芸能界で問題が噴出した2023年。これから起こりうることについて考えます。写真は宝塚歌劇団の女性団員が急死した問題で、記者会見する木場健之理事長(奥中央)ら(写真:時事)

少し早いが、2023年を振り返ってみると、企業や組織の大きな不祥事が目立った1年だった。不祥事は継続的に起こってしまうものだが、今年の特徴としては、トップや組織の問題に起因する不祥事が目立ったという点だ。

とくに、2023年は芸能界の不祥事が多かったが、これまでの芸能界の不祥事は、タレント個人によるものが多く、「芸能スキャンダル」として扱われることが多かった。

ジャニー喜多川氏の性加害問題、宝塚の団員の自殺問題、歌舞伎界の市川猿之助氏の一家心中事件──。これらは、個人が起こした問題にとどまらず、芸能界全体に波及しかねない状況になっている。

芸能界は一連の不祥事にどう向き合うべきなのだろうか? さらに、芸能界と関わり合う業界や取引先企業は、この問題にどう対峙する必要があるのだろうか?

不祥事が「個人の問題」で済ませられない時代に

ジャニー喜多川氏の性加害問題が発覚した当初は、「加害者が死んだから、再発はない」「なぜ個人が起こした問題(しかも本人は亡くなっている)の責任を事務所側が負わなければならないのか?」といった意見も少なからず見られた。

しかし、国連作業部会の報告、および再発防止特別チームの報告を経て以降、「ジャニーズ事務所が責任を果たすべき」という論調が強くなった。


国連作業部会の報告と会見が、ジャニーズ問題への世間の風向きを変えるきっかけのひとつとなった(写真:東洋経済オンライン編集部)

個人が犯した罪であっても、経営者が企業活動の中で起こした問題の責任は、当人のみならず企業も負うべきであることは、企業経営においては当然のこととみなされる。

しかしながら、今回は芸能界という特殊な世界、かつ旧ジャニーズ事務所というさらにその中でも特殊な組織で起こった事件であったためか、企業や組織の問題としてなかなか捉えられなかった側面がある。

9月7日に旧ジャニーズ事務所が行った記者会見の後、相次いで所属タレントの広告主(スポンサー)の離反が起き、その後、テレビ番組へのタレント起用にまで影響を及ぼすに至って、個人の問題でもなければ、ジャニーズ事務所や芸能界が「特殊な世界」として免罪されるものではないことが露呈した。

9月30日に宝塚歌劇団の団員の転落死が起きたが、死因は自殺で、長時間労働とパワハラが原因であるとも報道され、宝塚歌劇団の組織としての対応のあり方が疑問視されるに至っている。

11月14日に行われた歌劇団側の記者会見では、歌劇団側は長時間労働は認めたものの、パワハラ行為は認めなかった。歌劇団側の主張は、元団員や関係者の事実認識とも矛盾する点が多く、遺族のみならず多くの人々から疑問を呈される状況となっている。

そして、批判の対象は宝塚歌劇団にとどまらず、運営会社の阪急電鉄や、その親会社の阪急阪神HDにも及んでいる。


2023年7月31日、保釈された市川猿之助氏(写真:東京スポーツ/アフロ)

今年6月に起きた市川猿之助氏の一家心中事件。11月に東京地裁で行われた判決公判では、両親に対する自殺ほう助の罪で、猿之助氏が懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた。自殺ほう助と自殺未遂というセンシティブな事件であるだけに、報道合戦は控えられていた気配もあるが、この事件の前には、猿之助氏によるパワハラ、セクハラ行為があったという報道もあった。

ほかにも業界内ではセクハラ報道もあり、歌舞伎界倫理観の欠如が疑問視されるに至っている。

猿之助氏の判決公判の直後には、松竹がコメントを発表したが、「進むべき道を共に模索して参りたいと思います」といった、猿之助氏を支援するような表明がなされたこともネット上で物議を醸した。

こうした芸能・エンターテインメント業界での一連の問題は、一般の人々からは、個々の事象の問題ではなく、芸能界全体に広がっている病理として見なされはじめている。

また、業界と取引のある企業や団体も批判され、責任が求められるようになってきている。

芸能界はどう変わらないとならないのか?

