つい、ゴミを捨てたくなる「バスケットゴールのゴミ箱」(著者撮影)

仕掛けのアイデアで、お金や労力をかけずとも問題解決する。その積み重ねが、社会を確実にいい方向に変えていく。そんなシンプルなコンセプトを掲げる学問が「仕掛学」である。

英語版を含む世界で広く読まれ、10万部を突破した『仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方』の続編にあたる『実践仕掛学:問題解決につながるアイデアのつくり方』を上梓した大阪大学大学院経済学研究科教授の松村真宏氏が、事例をまじえながら、仕掛学のエッセンスについて語る。

バスケットゴールで、ゴミの数は増える?

ゴミ箱の上にバスケットゴールをつけると、ゴミ箱を使う人はどれくらい増えるだろうか?


わかりやすいので著者のお気に入りの仕掛けであるが、本当に効果があるのか、あるとしたらどれくらいの効果があるのかは調べてもはっきりわからなかった。

そこで、実際にバスケットゴールのついたゴミ箱を製作し、2016年6月24日(金)から7月29日(金)の平日、普通のゴミ箱と並べて大阪大学豊中キャンパスのピロティに設置する実験を当時のゼミ生たちと行った。

実験の結果、バスケットゴールのついたゴミ箱を使った人は411人、普通のゴミ箱を使った人は257人であった。バスケットゴールのついたゴミ箱のほうが1.6倍も利用者が多かった。

ゴミは軽くて形もいびつなため投げてもちゃんと飛ばず、シュートしても外す人が多かった。しかし、シュートを外した人は皆ゴミを拾い、入るまでシュートを繰り返していたので、周囲にゴミが散らかることにはならなかった。

また、シュートが決まった人の多くは嬉しそうな表情を浮かべていたことから、楽しみながらゴミ箱を利用していた様子がうかがえた。

このような、つい行動してしまうきっかけになるものを著者は仕掛けと呼んでいる。しかし、いざ仕掛けを作ろうと思った時に、どうすれば仕掛けを作れるのかわからないし、どのような勉強をすれば仕掛けを作れるようになるのかもわからない。そこで、人の行動を促す仕掛けの体系的な理解を目指す学問分野として、仕掛学を提唱した。

駅の階段を使ってもらうための試み

駅の階段を使ってもらうためにこんな仕掛けを試みたこともある。

それが、「大阪環状線総選挙」である。


つい、階段を登りたくなる「大阪環状線総選挙」(著者撮影)

JR大阪駅は1日の乗降客数が約87万人 (全国4位)と大変賑わっている。駅構内のエスカレーターも非常に混み合っているが、エスカレーターの混雑は転倒事故につながるおそれがあるため、混雑緩和が求められている。そこで、エスカレーターの利用客を併設されている階段に促す仕掛けとして、株式会社JR西日本グループといっしょに「大阪環状線総選挙」を実施した。

大阪環状線総選挙は、駅利用者にポスター等の掲示を通して「アフター5に行くならどっち?天満派 福島派」を問いかけ、階段の右側を通れば「天満派」、左側を通れば「福島派」に投票できるようにしたものである。天満駅も福島駅も大阪駅から1駅の場所にあり、どちらにも栄えた繁華街がある。どちらかといえば天満は庶民的、福島は都会的な飲食店が多く、人によってひいきの場所が分かれる場所である。

大阪環状線総選挙は、エスカレーターと上り専用階段が併設されているJR大阪駅の環状線ホームの東端階段で実施した。階段の天井に設置したセンサーで天満派と福島派のそれぞれの階段利用者数を計測し、階段を登りきったところに設置したモニターに集計結果をリアルタイムで表示した。

