本来、自分がするべき仕事に集中するための「時間配分術」について解説します(写真:Luce/PIXTA)

加速化するグローバル化にともない、ビジネスの世界でいっそう求められるようになってきた「スピード感」。そうした「スピード感」を阻害する要因は、実は過剰な「マルチタスク」にあるという。仕事の優先順位を見極め、グローバルな市場で勝ち抜くために必要な「時間の配分術」について、アメリカのマイクロソフトエンジニアの牛尾剛氏が解説します。

※本稿は牛尾氏の新著『世界一流エンジニアの思考法』から一部抜粋・再構成したものです。

多くの人が体験する過剰な「マルチタスク」

現代のビジネスシーンでありがちな脳の酷使、マルチタスク環境について少し考えてみたい。

1日の中であれもこれもと種類の違う仕事がふりかかってきて、さらに打ち合わせや会議や電話応対など、差し込み仕事がどんどん入ってきて、同時並行でタスクをこなさないといけない場面を多くの人が経験しているはずだ。

私自身はマルチタスクがとても苦手だ。マイクロソフトでは、「電話番」と呼ばれるマルチタスク業務が尋常でない期間がある。

普段はソフトウェアの開発に集中できるが、数週間に1週程度、お客さんから上がってくるインシデント(システムの問題や障害レポート)にのみ対応する期間があって、そうなると、複数のインシデントに対応しなければならず、いろいろな人から連絡が入り、開発側からのリリースもやらないといけなかったり等、マルチタスクが一気に押し寄せる。

そんな環境を乗り切るヒントをくれたのは、私より2つ上のポールという同僚だ。

彼は世界トップクラスのプログラミング力の持ち主だが、1日がほぼ会議で埋まるほど忙しいはずなのに、驚くべき生産性で「電話番」もバンバンこなしていく。彼を観察して気づいた私との大きな違いは、「WIP=1」だ。

WIP(Work In Progress)とは、今手を付けている仕事のこと。つまり、「WIP=1」とは「今手を付けている仕事を1つに限定する」ということだ。

アジャイルコンサルタントだったときによく学んだ概念だ。ポールはどんなに忙しくても、一度に1つのことしかしないし、他の人以上に1つへの集中力が半端ない。

重要なのはとにかく「その場で解決」すること

私の場合、例えばインシデントの解決支援のための会議が毎日ある。その間、自分に関係ない話は聞き流しながら別の作業をやっていたりする。正直なところ、さほど進まないのだが、仕事がたまっているから不安にかられてつい手を動かしてしまう。

ところが、ポールは会議で自分に関係ない話が続くところでも、一切ほかの作業をやらず、チャット返信すらしている様子がない。

彼はその場で問題のあたりをつけたり、あたりがつかない場合も「これはほかの部署に転送しよう」「誰々さんに聞いてみよう。よしメールを書こう」と、とにかく「何かを進めよう」とする。

必ず問題をその場で解決する、もしくはステップを1つ進めているのだ。
ここで学んだことは、次のポイントだ。

・ どんなすごい人でも、時間がかかることはかかる。焦らずに時間をかける。
・ 30分から1時間を割り当てたら、そのこと「のみ」に取り組む。すぐに終わらないものは、人に問い合わせるなど、物事を進めておいて、待ち状態にして、次のタスクに進む。
・ 1つのことをやっているときは、他のことは一切せず集中する。
・ 1つのタスクを中断する場合、次に再開するときに、すぐにその状態に戻れるように記録したり、整理しておいたりする。
・ タスクの残骸は消しておく―例えばブラウザのタブは、そのタスクが終わったら閉じて、必要なものは記録する(そうしないと、気移りしてしまう)。

つまり、「マルチタスク」はどんな人にとっても生産性が悪いので、「マルチタスク」をしないことが解なのだ。

人間の脳の発達を研究するワシントン大学の分子発生生物学者ジョン・メディナ氏によると、マルチタスクにより、「生産性が40%低下」「仕事を終えるまでにかかる時間が50%増加」「ミスの発生が50%増加」するという。

人間の脳はマルチタスクに向いた仕様になっていないのだ。


マルチタスクは人間の脳には向いていない(イラスト:docco 出所:『世界一流エンジニアの思考法』)

PCも一見マルチタスクに見えるが、基本的に、CPUのコアが同時にやっているのは1つの作業なので、1つの作業をして、中断するときは、そのコンテキストを記録して、再開時に復活して作業を再開するのと似ている。

確かに起動しているソフト(仕事)は複数ある。でも脳(CPU)のリソースはそのときどきで1つのことに使うほうがよい。

会議の時間なんてたかが知れている。その間に内職したってやれることは限られているし、ほかの人からチャットが来ても、30分、1時間後にまとめて対応する時間をとれば十分早いレスポンスじゃないか?

