(写真:polkadot/PIXTA)

「世帯年収1000万円」は経済的な成功の目安とされています。しかし、ひと時代前に比べて、その実質的な経済力は大幅に下がっています。本稿は、『世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―』より一部抜粋、再構成のうえ、年収1000万円世帯の厳しい生活と、その背景をお伝えします。

生活コストは上がり続ける

長年続いてきたデフレ経済から一転して、モノの値段が上がり続けています。2007年以降ずっと0%を前後していた消費者物価指数の増加率は2021年に世界的な原材料価格とエネルギー価格の高騰による物価高を受けてプラスに転じ、2022年には日銀の目標値であった2%を突破しました。

その後も物価上昇は止まらず、2023年は食品だけでも累計3万品目以上が値上げされています(帝国データバンク「食品主要195社」価格改定動向調査)。粉ミルクや紙おむつなど、子育てに関わる品目に絞った「赤ちゃん物価指数」は、約7%も上昇しているという試算もあります(2023年5月 浜銀総合研究所)。

電気代やガス代の負担もかつてないほどに重くなっています。東京電力など大手電力会社は2023年6月使用分から家庭向けの電気料金を3〜4割値上げしました。標準的な使用量のモデル世帯での電気料金は1万1737円(東京電力の場合)となり、過去20年ほどで最高額を記録しました。

広めの戸建て住宅に住む人やファミリー世帯では「電気の使用量はそれほど変わっていないにもかかわらず、電気代がいきなり10万円になった」などという驚きの声も聞かれます。

原材料価格やエネルギー価格の高騰に加えて円安の影響もあり、物価上昇の流れはこの先も当面続くとみられています。ごく平均的な暮らしをしていても、生活にかかるコストは今後もさらに上がり続ける可能性があります。

生活コストが上がっている一方で、働く人の実質的な賃金は目減りしています。国税庁の「民間給与実態統計調査(令和3年)」によると、会社員(給与所得者)の平均給与は年収443万円。2023年4月の給与の実質賃金は前年同月比マイナス3%で、2022年4月以降ずっとマイナスが続いています(厚生労働省「毎月勤労統計調査」)。

長期的に私たちの収入を目減りさせてしまっているのが税金や社会保険料です。この20年あまりで消費増税や社会保険料の引き上げが続き、家計の目に見えない支出は確実に増えています。

「非消費支出」が大幅に増加

所得税や住民税といった直接税と健康保険料や年金保険料を合わせた「非消費支出」の変化を見ると、世帯年収1000万〜1250万円の世帯の場合では2000年には年間約165万円だったのが、2022年には約225万円にまで増えています

勤め先からの収入に占める非消費支出の割合を見ても、約19%から約23%へ上昇しました。それだけ、税や社会保険料が家計を圧迫しているということです(総務省家計調査「年間収入階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出」)。

このように税や社会保険料の負担が増えたうえに物価高で生活コストも上がっているわけですから、今の年収1000万円世帯の経済力はかつてに比べてずっと弱くなったことがわかると思います。

このような状況のなか目につくのが、共働き世帯の増加です。「女性活躍推進」といったポジティブな側面で語られることも多い話題ですが、前述のような状況を鑑みると、経済的な事情からやむを得ず共働きを選択している家庭も少なくないという現状が想像できます。「世帯年収1000万円」と一口に言っても、夫婦2人がそれぞれ平均年収に近い約500万円ずつを稼ぎ、やっとのことで家族を養っている家庭が少なくありません。

一方で、世帯年収1000万円以上の共働き夫婦は、情報感度や購買力の高さから「パワーカップル」と呼ばれることがあります。「パワーカップル」という言葉からは、気力・体力に溢れた、金銭的にも精神的にも余裕のある共働き夫婦の姿が浮かびますが、当事者に聞くと、その実態は言葉が持つイメージとは懸け離れているといいます。

共働きでの育児には、職場にアクセスの良い住居にかかる住居費や、仕事中に子どもを預けるための保育料、日々の家事をこなすための家電製品の購入やサービス費用などの金銭的負担はもちろん、精神的・肉体的負担という意味でも相当のコストがかかります。キャリアを重視し、仕事が好きで働いている人もたくさんいますが、一方で家計のためにやむなく共働きをしている人も一定数いるのが現実ではないでしょうか。

都市と地方、生活費は本当に違う?

生活の負担感は、物価の安い地域に住めば抑えられるかもしれません。感覚的に、都会は地方に比べて物価が高いと想像が付くと思いますが、実際にはどれくらい違うものなのでしょうか。

地域別の消費者物価指数をみると、最も高い東京都区部(105.5)と最も低い前橋市(96.1)では10ポイント近い差があります。地域差の要因の大部分は家賃などの住居費ですが、教育費や娯楽費、食料、家具・家事用品などの生活費目が、東京都や神奈川県などの都市部では総じて高くなっています。

とりわけ首都圏では、不動産価格が高騰して住居費の負担が重くなっていますが、住居費の高い地域では生活費もかさむことがわかります。


夫婦と子ども2人の4人家族で生活する場合、東京都区部では物価水準が比較的安いといわれる東京都練馬区で賃貸住まいというモデルケースでも、子どもが幼児と小学生の場合で年間648万円、大学生と高校生なら年間964万円が最低でもかかるという試算もあります(東京都最低生計費試算調査結果)。

習い事の料金は2倍の差


習い事の費用で比べてみても、都市部とそれ以外での差は顕著です。たとえば、幼児の習い事としてはダントツで人気の水泳教室ですが、ある全国チェーンのフィットネスクラブにおけるスイミングスクールの「幼児クラス・週1回」の料金を比較すると、港区にある教室では月額1万6000円以上なのに対し、地方都市では月8000円弱と実に2倍もの差があります。

別の大手学習塾チェーンでも東京・神奈川とそれ以外で月謝に差が付けられています。同チェーンの教室で、提供されるサービスの質に大きな差があるとも考えられないため、おそらくは地価の差が月謝に反映されているということでしょう。

他の習い事を見てみても、総じて都市部になるにつれて月謝が高く設定される傾向にあります。東京都で小学生までの子どもがいる世帯の年収割合をみると、年収1000万円以上世帯は2017年度時点で21.2%で、4年前調査時に比べて増えているというデータもあります。

東京で子育てをするために必要なコストは年々高くなっていて、そのために必要な年収のハードルも上がってきているのかもしれません。

(加藤 梨里 : FP、マネーステップオフィス代表取締役)