ラピダスの設立会見に登壇した小池淳義社長(左)と東哲郎会長(右)(撮影:梅谷 秀司)

日本で次世代の最先端半導体を量産することを目指して2022年8月に設立されたRapidus(ラピダス)。トヨタ自動車やソフトバンク、ソニーグループなど8社が73億円を出資するほか、日本政府も約3000億円を助成するなど官民一体の一大プロジェクトとなっている。

ラピダスは2027年には2ナノ世代の半導体を量産する目標を掲げているが、同社は半導体業界におけるゲームチェンジャーとなるのか。半導体アナリストの南川明氏が同社の勝算を解説する。

日本にラピダスが必要なワケ

まず、ラピダスがなぜ必要なのかを説明しよう

日本は官民一体で先端半導体の国産化を目指しているが、それは、半導体は経済安全保障上、安定確保の重要性が高いからだ。半導体を確保できなくなれば自動車、産業機器など全ての産業が立ち行かなくなる。

特に先端半導体は重要な戦略物資として、世界各国が自国開発や生産を強化する動きが広がっている。海外に調達を依存する状況だと、紛争や災害などが起きて調達が困難になった場合に日本経済に深刻なダメージがおよぶ懸念があるのだ。

半導体サプライチェーンの中で半導体製造装置のシェアは日系企業が33%、アメリカ系企業が37%を占めている。また、半導体材料では日系が約50%と圧倒的なシェアを持つため、日本はアメリカにとって最も重要なパートナー国だ。しかし、この10年で日系シェアは少しづつ下がってきていたため、日本にも先端半導体製造拠点がないといけないという議論が出てきたわけである。


次世代半導体の製造装置と材料の開発は、先端半導体企業との共同開発が基本。日本に先端半導体製造拠点がないため、装置や材料企業は目下、海外へ開発パートナーを求めており、実際にシェアも低下している。このままでは日米欧で新たに構築するサプライチェーンが失敗する可能性もあり、ラピダスが設立された。

しかし、そもそもなぜ日本の半導体業界はそこまで衰退したのだろうか。

日本の半導体業界は1980年代に世界的なテレビ、カメラ、ビデオブームや家電需要に押し上げられ、1980年後半には世界の半導体市場における日本企業シェアは50%を超えた。

当時はNEC、東芝、日立製作所、富士通、沖電気、シャープが世界の売上高ランキングの上位を独占するなど、半導体は「技術立国ニッポン」の象徴的存在だった。

しかし、日米貿易摩擦とともにパソコン市場で急成長したインテルや、メモリでは価格競争力に優れた韓国のサムスン電子やSKハイニックスにシェアを奪われてしまう。技術開発競争でも同時期に後れを取り、その後30年はシェア低下が続き2022年にはわずか9%になった。

地殻変動により追い風を受ける日本

しかし、米中摩擦から一気に日本がアメリカにとって最重要なパートナーになってきている。この変化は、単なる一時的な需要の高まりと見るべきではなく、半導体サプライチェーンのあり方を根本から変える大変革の始まりと見るべきだろう。

従来の半導体のエコシステムでは、製品プロセスは大きく「設計開発」「製造(前工程)」「製造(後工程)」の3段階に別れていた。設計開発は、アメリカが強く、ファウンドリーなどの製造(前工程)は、台湾TSMCの圧勝、そして製造(後工程)は、東南アジアや中国で行うという分業体制が確立されてきた。

これに地政学的な大変動をもたらしたのが、米中摩擦を機に2020年から始まった半導体輸出規制だ。2022年8月成立のCHIPS法で、アメリカ政府は国内の半導体投資に500億ドルの助成金を交付する代わりに、今後10年間、中国での半導体製造の新規投資が禁じられることになった。その後の輸出規制強化により、半導体の製造拠点は中国や台湾から、アメリカそして日本にシフトし始めているのだ。

「短TAT」がラピダスの特徴

さて、この流れに乗ってラピダスは日本の半導体再起を懸け、日米欧連合での開発と製造を担うことになっている。まずラピダスの戦略を見てみよう。

何といっても特徴的なのは、短TAT(Turn Around Time=製造の全工程、あるいは工程の一部を処理するのに要する時間)による少量多品種生産という、これまでのファウンドリーの常識を覆す戦略になっていることだ。