映画監督の北野武氏が11月15日、日本外国特派員協会で新作映画『首』の記者会見を行った際に、一連の芸能界の問題を踏まえて、「今は入れ替え時期。新しい形のエンターテインメントができつつある」との発言を行った。

これまでは、芸能界をはじめ、クリエーティブ性が重視される世界では、常識外れの行動を行うことが許容され、時には賞賛されもしてきた。

しかし、現代においては、芸能界に限らず、特定の業界や人物を、いくら権力や実績があるからといって、特別扱いすることは許されなくなっている。

宝塚歌劇団の記者会見では、「伝統の中で守っていかなければならないものもある」「すべてがおかしい、すべてが変えないといけないとは思ってない」といった発言がされたが、これらも批判を集めた。

特殊な感性は許容されても、社会倫理を逸脱した行動は許されない。

文化や伝統は尊重すべきだが、人権のほうが尊重されるべきだ。

そうした考え方が、いまや「常識」とされる時代になってきている。

これまでも「芸能人」は表に立って脚光を浴びる存在であったが、その裏では日の目を見ないままに酷使される人々、パワハラやセクハラの犠牲になる人々が多数いて、声を上げられないでいた。

しかし、現在ではそうした人たちが声を上げやすくなっているし、世論も彼らを支持するようになりつつある。

日本でのタレント契約のあり方は「奴隷契約」

まだ正式には発表されていないが、旧ジャニーズ事務所の新エージェント会社の社長には、女優・のんさんのエージェントを務めるコンサルティング会社「スピーディ」の社長をつとめる福田淳氏が就任すると言われている。

福田氏は、日本でのタレント契約のあり方を「奴隷契約」であるとして、再三批判している。福田氏が新エージェント会社の社長に就任すると、タレントの待遇改善を推進していくことが期待される。


コンサルティング会社スピーディの社長をつとめる福田淳氏(写真:スピーディHPより)

業界をリードする企業の経営者が変わっていくことで、業界全体が変わっていくことも期待される。

ただし、上からの変革に期待するだけでは不十分だ。

所属する組織を超えて、芸能人が所属する組織を問わず、横連携する体制づくりも重要である。アメリカでは俳優の労働組合がストライキを起こし、製作会社側と暫定合意を得るに至っている。芸能人の労働組合的な組織はすでに存在しているものの、雇用側に対して十分な交渉力を持ち得ているとは言いがたい。

ジャニーズの問題も、宝塚の問題も、その背景にはタレント、役者との契約の不備がある。契約のあり方も見直すことが必要であるし、労災保険などの社会保障制度も整備していく必要がある。それを実現するためには、業界内の自助努力に任せるだけでなく、国が指導することも必要になるだろう。

ジャニー喜多川氏の性加害問題をきっかけに、問題を起こした企業に対する取引先の責任が問われることになった。とくに、これまでは「特殊な業界」として免罪されがちだった、エンターテインメント業界も、例外とはならないということが明確になっている。

そうした中、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏の発言が注目を集めた。高岡氏は、以前からジャニー喜多川氏の性加害を噂として知っており、そのためにジャニーズタレントを広告に起用しなかったことを表明。さらに、この問題を黙認してきた、メディアや広告業界、さらにはほかの企業に対しても批判の目を向けた。この発言は共感を呼び、同氏は「違いが分かる男」として、賞賛を集めるに至った。

高岡氏社長時代のネスレ日本の基準で、企業が広告契約を行うことができれば理想であるには違いない。

芸能界と企業の建設的な向き合い方

しかしながら、芸能界には「噂レベル」の話はいくらでも存在する。しかもその多くは、報道レベルでは真偽を判断することが難しい。事実確認できていない段階で取引を停止することが妥当かどうか──という問題もある。

宝塚歌劇団の現役団員は旧ジャニーズタレントほど、テレビや広告への起用はない。しかしながら、今回は先輩から後輩への理不尽なハラスメントが恒常的に続いていたことが問題視されていることを考えると、元団員の現役女優の起用に際して、過去の行動も問われていく可能性もある。さらに追及すると、阪急電鉄や阪急阪神HDの取引をどうするのか──という問題も出てくる。

歌劇団側は第三者委員会の設置を検討しているという報道が複数出ている。阪急電鉄、阪急阪神HDは、歌劇団が第三者委員会を設置して、中立的かつ客観的な調査を行うことを指導すべきであるし、それが十分になされない限り、両者の評判や取引にも悪影響を及ぼすことになるだろう。
 
以前に書いた記事(日本企業「ジャニーズからの撤退」に感じる違和感」)でも述べたが、不祥事を起こした企業と取引を停止するという判断は必ずしも賢明とは言えない。取引を続けることで、相手側に改善を求めていくという方法もあるし、現在の芸能界に対してはそうした向き合い方をするほうが建設的であると筆者は考えている。

旧ジャニーズ事務所との取引停止を表明し、同社を批判したサントリーHDの新浪剛史社長は、賛同も集めた一方で、過去の同氏の素行に対して批判も受けることとなった。他社にコンプライスを求めるからには、自社はそれ以上にコンプラインスを徹底する必要がある。

「他人は自分を映す鏡」と言われるが、他社の不祥事に対して、自社も学んで襟を正していくことも求められる。

窮屈な時代になったことを嘆く人たちも多いが、もはや過去に戻ることはできない。ノスタルジーにとらわれることなく、問題の要因を解明し、改善し、新しい仕組みを作り直すことで、未来へと歩むほかはない。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)