猛暑のなかで、7%増の大健闘

実施期間は2019年7月30日(火)から2019年8月5日(月)の7日間である。その直後の1週間の階段利用者数と比較することで効果を検証した。週末の影響やなにわ淀川花火大会(8月10日)の影響などを踏まえて統計的に分析したところ、階段利用者は1日あたり1342人増えたという結果になった。これは階段利用者数の7%に相当する人数である。大阪環状線総選挙を実施した期間は、最高気温の平均が35.8度と猛暑日の続く1週間であったことを踏まえると、よく健闘した仕掛けだといえるだろう。

仕掛けは従来の行動の選択肢を残したまま、新たな行動の選択肢を追加するものである。「大阪環状線総選挙」の例でいうと、エスカレーターを使うという従来の選択肢に、投票できる階段という新たな選択肢を追加したことになる。

従来の行動の選択肢を残すのは、行動変容を強要しないようにするためである。階段で投票できるからといって、階段を使わないといけないわけではない。興味をもってくれた人だけが階段を使えるようにすることで、仕掛けを無理なく社会に導入することが可能になる。

ある試みで、年間を通して万引きの被害額が18.4%減少したケースもある。

それが、「万引き防止 実験II」、「防カメピント調整」だ。


「万引き防止 実験 II」の紙(写真提供:中川元宏)

万引き防止策として、万引き防止ポスターの掲示や店内放送、店舗責任者に対する万引防止対策講習の実施など、日本全国でさまざまな取り組みが行われている。これらの対策が功を奏してか、万引きの認知件数は減少傾向にある。

しかし、令和元年の万引の認知件数は9万3,812件もあり、依然として社会の大きな問題となっている。

監視カメラを設置すれば一定の抑止効果は期待できる。しかし、設置には費用がかかるうえに、死角なく店内を網羅することや監視カメラの映像をチェックし続けることは難しい。

そこで、常滑警察署と一緒に「万引き防止 実験II」と書かれたカード、および「防カメピント調整」と書かれたシートを考案した。

「万引き防止 実験II」のカードは縦7cm×横5cmの小さな紙片をラミネート加工したものである。商品棚の値札入れにさりげなく設置することで、人々に何かの実験をしていることを気づかせるものである。買い物客にとっては特に気になるものではないが、万引きをしようとしていた人を警戒させて犯行を未然に防ぐことを狙っている。

「防カメピント調整」のシートはA4の紙に印刷してラミネート加工したものである。万引き犯の多くは防犯カメラに気づいていないので、万引きをしようとしていた人に防犯カメラのピントの調整に使うものだと思わせることを通して、監視カメラに気づいてもらうことを狙っている。


「防カメピント調整」のシート(撮影:中川元宏)

年間を通して被害額が18.4%減少

2020年9月1日(火)から2021年8月31日(火)にかけてベイシアフードセンター常滑店にて仕掛けの効果を検証したところ、年間を通して万引きの被害額が18.4%減少した。この一連の取り組みが認められ、愛知県常滑警察署長から感謝状を頂戴したのはいい思い出である。

行動変容を強要することは実は簡単である。従来の行動を取り除いてしまえばよい。

たとえば、エスカレーターではなく階段を利用してもらいたいのなら、エスカレーターを止めてしまえばよい。ヘルシーな食事を摂ってほしければ、ヘルシーな食事しか提供しなければよい。もしくは、ルールや罰則を追加するアプローチもある。ポイ捨て問題をなくすためにポイ捨てを禁止する条例を定めることは実際に行われているし、軽犯罪法第1条27号の違反にもなる。

しかし、これらはいずれも相手を不快にさせるアプローチであり、避けられるなら避けるべきであろう。したがって、仕掛学では、従来の選択肢は残しつつ、それよりも魅力的な選択肢を用意することを考える。

人には変化を避けたり未知のものを避けたりする「現状維持バイアス」がある。したがって、基本的には従来の行動が選ばれ、新たな行動は選ばれにくい。新たな行動はわざわざ選びたくなるような工夫が必要になる。そういうときこそ仕掛学の出番である。

(松村 真宏 : 大阪大学大学院経済学研究科教授)