設計と製造の同時最適化であるDMCO(Design Manufacturing Co-Optimization)を目指すという。それを実現するため、AIとセンサを活用して製造工程で得られたビッグデータを活用して設計の効率化をはかるMFD(Manufacturing For Design)という概念を取り入れる。

ラピダスでは、枚葉処理で1枚ごとに多くのビッグデータを収集することでバッチ式と比べ100倍ものビッグデータが得られると主張している。これらのデータを設計側にフィードバックすることでMFDが可能となり、PDK(Process Design Kit=ある特定の半導体を作るための設計データをまとめたもの)におけるプロセスマージンや設計マージンを広げられると主張している。

現在は設計・ウェハー製造・パッケージングの水平分業が主流だが、ラピダスはそれぞれの間の壁を取り払い、設計・ウェハー工程・パッケージングを一体化したRUMS(Rapid & Unified Manufacturing Service)という新形態で運営し、開発効率とスピードを向上させるとともにコスト削減を図るという。

つまり、顧客が商品企画を立てさえすれば、ラピダスが設計から全工程製造・パッケージングに至るまで一気通貫で受託するという短TATの新たなビジネス形態だ。

これまでの半導体工場とは違い、オール枚葉処理、完全自動化、新たな搬送技術やグリーン化に注力しており、根本から違うとしている。工程と工程の間の待ち時間を極限まで短縮することで短TATを実現するとしている。

メガファウンドリーと正面切って争わない

製品化までの時間は今後の半導体産業にとって非常に重要だ。3ナノの半導体の開発から製造まで2年近い時間が必要だが、これでは2年遅れの技術を製品にしているに過ぎず、短TATの重要性が増していることは間違いない。

製造装置からセンサで収集したビッグデータを、AIを活用してする仕組みは先端半導体工場では常識化しているが、ラピダスの新工場はさらに進化したものと考えればよいだろう。

ラピダスはTSMCのようなメガファウンドリーと正面切って競うのではなく、メガファウンドリーが拾いきれない少量生産の領域に集中するという、補完関係を構築することを目指している。

だが、課題も多く残されている。波長13.5ナノにて露光する次世代露光技術の極紫外線リソグラフィ(EUVL)の経験者が少ないので工場の立ち上げに時間がかかる可能性がある。

ラピダスは装置搬入から稼働開始までわずか4カ月しかないが、TSMC熊本工場は、1年以上かける計画である。TSMC、サムスン、インテルも最初のEUVL立ち上げには数年を要している。垂直立ち上げのためには国際連携がどこまで機能するかがポイントだろう。

かつて日本の半導体産業は高い競争力を誇っていたが、その後、力をつけた韓国や台湾など海外メーカーとの競争に敗れて最先端の開発から撤退する中で、生産技術や必要な人材が不足している。

このため、ラピダスは欧米の企業や研究機関と連携しながらすでに周回遅れともいわれる海外メーカーとの差を少しでも埋めていきたいとしている。

人材、情報、経験不足をどう補うか

さらに半導体産業は、巨額の設備投資を継続的に行う必要があるため、相当な覚悟が必要だ。日本政府はこれまでにラピダスに対して3300億円の支援を決めたほか、今後も継続的な支援に取り組むとしているが、そのためにはラピダスを非難するのではなく、応援することが重要だ。

同社は人材不足、情報不足、経験不足などの課題は多々あるが、日本の半導体復権の最後の砦である。あらゆる支援を行い盛り立てる姿勢が産業界には必要だ。

日本の技術は世界と10年以上の差があるのも事実で、2ナノの半導体を日本の技術者や会社だけで実現することは無理だろう。しかし、先端半導体技術を日本で持つことは、どの産業を育てるより必要なことである。

世界の優秀な人材と協力することで、後れを取った技術をキャッチアップできるチームにしていく必要がある。日本には最先端を知っている技術者がほとんどいないため、とにかく学べるものは貪欲に学ぶことが最初のフェーズでは非常に重要になってくる。


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(南川 明 : インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクター)