さまざまな作業の自動化が進む一方、職が失われるのではないかと恐れる人を救うものとは…(写真:Graphs/PIXTA)

ビジネスや政治の現場でさまざまな不正行為が散見されています。しかしアメリカでコンサルティング会社を経営し、ニューヨーク大学で倫理体系の諮問委員会に所属するロン・カルッチ氏は、組織行動学と3200件以上の企業インタビューから、「誠実さ」こそが最強の戦略になると語ります。

氏によると「誠実な組織」とは、「目的(よりよい善を為す)」「公正(正しく公平な行いをする)」「真実(相手を尊重しつつ、妥協せず率直に真実を伝える)」の3つを兼ね備えた組織である、とのこと。

著書『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』から「誠実さがどのように改革をもたらすか」の一例について、一部を抜粋・編集してご紹介します。

誠実さはきれいごとか?

多くの場面で引用されているアメリカ・ギャラップ社の従業員エンゲージメント統計結果がある。これは、労働人口の約70%が仕事にエンゲージしていない(やる気がない)、またはエンゲージする気がない(会社の成功を妨害しようとしている)、という内容だ。


「目的」「公正」「真実」が同時に働けば、さらに強い、新たな力、すなわち「誠実さ」が生まれる(出所:『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』)

つまるところ、約1億5700万人いるアメリカの労働人口のうち、およそ1億200万人が、パーパスやコミットメントをほとんど意識しないまま働いている。従業員がエンゲージしていないということは、希望が失われているということだ。

自分が言う通りの姿でありたいと願う組織やリーダーにとって、希望は鍵となる要素だ。組織に存在する希望を数値で測ることは難しくとも、希望が失われた組織を目にすれば、どれほど空気が淀んでいるかは一目瞭然だ。

希望は以下の3つの要素が交わることで生まれる。

(1)情熱――より優れたものを求める気持ち
(2)忍耐力――大きな困難に打ち勝とうとする力
(3)信念――そうした困難の先により優れたものが必ずあると信じる心

リーダーであれ組織であれ国家であれ、暗黒の日々を切り抜けさせてくれるのは希望なのだ。組織の改変期に必要なのは、約束を破られても希望をくじかれはしないと、従業員が自信を持つことである。

「希望など寓話だ、"あやふや"だ」と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。

組織において希望が果たす役割を調査した2人の研究者、スザンヌ・ピーターソン氏とクリステン・バイロン氏によると、より大きな希望を持っている人はそうでない人と比べて、ゴール志向が強く、目標達成のためのモチベーションが高いという。

大幅なコスト削減のプレッシャーや業務上の障害、困難な顧客対応に直面したとき、希望を持っているリーダーはそうでないリーダーに比べてよりよい解決策を出す傾向にある。このことから示唆されるのは、仕事で困難に直面したとき、希望を持つことが従業員の助けになりうるということだ。

機械に仕事を奪われる

その好例となるのがメロニー氏の体験談だ。メロニー氏は大手メーカーの物流部門で倉庫管理を務めるシニア・スペシャリストである。

昨今の製造業では、製品を市場へ運搬する方法について、自動化やテクノロジーによって混乱が生じている。かつては安定していた多くの職が危機にさらされているのだ。

そこでメロニー氏は、最先端の物流テクノロジーに関する資格を取って、機械に仕事が奪われるなかでも自分が貴重な人材でいられるようにした。

同社はアメリカ国内で製造・組み立てされた製品を、外国産の競合製品よりも低価格かつ高品質で配送することに誇りを持っている。実際、その誇りはほとんど常に保たれてきた。

しかし、継続的なコストの高騰や激化する貿易摩擦の影響で、効率性を高める方法を常に考えなければならなかった。

数年前、こうしたテクノロジーの波を受けて、メロニー氏はある大きなプロジェクトの指揮を任された。内容は、同社の配送センター2つにテクノロジープラットフォームを導入し、製造ライン、包装と箱詰め、発送待ち商品用のパレットまで自動で商品が運ばれるようにして、監督者が1人で済むようにしようというものだ。

