サウジアラビア・ジェッダで2年連続の開催となった「アニメビレッジ」。現地政府からの手厚い資金を財源に、エイベックスなどがプロデュースした(写真:エイベックス)

「向こうは新たな“石油”を見つけたと思っているだろうが、こっちは“金鉱”を見つけたと思っている」――。

そう話すのは、あるアニメ業界関係者。ここでいう「向こう」とは、サウジアラビアだ。

近年、サウジにおける日本アニメのビジネスが急拡大している。2019年と2022年に現地で開かれたアニメイベント「SAUDI ANIME EXPO」を共催した電通をはじめ、さまざまなアニメ関連企業がサウジでの事業展開を進めている。サウジ企業と日本のアニメ会社との提携も活発だ。

2023年6月には、エイベックスがサウジでIPライセンス・イベントなどを行う子会社を設立予定と発表した。11月中にも正式に立ち上げる方向で進めているという。

契機となった政府の方針転換

ここに来てサウジでのアニメ展開が拡大した背景には、現地政府の方針転換が大きく関係している。

「持続可能な経済成長を実現するためには、経済の多角化が欠かせません。我が国の経済は石油とガスという2本柱に支えられていますが、近年はその他分野もこの柱に組み入れるべく、投資規模を拡大しています」

これは、サウジが2016年に発表した「ビジョン2030」の一節だ。世界最大の原油輸出量を誇るサウジだが、「脱炭素」や「カーボンニュートラル」といった世界的潮流が強まる中、石油依存の経済構造に危機感を抱いているとみられる。


同ビジョンは、GDPに占める非石油製品の輸出割合引き上げなどのほか、2030年までのさまざまな達成目標を掲げている。興味深いのは、その1つとして文化・娯楽活動の促進に触れていることだ。

サウジはイスラム教の影響により、映画館の営業を禁止するなどして娯楽活動を大きく制限してきた。

しかし、ビジョンでは「国内における文化・娯楽活動への支出を、総家計支出の2.9%から6%に引き上げる」という具体的目標を設定。2017年に映画館営業を解禁するなど、国家的な方針転換に踏み切った。

こうした中でサウジが目をつけたのが、日本のゲームやアニメだった。サウジ政府系の投資ファンド、パブリック・インベストメント・ファンドは、2022年から任天堂や、子会社に東映アニメーションを持つ東映の株式の大量保有者となっている。

さらに同国のムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、”アニメ好き”として業界内でも広く知られているほどだ。

皇太子就任を機に進んだ“関係修復”

現地企業によるアニメ事業の展開も勢いを増している。

「コンテンツ産業におけるわれわれの役割は、石油産業におけるサウジアラムコと同じ。サウジアラビアで油田が発見された当時は外国企業に頼る必要があったが、サウジアラムコの登場以来、さまざまな産業が生まれていった」

そう話すのは、コンテンツ制作企業「マンガプロダクションズ」のイサム・ブカーリCEOだ。同社はムハンマド皇太子が直轄する、ミスク財団の子会社。アニメやゲームの制作・配給などを軸に、サウジのエンタメ・コンテンツ事業を担っている。


マンガプロダクションズのCEOを務める、イサム・ブカーリ氏(撮影:今井康一)

ブカーリCEOは早稲田大学への留学経験もあり、日本語を流暢に話す。2017年にムハンマド氏が皇太子に昇格したタイミングで、マンガプロダクションズのCEOに抜擢された。

ブカーリCEOの就任後にまず進められたのが、日本を代表するアニメ制作会社である東映アニメーションとの“関係修復”だ。

東映アニメーションの清水慎治顧問によれば、サウジアラビアとのアニメ製作の企画は2011年ころから始まっていた。しかし当時はコミュニケーションなどがうまくいかず、「途中でプロジェクトが止まってしまった」(清水氏)。アニメ好きのムハンマド皇太子の就任を機に、企画を再開しようという流れになったのだという。

2社で共同制作したアニメ映画『ジャーニー』は2022年にオランダの映画祭で賞を取るなど、成功を収めた。清水氏は「サウジ企業には莫大な資金力があり、制作した映画を世界中で配給してもらえる。インドネシアやマレーシアなどのイスラム世界でも広く見られていて新鮮だった」と話す。

直近でも、人気アニメ制作会社のウィットスタジオが手がけるオリジナル作品『GREAT PRETENDER razbliuto』(2024年展開予定)で中東・北アフリカ地域でのライセンス展開を任されるなど、業界内での存在感を高めている。

オイルマネーを元手に投資を惜しまないサウジは、日本のアニメ会社にとって魅力的な市場である一方、攻略するうえでの課題も多い。

2022年秋から2023年初にかけてサウジ政府が開催した大規模エンタメイベントにおいて、電通などによる共催で開かれた「ジャパンアニメタウン」。約30タイトルものアニメを楽しめる展示施設が目玉だったが、あるアニメ関係者によれば、スケジュール調整における商慣習の違いなどが原因で展示エリアの施工が間に合わないなど、現場では混乱が生じていたという。

IP・コンテンツ業界では、不完全な出来の展示品やグッズを出すことは御法度とされる。IP価値の毀損につながりかねず、出版社など権利元とのトラブルの原因にもなりやすいためだ。

電通によると、アニメエキスポやアニメタウンの今年度開催は見送る計画だ。電通の担当者は「2022年のイベントにおいて商慣習やスピード感が食い違う中で困難があったのは事実だが、イベントとしては成功に終わった。引き続きサウジとの向き合いを強化しながら、サウジ以外の途上国でも同様の取り組みを広げていきたい」と話す。

それでもサウジを無視できない理由

商慣習や文化の違いにおける苦労は、電通に限った話ではない。困難に直面しながらも、各社はサウジ事業を将来的に価値ある領域と認識しているようだ。

サウジアラビア統計局の国勢調査によれば、サウジアラビア人の63%が30歳未満で、中央年齢は29歳となっている。東映アニメーションの清水氏は「(サウジは)人口のほとんどがアニメのターゲット年齢層で、国のリーダーもアニメが大好きと言っている。これほど魅力的な地域はなく、チャレンジするしかない」と語る。

エイベックスは電通と同様、今春に現地でアニメイベント「アニメビレッジ」を開催した。近く設立される同社のサウジ現地法人で代表取締役を務める予定の大伴悌二郎氏は、「サウジ政府との直接的なパイプを持つ優位性を生かして、現地における日本エンタメのハブの役割を果たしたい」と意気込む。


日本動画協会の「アニメ産業レポート2022」によれば、Netflixなどの配信プラットフォームの普及により、日本アニメの世界市場規模は海外をドライバーに急拡大している。

アニメプロデュース会社・アーチの平澤直代表は「国内市場には飽和感があり、海外で伸ばしていく必要がある。寡占傾向の強い配信プラットフォームのみに依存するのではなく、サウジなどさまざまなパートナーと組むことで作品の多様性も生まれる」と指摘する。

オイルマネーによって日本アニメはさらなる成長を遂げられるのか。いま各社が直面している苦労は、決して無駄ではないはずだ。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)