頭はFAシステムだ。シーケンサは世界でトップ3に入るシェアを誇る(写真:三菱電機)

通常、シーケンサーで制御する装置にはサーボも使われており、工作機械ではCNCとサーボがともに搭載される。親和性が高い3製品すべてを保有することによるシナジーがあり、これら3製品を重点成長事業として大きく拡大させる計画だ。

FAシステムは幅広い業種で必要だが、とくに電池などの脱炭素領域での伸びを見込む。地域ではシェアが高いアジア、中でも中国に一層力を注ぐ。

もう一つ、大きな成長を目指すのが空調・家電事業だ。2022年度の実績は売上高1兆3611億円、営業利益714億円。それを2025年度に売上高1兆7000億円、営業利益1870億円に伸ばす。

成長の牽引役は、収益性の高い欧米向け空調機器。キーワードは「ヒートポンプ」だ。

ヒートポンプは空気中にある熱エネルギーを集めて圧縮し移動させる技術で、室内の熱を外に移動させると冷房になり、外気にある熱を室内に送ると暖房になる。エネルギー効率が高いのが特徴で、化石燃料を燃やす以上の熱量を得られる。

日本の家庭用エアコンは、ほとんどがヒートポンプ式だ。しかも全館の空調をまとめて制御する方式ではなく、室内機と室外機を部屋ごとにつないでいる。

欧米では日本とは異なる空調方式が中心だった。それが、脱炭素化やエネルギー価格高騰などを背景に、エネルギー効率が高く部屋ごとに空調を制御できる「日本式」への需要が高まっている。


空調事業も大きな成長が期待される分野だ。写真はエアコンの使用イメージ(写真:三菱電機)

構造改革に向けて重い腰を上げた

「新事業や技術への関心は高いものの、経営や構造改革に興味のない経営陣が多かった」。三菱電機のあるOBは、これまでの経営陣が優秀な技術屋ではあったものの経営を行うという感覚に乏しく、構造改革への腰が重かったと指摘する。

だが、その空気は変わりつつある。「『黒字であればいい』『投資回収ができればいい』という考えではなく、資本コストを上回っているのかで意思決定する」。漆間啓社長はこれまでの投資家説明会でそう述べている。

かつては「電機業界の優等生」といわれた三菱電機。2021年に発覚した品質検査不正問題への対応も一段落ついた。成果が見えるのはこれからだが、今まで手をつけていなかった改革に向けての一歩は踏み出した。

(遠山 綾乃 : 東洋経済 記者)