このような転換を行えば、低価格で高品質な製品提供という約束を守り続けられることはわかっていた。しかしメロニー氏は、共に働く仲間たちが職を失ってしまうのではないかと恐れてもいた。

プロジェクトは順調に進行していったが、同時に不安も強まっていった。配送センターの効率が高まるほど、従業員は自分たちの仕事が時代遅れになることを恐れ、士気が低下していった。

そうして悪循環が生まれ、従業員の仕事に対する姿勢が悪化すればするほど、経営陣からはプロジェクトを早く進めるようにと圧力がかかった。そうすれば「不満ばかり口にする余剰人員」を削減して「損切り」ができるから、と。

望むのは誠実な会社の姿

メロニー氏はチームの仲間に対し、自分たちのポジションが失われないよう技術研修を改善すべきだと訴え、自ら指導を行いさえした。しかし上層部は、見込みのない従業員に救済措置を施しても意味がない、と関心を示さなかった。

メロニー氏は何度か訴え、上司にこのようなメールを送ったりもした。

「顧客への約束を守ろうとしているのは素晴らしいことです。でも、従業員への約束は守らないのですか? 従業員に対しては責任を持たなくてよいのでしょうか? 少しの努力で守られる雇用があるはずです。そのためなら私も喜んで助けになります」


しかし、追加のリソースを求める彼女の要求は聞き入れてもらえなかった。初めて私と話したとき、メロニー氏は以下のように語った。

「希望を持ち続けることがどんどん難しくなっています。テクノロジーが導入されて、配送センターは確かに素晴らしい進歩を見せました。しかし同時に、何年も共に働いてきた仲間の表情がどんどん暗くなり、不安に満ちていっています。1つの約束を守ることが、別の約束を破っていい理由にはなりません」

メロニー氏は、自分が信じるような、誠実な会社の姿を切に望んでいた。顧客と従業員、双方に対して誠実な会社の姿を。それを実現する道も見えていた。

彼女にとってみれば、二者択一の会社の姿勢は偽善であった。上層部は判断を誤っている、目先のことしか考えていない、そう感じられた。

部外者である私は、こうした状況ではほとんど何もできないことが多い。私の顧客はメロニー氏の上司よりも階層が3つも上だったため、メロニー氏と直接話をするよう促すのは適切とは思えなかった。

ただ、彼に、技術の導入が進むにつれて従業員の士気が下がっているかもしれないから、「念のため」配送センターの見学をして進捗を確認するのはどうか、というようなことは言った。

職場における希望が重要な理由

実際、彼はその通りに行動したのだった。偶然にも、見学のガイド役を務めたのはメロニー氏だった。もしかしたら誰かにアドバイスされて、チームメイトの職を維持したいという希望を直接彼に伝えたのかもしれない。

そして、非常に高潔な人間である彼がその後取った行動も驚きではなかった。できる限り多くの職を確保するために必要なリソースをメロニー氏に与えるよう、配送センター長に強く「勧めた」そうなのだ。

また、1つ目の配送センターでの取り組みが終わったら、2つ目の配送センターでも同様の取り組みをメロニー氏に主導してほしい、とも。

メロニー氏は希望を捨てなかった。かつて会社が宣言した自社のあるべき姿は実現可能だと。そのための明確なビジョンも持っていた。彼女は真実を語り、正しい行動にコミットし、より高次なパーパスのために尽力した。


そして、そのような活動を目にした多くの同僚もまた、彼女と同じ姿勢や行動を取ることができたのである。メロニー氏は、自分自身に与えたセカンドチャンスを仲間にも与えたかったのだ。彼女の励ましと適切な研修によって、全員が全員ではないが、多くの従業員が変わることができた。

困難な状況にも屈さず、自分が先頭に立って道を切り開く、そのような彼女のコミットメントに火をつけたのは希望だった。そして、キャリアの危機にあった同僚に対しては、彼女自身が希望であり続けたのだ。

メロニー氏の経験からもわかるように、我々には、組織の誠実な在り方を手助けする力がある。誠実な組織、誠実な人間でいようとしたときほど、希望の存在が重要になるのだ。

(ロン・カルッチ : 経営コンサルタント会社Navalent共同設立者)