「マルチタスク」はしないほうが絶対に脳の生産性が高まる。

1日4時間は自分だけの時間を確保する

優先順位の高い仕事には、それだけに集中する時間を意識的につくり出す必要がある。

私はある時期、組織改編にともない、技術エリアの引き継ぎが非常に多くて、同僚からの質問対応などによる中断が増え、自分のプライオリティが高いタスクの進捗が悪いと感じていた。

そこで、1日の中でどのタスクにどのぐらい時間を使っているかを正確に計測してみたところ、なんとメインの仕事に90分しか使えていないことがわかった。

この問題をマネージャーのプラグナに相談してみたら、技術イケメンたちがやっているある方法を教えてくれた。

単純な話で、毎日4時間をブロックして、Teamsもメールも一切閉じて、自分の作業だけをする。

思えば、Teamsでチャットをすると、すぐに返してくれる人と、1日に1回ぐらいしか返さない人がいる。自分はすぐ返してくれた方がありがたいのでそうしていたけれど、キャリアが長い人になればなるほど、基本的に1日に1回ぐらいしか返答がない。

彼らはみんないい成果を出している。自分はレスの速い人に助けられていたので、真似していた。

だが、彼女は教えてくれた。「マジックはない。自分の時間を確保するのは全然OKよ!」(There is no magic. Itʼs ok to book your time.)と。

「シングルタスク」で驚くほど仕事が進むように

正直、レスポンシブでなくなることに罪悪感があったが、思い切ってやってみることにした。すると、驚くほど仕事が進捗する。その4時間に脳がシングルタスクで最大限集中できるから、効率がいいのだ。

キャリアが長くなればなるほど、自分がコンテキストを持っている分野が増えるから、他の人をサポートする仕事も増える。

それを他の人にシェアしてあげるのは立派な仕事なのだが、自分のプライオリティの高い仕事が進まないのであれば、意味がない。

だから1日4時間を専有的に確保し、その他の時間に、ほかの対応をする時間割とするのは非常に合理的だ。

そこでGitHubの課題やメールをまとめて返す時間にする。ブロックしている時間以外はレスポンシブに返すようにすれば、他のメンバーの業務が滞ることもない。

大前研一氏は、何かを変えたいときは、「住むところ」「付き合う人」「時間配分」のいずれかを変えるべきで、それ以外は意味がないという考察をしていた。

私自身は今の住まいが気に入っているし、職場の同僚たちが大好きなので、すると残りは「時間配分」しかない。時間のアサインメントを工夫するしかないのだ。

同僚に技術力ナンバーワンのバーラという秀才がいる。彼はあまりに何でも知っていて優秀だから、周りからは「オラクル」と呼ばれているほどだ。

リモートで働いている期間、彼は1回もビデオをオンにしないので、誰も顔を知らず、Botじゃね?と冗談が交わされるほどであった。

ところが、最近そのバーラが会社に毎日来るようになった。彼は毎日夕方ぐらいに来て、そこからプログラミングをしている。

日中はミーティングだらけで仕事にならない

今までリモートで彼の働き方がわからなかったが、普段から彼は異常にレスポンスが良い。彼に質問したらいつでもすぐに回答をくれるし、大量にメンションされるE-mailにも丁寧に返答している。


いつもどうやって開発しているのだろうと思っていたが、私が「なんで夕方に来るの?」と尋ねたらこう返ってきた。

「今ぐらいの時間までたいていミーティングが乱立しているんだ。ミーティングはどうしてもリモートになるから、オフィスよりも家のほうが効率が良い。だからだよ」

えっ、それって人の2倍働いてるってことか! 昼間は会議とか質問対応で仕事にならないから、夕方から来て誰にも邪魔されない時間に開発していたとは……。

彼ほどの秀才もマルチタスクを避けて、プログラミングに集中する時間をアサインメントしているのはちょっとした衝撃だった。

(牛尾 剛 : マイクロソフトエンジニア)